サハラ砂漠以南のアフリカにおける現生人類と未知の人類との交雑
サハラ砂漠以南のアフリカにおける現生人類(Homo sapiens)と未知の人類との交雑に関する研究(Wall et al., 2019)が公表されました。現生人類はアフリカの1ヶ所もしくは複数の場所で10万年以上前に進化した、と考えられています。その後、現生人類はアフリカからユーラシア、さらにはオーストラリア大陸・アメリカ大陸・ポリネシアへと拡散し、1000年前には世界のほとんどの場所に移住しました。その過程で、現生人類はネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった先住人類と交雑しました。出アフリカ系現代人はゲノム領域の約2%をネアンデルタール人から継承し、出アフリカ系現代人でもメラネシア人およびオーストラリア先住民は、ゲノム領域の約4~5%をデニソワ人から継承しました。この推定は、ネアンデルタール人とデニソワ人の高品質なゲノム配列に基づいています。
現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人ではない古代型人類との交雑の痕跡は希薄で断片化されており、実際の古代型人類のゲノムデータが得られていないため、交雑事象の検出には他の方法が必要となります。ネアンデルタール人およびデニソワ人と交雑した現生人類は、基本的に出アフリカ系に限定されていますが、サハラ砂漠以南のアフリカ集団でも古代型人類との交雑の可能性が指摘されています(関連記事)。これは、アフリカにおける中期~後期更新世の人類遺骸の形態的多様性と、推定合着年代の古いハプロタイプが見つかっていることとも整合的です。ただ、以前の研究はゲノムの一部しか対象としていないか、標本が限定的だったか、低網羅率のゲノム配列が用いられていた、と本論文は問題を指摘します。また本論文は、以前の研究が明確にコピー数多型を除外していなかった、と指摘します。ゲノムの構造多型(SV)は50塩基対以上の欠失・挿入・重複・逆位多型の総称で、50塩基対より小さい欠失・挿入に相当するインデルや、1塩基対の置換である一塩基多型とは区別され、SVの中の欠失と重複はコピー数多型も呼ばれます。
本論文は、64ヶ国の200以上の民族集団から1739人(既知の1236人のデータと新たに配列された503人)の高網羅率(30倍)のゲノム配列を得て、それらから1親等の関係にある個体を除外し、1667人のゲノムデータを得ました。さらに本論文は、反復配列での遺伝子型などの間違いを減らすため、コピー数多型を含む領域も除外しました。本論文は、現生人類とネアンデルタール人でもデニソワ人でもない未知の古代型人類(ゴースト人類系統)との交雑の問題を再検証し、現生人類と古代型人類との交雑の定量化が、遺伝病理学に役立つ可能性も指摘しています。ネアンデルタール人から現生人類へと継承された遺伝子の中には、生存の危険性を高めるものもあるからです(関連記事)。
本論文は、検証対象とした1667人を地理遺伝的に9集団に区分しています。それは、コイサン、ピグミー、アフリカ西部、アフリカ東部、アフリカ北部、中東、ヨーロッパ、メラネシア、アジア東部です。まず本論文は、ネアンデルタール人のゲノムは知られているものの、デニソワ人のゲノムは未知と仮定して、メラネシア人のゲノムに未知の古代型人類からの遺伝子移入を検出できるか、検証しました。その結果、メラネシア人のゲノムにはヨーロッパ人およびアジア東部人よりも10~20倍の推定上のゴースト人類系統由来のハプロタイプ(PGH)が検出され、本論文の手法の有効性が確認されました。全体では常染色体で2319のPGHが見つかり、サハラ砂漠以南のアフリカ集団では出アフリカ系現代人集団よりも5~15倍PGHが多い、と明らかになりました。PGHの平均数は、コイサン→ピグミー→アフリカ西部→アフリカ東部→アフリカ北部→中東→ヨーロッパ→メラネシア→アジア東部の順で少なくなります。これは、コイサンの祖先集団で主要な交雑事象が起きたことを示唆します。
以前の研究では、メラネシア人と共有される、アジア南部人における未知の古代型人類との交雑の可能性が指摘されていました。しかし本論文は、他の全ての出アフリカ系現代人と比較して、アジア南部およびメラネシア集団でのPGH推定数の顕著な増加は見られない、と指摘します。さらに本論文は、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の発見されたフローレス島の小柄な現代人集団ランパササ(Rampasasa)でも、他のアジア南東部集団と比較して、PGHの顕著な増加を示さない、と明らかにしました。これは、ランパササ集団に関する以前の研究(関連記事)と整合的ですが、アジア南部~南東部における後期ホモ属の交雑に関する研究とは一致しません(関連記事)。本論文は、出アフリカ系現代人の祖先集団が未知の人類系統と交雑したことを示す証拠は弱い、と指摘します。
上述のように、ネアンデルタール人から現生人類へと継承された遺伝子の中には、現代人にとって有害なものも含まれます。本論文は、PGHが本当に未知の人類系統からの遺伝子移入の結果ならば、浄化選択の痕跡を示す、と予想して検証しました。その結果、予想通り、PGHの位置はコーディング領域から優先的に離れている、と明らかになりました。さらに、現代人のゲノムにはPGHのない巨大な領域が含まれており、これは現生人類と未知の人類系統との間の遺伝的不適合を予想します。また本論文は、用いられた手法では見落としたPGHがある可能性を指摘しています。
本論文の分析は、サハラ砂漠以南のアフリカ集団においてPGHが多く、南から北への強い勾配が見られる、と示します。これは、サハラ砂漠以南のアフリカの現生人類集団とゴースト人類系統との交雑の結果と考えられます。本論文は、その結果としてサハラ砂漠以南のアフリカ集団に、病気と関連する有害な遺伝子が継承された可能性を指摘します。ただ本論文は、現生人類における長期の移動および混合を考慮すると、他の想定との比較した上で古代型人類との交雑と判断するには、さらなる検証が必要とも指摘しています。本論文は、出アフリカ系現代人の祖先集団とゴースト人類系統との交雑に否定的ですが、今後さらに調査対象を拡大していけば、あるいはその痕跡が検出されるかもしれず、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Wall JD. et al.(2019): Identification of African-Specific Admixture between Modern and Archaic Humans. The American Journal of Human Genetics, 105, 6, 1254–1261.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2019.11.005
現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人ではない古代型人類との交雑の痕跡は希薄で断片化されており、実際の古代型人類のゲノムデータが得られていないため、交雑事象の検出には他の方法が必要となります。ネアンデルタール人およびデニソワ人と交雑した現生人類は、基本的に出アフリカ系に限定されていますが、サハラ砂漠以南のアフリカ集団でも古代型人類との交雑の可能性が指摘されています(関連記事)。これは、アフリカにおける中期~後期更新世の人類遺骸の形態的多様性と、推定合着年代の古いハプロタイプが見つかっていることとも整合的です。ただ、以前の研究はゲノムの一部しか対象としていないか、標本が限定的だったか、低網羅率のゲノム配列が用いられていた、と本論文は問題を指摘します。また本論文は、以前の研究が明確にコピー数多型を除外していなかった、と指摘します。ゲノムの構造多型(SV)は50塩基対以上の欠失・挿入・重複・逆位多型の総称で、50塩基対より小さい欠失・挿入に相当するインデルや、1塩基対の置換である一塩基多型とは区別され、SVの中の欠失と重複はコピー数多型も呼ばれます。
本論文は、64ヶ国の200以上の民族集団から1739人(既知の1236人のデータと新たに配列された503人)の高網羅率(30倍)のゲノム配列を得て、それらから1親等の関係にある個体を除外し、1667人のゲノムデータを得ました。さらに本論文は、反復配列での遺伝子型などの間違いを減らすため、コピー数多型を含む領域も除外しました。本論文は、現生人類とネアンデルタール人でもデニソワ人でもない未知の古代型人類(ゴースト人類系統)との交雑の問題を再検証し、現生人類と古代型人類との交雑の定量化が、遺伝病理学に役立つ可能性も指摘しています。ネアンデルタール人から現生人類へと継承された遺伝子の中には、生存の危険性を高めるものもあるからです(関連記事)。
本論文は、検証対象とした1667人を地理遺伝的に9集団に区分しています。それは、コイサン、ピグミー、アフリカ西部、アフリカ東部、アフリカ北部、中東、ヨーロッパ、メラネシア、アジア東部です。まず本論文は、ネアンデルタール人のゲノムは知られているものの、デニソワ人のゲノムは未知と仮定して、メラネシア人のゲノムに未知の古代型人類からの遺伝子移入を検出できるか、検証しました。その結果、メラネシア人のゲノムにはヨーロッパ人およびアジア東部人よりも10~20倍の推定上のゴースト人類系統由来のハプロタイプ(PGH)が検出され、本論文の手法の有効性が確認されました。全体では常染色体で2319のPGHが見つかり、サハラ砂漠以南のアフリカ集団では出アフリカ系現代人集団よりも5~15倍PGHが多い、と明らかになりました。PGHの平均数は、コイサン→ピグミー→アフリカ西部→アフリカ東部→アフリカ北部→中東→ヨーロッパ→メラネシア→アジア東部の順で少なくなります。これは、コイサンの祖先集団で主要な交雑事象が起きたことを示唆します。
以前の研究では、メラネシア人と共有される、アジア南部人における未知の古代型人類との交雑の可能性が指摘されていました。しかし本論文は、他の全ての出アフリカ系現代人と比較して、アジア南部およびメラネシア集団でのPGH推定数の顕著な増加は見られない、と指摘します。さらに本論文は、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の発見されたフローレス島の小柄な現代人集団ランパササ(Rampasasa)でも、他のアジア南東部集団と比較して、PGHの顕著な増加を示さない、と明らかにしました。これは、ランパササ集団に関する以前の研究(関連記事)と整合的ですが、アジア南部~南東部における後期ホモ属の交雑に関する研究とは一致しません(関連記事)。本論文は、出アフリカ系現代人の祖先集団が未知の人類系統と交雑したことを示す証拠は弱い、と指摘します。
上述のように、ネアンデルタール人から現生人類へと継承された遺伝子の中には、現代人にとって有害なものも含まれます。本論文は、PGHが本当に未知の人類系統からの遺伝子移入の結果ならば、浄化選択の痕跡を示す、と予想して検証しました。その結果、予想通り、PGHの位置はコーディング領域から優先的に離れている、と明らかになりました。さらに、現代人のゲノムにはPGHのない巨大な領域が含まれており、これは現生人類と未知の人類系統との間の遺伝的不適合を予想します。また本論文は、用いられた手法では見落としたPGHがある可能性を指摘しています。
本論文の分析は、サハラ砂漠以南のアフリカ集団においてPGHが多く、南から北への強い勾配が見られる、と示します。これは、サハラ砂漠以南のアフリカの現生人類集団とゴースト人類系統との交雑の結果と考えられます。本論文は、その結果としてサハラ砂漠以南のアフリカ集団に、病気と関連する有害な遺伝子が継承された可能性を指摘します。ただ本論文は、現生人類における長期の移動および混合を考慮すると、他の想定との比較した上で古代型人類との交雑と判断するには、さらなる検証が必要とも指摘しています。本論文は、出アフリカ系現代人の祖先集団とゴースト人類系統との交雑に否定的ですが、今後さらに調査対象を拡大していけば、あるいはその痕跡が検出されるかもしれず、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Wall JD. et al.(2019): Identification of African-Specific Admixture between Modern and Archaic Humans. The American Journal of Human Genetics, 105, 6, 1254–1261.
https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2019.11.005
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