ボノボの詳細な形態とヒトとの共通性

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、ボノボ(Pan paniscus)の詳細な形態に関する研究(Diogo., 2018)が報道されました。これまで、ヒト(Homo sapiens)は他の動物よりもはるかに特殊で複雑と考えられる傾向にありました。こうした見解は、特定の筋肉がヒトだけで進化し、その独特な身体的特徴をもたらした、と示唆します。しかし、こうした見解の検証は、これまでおもに単一標本の頭部または四肢のわずかな筋肉にのみ集中していた霊長類の柔組織の記述が少ないため、困難なままでした。野生と博物館の双方で、霊長類、とくに類人猿の解剖標本は希少です。

 本論文は、類人猿の形態に関する以前の全情報をまとめるとともに、自然界で死亡した何頭かのボノボの形態を分析し、ヒトの7種の異なる筋肉が存在するかどうか調べ、これらの7種の筋肉が類人猿に類似した形態で存在している、と明らかにしました。たとえば、ヒト二足歩行と一意的に関連しているといわれる腓骨筋は、検査したボノボの半分に存在していました。同様に、少なくともチンパンジー(Pan troglodytes)および/またはゴリラには、独自の洗練されたボーカルの進化と関連すると考えられていた斜披裂筋と、顔面コミュニケーションの進化と関連すると考えられていた顔面筋の笑筋が存在する、と明らかになりました。

 これらの知見からは、ヒトの軟組織の起源と進化が明らかに複雑で、かつ例外的ではない、と考えられます。これらの筋肉が類人猿に存在し、場合によっては特定の種の個体群の一部にしか存在しない理由について、何らかの選択圧があるのか、あるいは単に他の機能の副生成物に関連する進化的中立的な特徴なのか、より詳細に調べる必要がある、と本論文の著者であるディオゴ(Rui Diogo)氏は指摘します。ヒトは他の類人猿と明確に区別できるわけではなく、全体的にはあまり変わらないので、ヒトの体と進化史をよりよく理解するためには、霊長類の形態の徹底的な知識が必要になる、とディオゴ氏は指摘します。

 本論文の知見は、ヒトの特定の筋肉が、二足歩行や道具使用や声によるコミュニケーションや表情など、ヒトの特質に対する特別な適応の選択圧の結果として進化したという、ヒト中心の見解に疑問を呈しています。ヒトも類人猿の一種であり、ボノボやチンパンジーなど他の類人猿と共通する形態と進化史を有しています。これまで、ヒトの形態について、二足歩行や道具使用といったヒトの顕著な特徴と関連づけてその特有性が過大評価される傾向にあったのかもしれませんが、今後は、本論文のような霊長類の詳細な形態学的研究により、どこが共通でどこがヒト特有なのか、より正確に把握されるようになっていく、と期待されます。


参考文献:
Diogo M. et al.(2019): First Detailed Anatomical Study of Bonobos Reveals Intra-Specific Variations and Exposes Just-So Stories of Human Evolution, Bipedalism, and Tool Use. Frontiers in Ecology and Evolution, 6:53.
https://doi.org/10.3389/fevo.2018.00053

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