44000年以上前のスラウェシ島の形象的な洞窟壁画(追記有)

 44000年以上前のスラウェシ島の形象的な洞窟壁画に関する研究(Aubert et al., 2019)が報道されました。ナショナルジオグラフィックでも報道されています。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。象徴的思考の考古学的指標となる芸術は「現代的行動」の代表例の一つとされており、その出現は人類進化史において画期とされています。後期更新世に出現した洞窟壁画は、芸術作品の中でも比較的残りやすいことから、高い関心が寄せられてきました。

 じゅうらい、最初期の洞窟壁画はヨーロッパでのみ確認されていましたが、21世紀になってインドネシアでは、スラウェシ島(関連記事)やボルネオ島(関連記事)で4万年前頃までさかのぼる世界でも最初期の洞窟壁画が確認されています。スペインでは65000年前頃までさかのぼる非形象的な洞窟壁画が発見されており、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の所産とされていますが(関連記事)、その年代と制作者に関しては議論が続いており(関連記事)、まだ当ブログで取り上げていないものもあります。

 このネアンデルタール人の所産とされる洞窟壁画もそうですが、最初期のものはおおむね非形象的です。ネアンデルタール人の所産とされる6万年以上前の事例を除くと、ヨーロッパでは最古となるスペインのエルカスティーヨ(El Castillo)洞窟の壁画は4万年前頃ですが、形象的壁画の出現は32000年前頃以降と推測されています(関連記事)。そのため、「現代的行動」の指標とされる描画でも、形象的か否かを重視する見解も提示されています(関連記事)。ネアンデルタール人は線刻や手形を残せても、形象的表現はできず、それが現生人類との大きな違いだった、というわけです。

 その意味で、形象的表現としては現時点で最古となりそうな、ボルネオ島の野生ウシと思われる4万年前頃の動物壁画の事例は、重要と言えそうです。以前は、人類史において最初に芸術が開花したのはヨーロッパと考えられていましたが、アジア南東部ではヨーロッパと同年代かもっと古くから芸術活動が行なわれていたわけで、おそらく現生人類(Homo sapiens)は出アフリカの前から、潜在的には形象的表現も含む芸術活動が可能な認知能力を有しており、その最古級の痕跡が現時点ではヨーロッパ西部とアジア南東部に偏在しているのは、単に残存性の問題なのかもしれません。

 インドネシアでもヨーロッパでも、洞窟壁画で形象的表現として動物は多く描かれていますが、動物を狩るヒトはほとんど描かれておらず、動物とヒトを合成した表現(獣人)も稀です。獣人を表現した最古の事例は、ドイツ南西部のホーレンシュタイン-シュターデル(Hohlenstein–Stadel)洞窟で発見された、40000~39000年前頃となる早期オーリナシアン(Aurignacian)の「ライオンマン」像で、マンモスの牙で制作されました。この「ライオンマン」像は、存在しないものを想像する能力が主教の基盤になると考えられているため、重視されてきました。ボルネオ島の洞窟壁画では、21000~20000年前頃以降、ヒトが描かれるようになります。これまで、ボルネオ島やスラウェシ島では、洞窟壁画が描かれるようになった4万年前頃までさかのぼるヒトの描写は確認されていませんでした。

 本論文は、2017年12月に発見された、スラウェシ島のマロス・パンケプ(Maros–Pangkep)地方にあるリアンブルシポン4号(Leang Bulu’ Sipong 4)洞窟(以下、LBS4と省略)の、幅4.5mの壁画を報告しています。描かれている動物は、2頭のイノシシと4頭の小型スイギュウ(アノア)です。また、8個体のヒトらしき絵も描かれていますが、嘴や尾のような(ヒトではない)動物の特徴も備えており、本論文は獣人と解釈しています。ウラン系列法による年代測定では、アノア2で412600±240年前、アノア3で41320±380年前、イノシシ1で36620±280年前と44410±490年前という結果が得られています。これらはいずれも、絵の上に付着した二次生成物の年代測定なので、描かれた年代はそれ以前となります。イノシシ1は獣人1、アノア2は獣人2、アノア3は獣人3~8と関連づけられています。イノシシ1は44000年以上前に描かれたことになりますから、現時点では世界最古の形象的表現となります。以下、この洞窟壁画の写真も含めた本論文の図2です。
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 本論文はこれら一連の洞窟壁画を狩猟場面と解釈し、最古の物語的表現と主張しています。獣人という想像上の形象的表現もそうですが、こうした虚構の世界を語り、表現する能力は、宗教とも関連していると考えられることから、注目されてきました。芸術活動だけではなくこうした能力も、現生人類が出アフリカ以前より潜在的に備えていたのでしょう。問題となるのは、本論文でもやや懐疑的に扱われているネアンデルタール人の洞窟壁画の事例です。確かに、ネアンデルタール人が確実に残したとされる形象的表現はまだ確認されていませんが、ネアンデルタール人の所産とされる洞窟壁画には形象的表現もあるので、今後、ネアンデルタール人の形象的表現が確認される可能性は低くないように思います。虚構を語る能力をネアンデルタール人が有していた可能性も、きょくたんに低いわけではないだろう、とさえ私は考えています。

 なお、上記報道によると、芸術学専攻の小川勝氏は、獣人とされている絵はじっさいには動物で、そうだとすると、狩猟場面を描いた壁画ではない、と指摘しています。また小川氏は、LBS4の壁画を複数の研究チームが検証したわけではないので、年代測定も含めて信頼性という点でまだ不充分とも指摘しています。年代測定の根拠となったウラン系列法は、ネアンデルタール人の所産とされる6万年以上前の洞窟壁画の研究でも用いられていますが、信頼できる方法ではあるものの、標本の扱いと年代の解釈には難しさも指摘されており(関連記事)、本論文にたいしても、今後慎重な意見が寄せられていくかもしれません。

 なお、ここまでLBS4の壁画を描いたのは現生人類との前提で述べてきましたが、45000年前頃のアジア南東部には、現生人類ではない人類が存在していた可能性もあります。その一方はインドネシア領フローレス島のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)で、リアンブア(Liang Bua)洞窟でのフロレシエンシスの痕跡は5万年前頃で消滅しますが、その後も存在していた可能性が指摘されています(関連記事)。そのフロレシエンシスは、スラウェシ島から意図せず何度も漂着した、との見解も提示されており(関連記事)、スラウェシ島では10万年以上前の石器が発見されていることから(関連記事)、スラウェシ島には後期更新世までフロレシエンシスもしくはその近縁系統が存在した可能性は低くないように思います。

 もう一方は種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)で、3万年前頃までアジア南東部もしくはメラネシアに存在した可能性が指摘されています(関連記事)。ただ、フロレシエンシスもしくはその近縁系統がLBS4の壁画を描いた可能性はさすがに皆無に近いと思います。デニソワ人に関しては、そもそも3万年前頃までアジア南東部に存在した可能性がさほど高いとは言えないように思うので、LBS4の壁画を描いたのは、やはり現生人類でほぼ確定的だと考えています。


参考文献:
Aubert M. et al.(2019): Earliest hunting scene in prehistoric art. Nature, 576, 7787, 442–445.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1806-y


追記(2019年12月19日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。



考古学:先史時代の芸術における最古の狩猟場面

考古学:最古の狩猟場面か

 M Aubertたちは今回、インドネシア・スラウェシ島の鍾乳洞で発見された1枚の岩絵について報告している。そこには、イノシシや小型のウシ科動物と共に、ヒトに似た姿がいくつも描かれている。この洞窟芸術の年代は少なくとも4万3900年前と推定され、狩猟場面を描いたものとしては世界で最古の作品と考えられる。

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