梅津和夫『DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで』
講談社ブルーバックスの一冊として、講談社から2019年9月に刊行されました。本書はDNA鑑定の原理をその問題点・限界点とともに分かりやすく解説しており、DNA鑑定の具体例も示されていますから、入門書としてなかなか工夫されており、楽しめると思います。また、環境DNAなど最新の研究動向も抑えられており、この点もよいと思います。著者はDNA鑑定以前の、血液型などを用いた遺伝的情報の鑑定の時代から専門家として活躍しており、DNA鑑定の黎明期から現在の隆盛までを経験してきたため、本書は簡潔なDNA鑑定史としても興味深い一冊になっていると思います。
このように、本書は全体的には良書だと思うのですが、日本人の起源と古代DNA研究に関する見解には疑問も残りました。まず、本書は全体的に「縄文人」の影響をやや過大に評価しているように思います。もちろん本書は、現代(本州・四国・九州とその近隣の島々を中心とする「本土」)日本人における「縄文人」の遺伝的影響が10~30%程度で、この数値は今後変動する可能性が高い、という近年の知見を踏まえてはいます。また、近隣の漢人・朝鮮人との比較で、日本人の遺伝的独自性の最大の要因が「縄文人」に由来する可能性は高いでしょうから、その意味で、日本人起源論で「縄文人」に注目するのは当然だとは思います。
しかし、「大陸の言葉ではなく縄文語から連なる日本語」との見解は、現時点ではとても断定的に語ることはできず、他の可能性もじゅうぶん想定されるでしょう(関連記事)。本書は、「縄文人」の祖先集団が長江下流域から南西諸島に少数で到来し、その後日本列島を北上していった、との見解を提示しています。その根拠は、沖縄県民において「縄文人」型一塩基多型の割合が他の都道府県よりも顕著に高いことです。しかし、これは単に「縄文人」の遺伝的影響が、「本土」集団よりも琉球集団において高いこと、つまり弥生時代以降にアジア東部から日本列島へと到来した集団の遺伝的影響が、琉球集団よりも「本土」集団の方において高いことを反映しているにすぎない、との解釈もじゅうぶん成立するように思います。
また本書は、「縄文人」の祖先集団の流入経路として、氷河時代に北方経路からの人類集団の到来は考えにくいと指摘していますが、北海道においては、後期旧石器時代後半にマンモスがシベリアから到来し、細石刃の出現から、人類集団も同様だったと考えられています(関連記事)。また、更新世もずっと寒冷期だったわけではなく、日本列島に現生人類(Homo sapiens)が拡散してき時期は、最終氷期極大期(LGM)よりもずっと温暖だった海洋酸素同位体ステージ(MIS)3と考えられています。「縄文人」の起源は、アジア東部のどこか特定の地域の小集団ではなく、アジア東部の複数地域の集団が日本列島に到来し、融合した結果である可能性の方が高い、と私は考えています。
日本人起源論と関連して本書の見解で気になるのは、古代DNA研究への懐疑的な視線です。確かに、本書が指摘するように、分子時計はまだとても確定的な精度とは言えませんし、古代DNA研究において試料汚染は今でもひじょうに重要な問題です。本書がとくに懐疑的なネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のような古い年代のDNAでは、確かに深刻な問題と言えるでしょう。しかし、5年前(日本語版は4年前)に刊行された著書(関連記事)でも、試料汚染を防ぐための方法が詳しく解説されていますし、その後も試料から本来のDNAを抽出する方法論は改善されており、近年の論文でも試料汚染解決のための方法論は重点的に解説されることが多いように思います(関連記事)。また、そうした試料汚染除去とともに、より多くの内在性DNAを抽出する方法論も改善されてきています(関連記事)。古代DNA研究に関して、ヨーロッパやアメリカ合衆国のいくつかの研究所の資金力は豊富で、大規模かつ革新的です。正直なところ本書は、ヨーロッパやアメリカ合衆国の大規模な研究所の古代DNA研究を過小評価しているのではないか、と思います。
本書はネアンデルタール人のDNA解析に懐疑的なことから、ネアンデルタール人と現生人類との交雑との見解にも懐疑的なのですが、その根拠として、ミトコンドリアDNA(mtDNA)でもY染色体DNAでも、ネアンデルタール人由来の領域が現代人では見つかっていない、ということが挙げられています。しかし、母系のmtDNAも父系のY染色体DNAも単系統遺伝なので失われやすい、と考えると別に強く疑問を抱くほどではないと思います。また、ネアンデルタール人のY染色体を有する個体は、ネアンデルタール人と現生人類との交雑集団において繁殖能力が低下し、排除された可能性が指摘されています(関連記事)。もしそうなら、ネアンデルタール人と現生人類との交雑において、ネアンデルタール人男性と現生人類女性という組み合わせが多かったというか一般的だったとすると、(出アフリカ系)現代人の常染色体DNAにネアンデルタール人由来の領域が認められるのに、ネアンデルタール人由来のmtDNAもY染色体DNAも確認されていない理由を上手く説明できそうです。もちろん、これ以外の想定もじゅうぶん可能ですが。
参考文献:
梅津和夫(2019)『DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで』(講談社)
このように、本書は全体的には良書だと思うのですが、日本人の起源と古代DNA研究に関する見解には疑問も残りました。まず、本書は全体的に「縄文人」の影響をやや過大に評価しているように思います。もちろん本書は、現代(本州・四国・九州とその近隣の島々を中心とする「本土」)日本人における「縄文人」の遺伝的影響が10~30%程度で、この数値は今後変動する可能性が高い、という近年の知見を踏まえてはいます。また、近隣の漢人・朝鮮人との比較で、日本人の遺伝的独自性の最大の要因が「縄文人」に由来する可能性は高いでしょうから、その意味で、日本人起源論で「縄文人」に注目するのは当然だとは思います。
しかし、「大陸の言葉ではなく縄文語から連なる日本語」との見解は、現時点ではとても断定的に語ることはできず、他の可能性もじゅうぶん想定されるでしょう(関連記事)。本書は、「縄文人」の祖先集団が長江下流域から南西諸島に少数で到来し、その後日本列島を北上していった、との見解を提示しています。その根拠は、沖縄県民において「縄文人」型一塩基多型の割合が他の都道府県よりも顕著に高いことです。しかし、これは単に「縄文人」の遺伝的影響が、「本土」集団よりも琉球集団において高いこと、つまり弥生時代以降にアジア東部から日本列島へと到来した集団の遺伝的影響が、琉球集団よりも「本土」集団の方において高いことを反映しているにすぎない、との解釈もじゅうぶん成立するように思います。
また本書は、「縄文人」の祖先集団の流入経路として、氷河時代に北方経路からの人類集団の到来は考えにくいと指摘していますが、北海道においては、後期旧石器時代後半にマンモスがシベリアから到来し、細石刃の出現から、人類集団も同様だったと考えられています(関連記事)。また、更新世もずっと寒冷期だったわけではなく、日本列島に現生人類(Homo sapiens)が拡散してき時期は、最終氷期極大期(LGM)よりもずっと温暖だった海洋酸素同位体ステージ(MIS)3と考えられています。「縄文人」の起源は、アジア東部のどこか特定の地域の小集団ではなく、アジア東部の複数地域の集団が日本列島に到来し、融合した結果である可能性の方が高い、と私は考えています。
日本人起源論と関連して本書の見解で気になるのは、古代DNA研究への懐疑的な視線です。確かに、本書が指摘するように、分子時計はまだとても確定的な精度とは言えませんし、古代DNA研究において試料汚染は今でもひじょうに重要な問題です。本書がとくに懐疑的なネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のような古い年代のDNAでは、確かに深刻な問題と言えるでしょう。しかし、5年前(日本語版は4年前)に刊行された著書(関連記事)でも、試料汚染を防ぐための方法が詳しく解説されていますし、その後も試料から本来のDNAを抽出する方法論は改善されており、近年の論文でも試料汚染解決のための方法論は重点的に解説されることが多いように思います(関連記事)。また、そうした試料汚染除去とともに、より多くの内在性DNAを抽出する方法論も改善されてきています(関連記事)。古代DNA研究に関して、ヨーロッパやアメリカ合衆国のいくつかの研究所の資金力は豊富で、大規模かつ革新的です。正直なところ本書は、ヨーロッパやアメリカ合衆国の大規模な研究所の古代DNA研究を過小評価しているのではないか、と思います。
本書はネアンデルタール人のDNA解析に懐疑的なことから、ネアンデルタール人と現生人類との交雑との見解にも懐疑的なのですが、その根拠として、ミトコンドリアDNA(mtDNA)でもY染色体DNAでも、ネアンデルタール人由来の領域が現代人では見つかっていない、ということが挙げられています。しかし、母系のmtDNAも父系のY染色体DNAも単系統遺伝なので失われやすい、と考えると別に強く疑問を抱くほどではないと思います。また、ネアンデルタール人のY染色体を有する個体は、ネアンデルタール人と現生人類との交雑集団において繁殖能力が低下し、排除された可能性が指摘されています(関連記事)。もしそうなら、ネアンデルタール人と現生人類との交雑において、ネアンデルタール人男性と現生人類女性という組み合わせが多かったというか一般的だったとすると、(出アフリカ系)現代人の常染色体DNAにネアンデルタール人由来の領域が認められるのに、ネアンデルタール人由来のmtDNAもY染色体DNAも確認されていない理由を上手く説明できそうです。もちろん、これ以外の想定もじゅうぶん可能ですが。
参考文献:
梅津和夫(2019)『DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで』(講談社)
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