アナメンシスとアファレンシスの年代の統計的推定
アウストラロピテクス・アナメンシス(Australopithecus anamensis)とアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)の起源および絶滅年代の統計的推定に関する研究(Du et al., 2020)が公表されました。人類起源の研究において、分類群がいつ出現して絶滅したかに関して、信頼できる年代はひじょうに重要です。外部事象の年代は多くの場合、分類群の出現と絶滅に関連しており、両者の因果関係を潜在的に示唆しています。
たとえば、280万年前頃の地球規模の気候変動は、ホモ属の起源を含む後期鮮新世の動物相転換事象に関係している、と推測されています。起源と絶滅に関する正確な年代は、人類系統樹を適切な年代に置き、進化関係を推測するためにも必要です。たとえば、姉妹分類群は同じ起源年代となり、系統的祖先と子孫種は重複しない時間的範囲を有すことになります。しかし、人類進化史の研究においては、化石記録自体とその標本抽出の両方が不完全であるため、正確な年代はほぼ確実に過小評価されているものの、人類の起源と絶滅の年代を統計的に推定し、それらを取り巻く不確実性を定量化した研究はまだほとんどありません。
本論文は、人類の起源と絶滅の推定年代と信頼区間の不足を改善するため、アウストラロピテクス属のアナメンシスとアファレンシスの系統を利用します。その理由は第一に、化石記録が充分に標本抽出され、記載されて研究されているからです。第二に、アナメンシス-アファレンシス系統は、鮮新世の前期と後期の人類間の系統をつなぐ可能性が広く認められています。そのため、アナメンシス-アファレンシス系統がいつ発生し、いつ絶滅したかについてより信頼できる情報は、系統発生仮説の検証に役立つはずだ、というわけです。
以前の系統学的仮説は、アルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)とアウストラロピテクス属との間の解剖学的関係と、アナメンシス-アファレンシス系統のホモ属とパラントロプス属への系統分岐というシナリオを提示しています。こうした仮説における種分化では、祖先と子孫の時間的範囲が重複しない、と予想されます。現時点で、アナメンシス-アファレンシス系統化石の年代範囲は415万~304万年前頃で、4493000~430万年前頃というラミダスの下限年代範囲、さらには280万~275万年前頃というエチオピアのアファール州のレディゲラル(Ledi-Geraru)調査区域で発見された最初のホモ属とされる遺骸(関連記事)の上限年代と重複しません。ただ、レディゲラル調査区域で発見された280万~275万年前頃の人類遺骸には、ホモ属的特徴はあるとしても、ホモ属と分類してよいのか、まだ確定的とは言えないように思いますが、この記事ではホモ属として扱います。
ただ、化石記録の少なさから、アナメンシス-アファレンシス系統の時間範囲はおそらく過小評価されています。したがって、現時点での人類化石記録に基づくと、アナメンシス-アファレンシス系統がラミダスや最初期ホモ属と重複している可能性を除外できません。本論文は、アナメンシス-アファレンシス系統の推定された起源および絶滅年代に95%の信頼区間を設定し、ラミダスの下限年代や最初期ホモ属の上限年代と重なっているのか、検証します。本論文の分析は、ラミダスとアナメンシス-アファレンシス系統が祖先-子孫関係にあるのか、また最初期ホモ属系統とは分岐進化の関係にあるのか、といった問題に関する年代的根拠に基づいた最初の評価を提示します。ただ本論文は、将来の研究では、ラミダスの下限年代および最初期ホモ属の上限年代に関する不確実性を組み込まねばならない、とも指摘しています。
本論文の提示するアナメンシス-アファレンシス系統の推定存在年代は、起源が419万年前頃、絶滅が300万年前頃で、95%信頼区間では430万~288万年前頃となります。年代の不確実性を最大化すると、起源が424万年前頃、絶滅が291万年前頃で、95%信頼区間では437万~278万年前頃となります。ここから、アナメンシス-アファレンシス系統がラミダスの系統的子孫かどうか、また最初期ホモ属の祖先かどうか、評価できます。ただ、種の進化には複数のパターンが想定されるので、一概に評価できるわけではありません。祖先種Aが全体として子孫種Dに進化する向上進化や、祖先種Aが子孫種D1とD2に分岐する分岐進化や、祖先種Aが存続する一方で、その一部系統が子孫種Dに進化するパターンも想定されます。
データが不足しているため、アルディピテクス・ラミダスの堅牢な年代信頼区間は推定できませんが、4493000~430万年前頃というラミダスの下限年代は、アナメンシス-アファレンシス系統の起源の信頼区間に収まります。そのため、ラミダスとアウストラロピテクス属との系統関係の判断には注意が必要になる、と本論文は指摘します。最初期ホモ属の上限年代は、アナメンシス-アファレンシス系統の絶滅年代の信頼区間の後になりますが、年代の不確実性を最大化した信頼区間ではわずかに重複します。
本論文は結論として、年代の不確実性を最大化した信頼区間ではアナメンシス-アファレンシス系統の信頼区間と最古のホモ属遺骸とがわずかに重複するものの、最古のホモ属遺骸にはアファレンシスとの形態学的類似性が見られるため、この点でもアナメンシス-アファレンシス系統がホモ属の祖先だった可能性は高い、と指摘します。パラントロプス属もアナメンシス-アファレンシス系統から進化したと考えられるため、この場合は分岐進化の可能性が高そうです。ただ、アナメンシス-アファレンシス系統の絶滅下限年代よりも前のホモ属遺骸が発見されれば、形態学的証拠からも、アファレンシス系統が存続する一方で、その一部系統からホモ属が進化した、ということになりそうです。結局のところ、系統発生に関する不確実性を考慮すると、さらなる化石証拠が必要となります。
一方で本論文は、ラミダスとアナメンシス-アファレンシス系統の時間的重複の可能性は除外できない、と指摘します。もしそうならば、ラミダスからアナメンシス-アファレンシス系統への向上進化はなさそうですが、ラミダスの一部系統がアナメンシス-アファレンシス系統へと進化し、一方でラミダス系統も存続して一時的(とはいっても十万年単位になりそうですが)に重複した、という可能性は考えられます。私は、ラミダスの一部系統もしくはその近縁系統からアウストラロピテクス属が派生したのではないか、と考えています。ただ本論文は、この分析は予備的であり、将来の研究では、標本の増加とともにラミダスの下限年代と最初期ホモ属の上限年代の不確実性を組み入れねばならない、と強調しています。
また本論文は、系統発生仮説の年代検証が形態学的分析に取って代わるべきと主張しているのではなく、進化的関係の評価への追加の必要な検証である、とも強調しています。たとえば、仮定された系統の祖先と子孫は、単系統群において他の種と比較して形態的に強く類似している必要がある、というわけです。アナメンシス-アファレンシス系統の出現と絶滅に関する不確実性の定量化から得られた検証結果を考慮すると、人類の他の分類群に関する類似の分析は、人類歯冠研究において優先度が高いはずだ、と本論文は指摘します。
本論文の見解はたいへん興味深いのですが、受理されたのが今年(2019年)10月9日なので、さすがに今年8月28日に公表された関連研究(関連記事)は取り上げられていません。その研究は、アナメンシスとアファレンシスが短くとも10万年共存した可能性を指摘しています。おそらくアファレンシスは、アナメンシスの一部系統から派生し、アファレンシスが出現した後でもアナメンシス系統は存続していたのでしょう。こうした進化は珍しくなく、ホモ属系統においても、広義のハビリス(Homo habilis)系統の一部からエレクトス(Homo erectus)が派生し、両者は数十万年程度共存していた、と推測されています(関連記事)。
参考文献:
Du A. et al.(2020): Statistical estimates of hominin origination and extinction dates: A case study examining the Australopithecus anamensis–afarensis lineage. Journal of Human Evolution, 138, 102688.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.102688
たとえば、280万年前頃の地球規模の気候変動は、ホモ属の起源を含む後期鮮新世の動物相転換事象に関係している、と推測されています。起源と絶滅に関する正確な年代は、人類系統樹を適切な年代に置き、進化関係を推測するためにも必要です。たとえば、姉妹分類群は同じ起源年代となり、系統的祖先と子孫種は重複しない時間的範囲を有すことになります。しかし、人類進化史の研究においては、化石記録自体とその標本抽出の両方が不完全であるため、正確な年代はほぼ確実に過小評価されているものの、人類の起源と絶滅の年代を統計的に推定し、それらを取り巻く不確実性を定量化した研究はまだほとんどありません。
本論文は、人類の起源と絶滅の推定年代と信頼区間の不足を改善するため、アウストラロピテクス属のアナメンシスとアファレンシスの系統を利用します。その理由は第一に、化石記録が充分に標本抽出され、記載されて研究されているからです。第二に、アナメンシス-アファレンシス系統は、鮮新世の前期と後期の人類間の系統をつなぐ可能性が広く認められています。そのため、アナメンシス-アファレンシス系統がいつ発生し、いつ絶滅したかについてより信頼できる情報は、系統発生仮説の検証に役立つはずだ、というわけです。
以前の系統学的仮説は、アルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)とアウストラロピテクス属との間の解剖学的関係と、アナメンシス-アファレンシス系統のホモ属とパラントロプス属への系統分岐というシナリオを提示しています。こうした仮説における種分化では、祖先と子孫の時間的範囲が重複しない、と予想されます。現時点で、アナメンシス-アファレンシス系統化石の年代範囲は415万~304万年前頃で、4493000~430万年前頃というラミダスの下限年代範囲、さらには280万~275万年前頃というエチオピアのアファール州のレディゲラル(Ledi-Geraru)調査区域で発見された最初のホモ属とされる遺骸(関連記事)の上限年代と重複しません。ただ、レディゲラル調査区域で発見された280万~275万年前頃の人類遺骸には、ホモ属的特徴はあるとしても、ホモ属と分類してよいのか、まだ確定的とは言えないように思いますが、この記事ではホモ属として扱います。
ただ、化石記録の少なさから、アナメンシス-アファレンシス系統の時間範囲はおそらく過小評価されています。したがって、現時点での人類化石記録に基づくと、アナメンシス-アファレンシス系統がラミダスや最初期ホモ属と重複している可能性を除外できません。本論文は、アナメンシス-アファレンシス系統の推定された起源および絶滅年代に95%の信頼区間を設定し、ラミダスの下限年代や最初期ホモ属の上限年代と重なっているのか、検証します。本論文の分析は、ラミダスとアナメンシス-アファレンシス系統が祖先-子孫関係にあるのか、また最初期ホモ属系統とは分岐進化の関係にあるのか、といった問題に関する年代的根拠に基づいた最初の評価を提示します。ただ本論文は、将来の研究では、ラミダスの下限年代および最初期ホモ属の上限年代に関する不確実性を組み込まねばならない、とも指摘しています。
本論文の提示するアナメンシス-アファレンシス系統の推定存在年代は、起源が419万年前頃、絶滅が300万年前頃で、95%信頼区間では430万~288万年前頃となります。年代の不確実性を最大化すると、起源が424万年前頃、絶滅が291万年前頃で、95%信頼区間では437万~278万年前頃となります。ここから、アナメンシス-アファレンシス系統がラミダスの系統的子孫かどうか、また最初期ホモ属の祖先かどうか、評価できます。ただ、種の進化には複数のパターンが想定されるので、一概に評価できるわけではありません。祖先種Aが全体として子孫種Dに進化する向上進化や、祖先種Aが子孫種D1とD2に分岐する分岐進化や、祖先種Aが存続する一方で、その一部系統が子孫種Dに進化するパターンも想定されます。
データが不足しているため、アルディピテクス・ラミダスの堅牢な年代信頼区間は推定できませんが、4493000~430万年前頃というラミダスの下限年代は、アナメンシス-アファレンシス系統の起源の信頼区間に収まります。そのため、ラミダスとアウストラロピテクス属との系統関係の判断には注意が必要になる、と本論文は指摘します。最初期ホモ属の上限年代は、アナメンシス-アファレンシス系統の絶滅年代の信頼区間の後になりますが、年代の不確実性を最大化した信頼区間ではわずかに重複します。
本論文は結論として、年代の不確実性を最大化した信頼区間ではアナメンシス-アファレンシス系統の信頼区間と最古のホモ属遺骸とがわずかに重複するものの、最古のホモ属遺骸にはアファレンシスとの形態学的類似性が見られるため、この点でもアナメンシス-アファレンシス系統がホモ属の祖先だった可能性は高い、と指摘します。パラントロプス属もアナメンシス-アファレンシス系統から進化したと考えられるため、この場合は分岐進化の可能性が高そうです。ただ、アナメンシス-アファレンシス系統の絶滅下限年代よりも前のホモ属遺骸が発見されれば、形態学的証拠からも、アファレンシス系統が存続する一方で、その一部系統からホモ属が進化した、ということになりそうです。結局のところ、系統発生に関する不確実性を考慮すると、さらなる化石証拠が必要となります。
一方で本論文は、ラミダスとアナメンシス-アファレンシス系統の時間的重複の可能性は除外できない、と指摘します。もしそうならば、ラミダスからアナメンシス-アファレンシス系統への向上進化はなさそうですが、ラミダスの一部系統がアナメンシス-アファレンシス系統へと進化し、一方でラミダス系統も存続して一時的(とはいっても十万年単位になりそうですが)に重複した、という可能性は考えられます。私は、ラミダスの一部系統もしくはその近縁系統からアウストラロピテクス属が派生したのではないか、と考えています。ただ本論文は、この分析は予備的であり、将来の研究では、標本の増加とともにラミダスの下限年代と最初期ホモ属の上限年代の不確実性を組み入れねばならない、と強調しています。
また本論文は、系統発生仮説の年代検証が形態学的分析に取って代わるべきと主張しているのではなく、進化的関係の評価への追加の必要な検証である、とも強調しています。たとえば、仮定された系統の祖先と子孫は、単系統群において他の種と比較して形態的に強く類似している必要がある、というわけです。アナメンシス-アファレンシス系統の出現と絶滅に関する不確実性の定量化から得られた検証結果を考慮すると、人類の他の分類群に関する類似の分析は、人類歯冠研究において優先度が高いはずだ、と本論文は指摘します。
本論文の見解はたいへん興味深いのですが、受理されたのが今年(2019年)10月9日なので、さすがに今年8月28日に公表された関連研究(関連記事)は取り上げられていません。その研究は、アナメンシスとアファレンシスが短くとも10万年共存した可能性を指摘しています。おそらくアファレンシスは、アナメンシスの一部系統から派生し、アファレンシスが出現した後でもアナメンシス系統は存続していたのでしょう。こうした進化は珍しくなく、ホモ属系統においても、広義のハビリス(Homo habilis)系統の一部からエレクトス(Homo erectus)が派生し、両者は数十万年程度共存していた、と推測されています(関連記事)。
参考文献:
Du A. et al.(2020): Statistical estimates of hominin origination and extinction dates: A case study examining the Australopithecus anamensis–afarensis lineage. Journal of Human Evolution, 138, 102688.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.102688
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