社会的な父親と生物学的な父親の不一致率と人口密度および階級との相関
社会的な父親と生物学的な父親の不一致率と人口密度および階級との相関についての研究(Larmuseau et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。行動生態学では、長期のペア結合を有する種のペア外交尾(extra-pair copulation、EPC)の発生と適応的意義が激しく議論されてきました。進化学の理論では、両方のパートナーが他に繁殖機会を求めることにより、適応度を高められる、と指摘されてきました。EPCは雄に、父としての世話のコストを払うことなく、余分な子を儲ける機会を提供します。雌も、遺伝的に優れた雄と交尾できるか、ペア外パートナーから追加の資源を得られるような場合、EPCの追求により利益を得るかもしれません。
EPCは同時に、性感染症・配偶者の攻撃・配偶関係解消(ヒト社会だと離婚)・雌の場合には配偶相手からの投資減少の危険性を増加させるので、有害にもなり得ます。さらに、ペア外父性(extra-pair paternity、EPP)は雌への深刻なコストを伴うペア外男性による強制交尾をもたらすかもしれず、その発生が今度は、雄側にとって、配偶者保護のような性的嫉妬により動機づけられた「反寝取られ」戦術を示す動機づけになり得ます。人口密度や資源利用可能性のような社会環境は、個体群がEPCに参加する機会をどの程度有しているかに強く影響を及ぼすかもしれず、EPCの追求と防止の両方への進化的コストと利益を調整します。したがって、(ヒトを除く)動物界とヒト社会の両方で、両性によるEPCの追求と予防の戦略は、状況に大きく依存するだろう、と示唆されてきました。
本論文は、社会的状況がヒトのEPP発生率にどのように影響を及ぼすのか、父系で遠く関連した男性の詳細な法的家系図とY染色体DNA解析を組み合わせて、大規模な調査結果を提示します。本論文の対象期間は近世から現代で、19世紀ヨーロッパの産業革命期も含む、急速な都市化のようなヒト社会の劇的な変化の起きた時期となります。本論文は、新興の人口密度の高い都市が、EPCの機会増加により起きたEPP率増加を促進し、都市の匿名性によりもたらされる社会的管理の水準を減少させた、という仮説を検証します。さらに本論文は、婚外配偶者から追加の利益を求めるより高い動機のため、EPP発生率が低い社会経済的階級において上昇したのかどうか、強制的性交に対する保護やそうした動機を減少させたのかどうか、検証します。
本論文は、ヨーロッパ西部の夫婦のEPP率を推定するため、家系図では父系祖先を共有する、つまり同じY染色体(厳密には、X染色体との間でわずかながら組み換えはありますが)を持つと想定される、ベルギーとオランダの513組の現代の成人男性を特定しました。この513組の家系の男性祖先の大半は、現代的な避妊導入の前に生まれました。誕生年の範囲は1315~1974年で、平均すると1840年です。大半が現代的な避妊導入前ということは、現代人集団を対象とした調査よりもじっさいのEPC率をより確実に反映している、と考えられます。本論文は、この513組の男性のY染色体における、191ヶ所の一塩基多型と38ヶ所の短縦列反復の遺伝子型を同定し、家系図で父系的に関連しているY染色体ハプロタイプの不一致が確認された場合、その父系内における1回もしくは複数回のEPP事象の証拠とししまた。
また本論文は、歴史的な高品質な人口統計学的データと家系図記録から、歴史的なEPP率の復元だけではなく、その発生率に影響を及ぼすと予想される社会人口統計学的要因の機能としてのEPPを推定できました。具体的には、家系図内の1750~1950年生まれの法的父親である6818人の男性祖先の系譜の詳細な記録を得ました。家系図記録では、父系の各子供の誕生(市民登録の始まった1800年以後)は結婚生活の中で起き、公的に家系図の父親が父親と認定されたか、教会記録だけが利用可能だった1600~1800年に生まれた子供に関しては、洗礼を受けた時に父親が生きていた、と常に核にされました。次に本論文は、父親の職業から男性祖先の社会経済的地位を推測し、誕生年を記録もしくは推定された歴史的人口規模および密度と関連づけました。最後に本論文は、生年・人口密度・社会経済的地位の関数としてEPP率を推定しました。
その結果、以前の研究で推定された、ネーデルラントにおける低い歴史的EPP率(1世代あたり1.6%、95%の信頼性で1.2~2.1%)が改めて確認されました。また、カトリックが主流のフランドルとプロテスタントが主流のオランダの間には宗教的に大きな違いがありますが、EPP率に顕著な違いはありませんでした。しかし、推定EPP率は人口密度および社会経済的地位と強く相関している、と明らかになりました。平均的な人口密度では、農民と中流~上流の社会経済的階級の間での平均EPP率は1.1%と低く、一方で低い社会経済的階級では4.1%とずっと高くなります。同様に、EPP率は人口密度との有意な相関を示しました。人口のまばらな農村では平均EPP率は0.6%ですが、1㎢1万人以上の地域では2.3%です。
両方の変数効果を組み合わせると、推定EPP率は、人口密度の低い地域の農民や中流~上流階級の0.4~0.5%から、人口密度の高い都市の社会経済的に低い階級の5.9%まで1桁以上の幅があります。生年・両親の年齢・国または地域(州)をモデルに追加しても、この相関は変わりませんでした。時間的経過で見ていくと、19世紀後半にEPP率がピークに達し、これは人口密度の変化および産業革命により発生した低所得層のプロレタリアートの最初の拡大と一致します。このEPP率の観察は、未婚の母親からの子供の誕生といった非嫡出子の誕生パターンを密接に反映しています。じっさい、非嫡出子のピークは19世紀半ばに見られ、田舎では約5%、1㎢1000人以上のベルギーとドイツの都市では12%と推定され、社会経済的下流階級ではもっと高く、ブリュッセルの召使や日雇い労働者の間では36%となります。
全体として本論文の結果は、西洋集団のEPP率は社会的状況に強く影響を受ける、と示します。この知見は、動機における状況固有の変動と、EPCの追求もしくは防止のどちらかの機会を強調する進化理論的予測と一致します。EPP率と人口密度の相関は(ヒトを除く)動物界でも支持されており、通常は、EPCへの遭遇率上昇と機会増加の結果として解釈されています。ヒトでは、この効果は人口密度の高い都市の匿名性に起因する、社会的管理の減少により増加していきます。この要因もまた、19世紀半ばのヨーロッパ都市部で観察される非嫡出子の高い割合の要因の一つと考えられます。
社会経済的下流階級におけるEPP率上昇は、同時代のメキシコおよびアメリカ合衆国の社会経済的下流階級におけるEPP率の増加を示唆する、血液型に基づく以前の結果と一致します。これは、不利な生態的もしくは経済的環境が、ペア外の相手から追加の物質的もしくは社会的利益を得る動機を増加させるかもしれない、という仮説を支持します。こうした利益は、資源が乏しい時には、女性(および潜在的には間接的にであってもその家族)の適応度へのより強い影響を有します。じっさい資源の制約は、いくつかの伝統的な小規模社会で一妻多夫を促進すると考えられている、主要な生態要因の一つです。
より低い社会経済的階級におけるEPP率上昇に関する、別の相互に排他的ではない説明は、社会的父親にはEPPを防ぐ動機が少なく、それは社会的父親が子供に継承される富を多く有していないからだ、というものです。社会学では、非嫡出子の同様の高い割合が、19世紀半ばのヨーロッパの下流階級で観察され、この性的危険性の増加は、性的解放もしくは社会的上昇志向として説明されてきました。しかし、この問題に関しては、劣悪な労働および生活条件に起因する、男性の性的暴力と搾取へのより大きな脆弱性も指摘されています。こうした説明は本論文で観察されたEPPパターンにも適用されますが、EPP事象における生物学的父親のアイデンティティと社会階級を知ることなしには、検証できません。ただ、EPPと人口統計学の間で観察された歴史的関連の要因は、常にある程度は曖昧なままです。それは、どの事例で夫が法的な自分の子供は生物学的に自分の子供ではないと気づいたか知ることはできないか、EPCに関連する妻の状況と意図を再構成できないからです。
以前には、ペア外父性の比較的高い割合(5%)は、一妻多夫の非公式な形態が社会的に受け入れられ、複数の男性パートナーが同じ女性もしくはその子供に資源を提供するような、南アメリカ大陸とアフリカの少数の伝統的社会でのみ起きる、と考えられていました。ヒト社会において、こうした一妻多夫は、一妻多夫が社会的に受け入れられていない他の伝統的および西洋集団で報告されてきた、1~2%の低いEPP率と対照的です。本論文の調査対象集団におけるEPP率が平均して低いことは確証されましたが、これらの割合は決して不変ではなく、社会の一部では比較的高水準に達する可能性がある、とも示されました。特定の社会層に焦点を当てることにより、ヒト社会内のペア外父性の程度には多くの変動が観察され得る、というわけです。
本論文の見解はたいへん興味深く、EPP率が人口密度と階層により異なるのは、おそらく多くの階層社会において当てはまるのではないか、と思います。とはいっても、該当地域固有の歴史を反映した社会的文脈があるので、その割合に関しては、14~20世紀のネーデルラントとはかなり異なる場合もあるかもしれません。この点で注目されるのは、最近日本において皇位男系継承の根拠としてY染色体を挙げる人が多くなってきたように思われることです(関連記事)。この問題については、「間違い」、つまりEPPの可能性こそ致命的な欠陥だろう、と私は考えてきました。この認識は今でも変わりません。
では、じっさいに皇族においてEPP率がどの程度になるのかというと、当然日本社会とネーデルラント社会の在り様は異なりますし、皇族は上流階級とはいってもさらに特殊なので、じっさいにどの程度なのか、まったく見当もつきません。仮に、本論文で提示された人口密度の低い地域の上流階級における0.4%という割合を採用し、継体「天皇」を始祖と仮定した場合、今上天皇は北畠親房の云う「まことの継体(父系直系なので天皇ではない皇族も含みますが、この点に関しては議論もあるようです)」では54世(数え間違えているかもしれませんが)で、53回の父子継承となりますから、始祖と父系でつながっている確率は約81%です。
もっとも、EPPが起きたとしても、たとえばその可能性が高い直仁親王の事例のように、生物学的な父親が皇族であれば(関連記事)、始祖と父系でつながっていることになります。その意味では、仮に皇族においてEPP率が0.4%だとしても、始祖と父系でつながっている確率は80%を大きく超えるかもしれません。まあ、上述のように皇族におけるEPP率を推定するデータが皆無に近い状況ですから、これは今後も変わらない可能性が高く、まったく参考にならないお遊び程度の計算でしかありませんが。
そもそも、皇位の男系継承は、社会的合意(前近代において、その社会の範囲は限定的だったわけですが)が積み重ねられてきた伝統により主張されるだけでよく、仮に「初代天皇」の父系が途中で途切れて大きく異なる父系に置換されていたとしても、その後の天皇の正統性は失われず、仮に今後旧宮家の男系男子が皇族に復帰するとしても、DNA検査を受ける必要はない、と私は考えています。皇位男系継承の根拠としてY染色体を挙げる言説は、皇室の権威を傷つけかねない危険なものなので、皇室維持派なのにこれを本気で主張する人は大間抜けだと思います。
参考文献:
Larmuseau MHD. et al.(2019): A Historical-Genetic Reconstruction of Human Extra-Pair Paternity. Current Biology, 29, 23, 4102–4107.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.09.075
EPCは同時に、性感染症・配偶者の攻撃・配偶関係解消(ヒト社会だと離婚)・雌の場合には配偶相手からの投資減少の危険性を増加させるので、有害にもなり得ます。さらに、ペア外父性(extra-pair paternity、EPP)は雌への深刻なコストを伴うペア外男性による強制交尾をもたらすかもしれず、その発生が今度は、雄側にとって、配偶者保護のような性的嫉妬により動機づけられた「反寝取られ」戦術を示す動機づけになり得ます。人口密度や資源利用可能性のような社会環境は、個体群がEPCに参加する機会をどの程度有しているかに強く影響を及ぼすかもしれず、EPCの追求と防止の両方への進化的コストと利益を調整します。したがって、(ヒトを除く)動物界とヒト社会の両方で、両性によるEPCの追求と予防の戦略は、状況に大きく依存するだろう、と示唆されてきました。
本論文は、社会的状況がヒトのEPP発生率にどのように影響を及ぼすのか、父系で遠く関連した男性の詳細な法的家系図とY染色体DNA解析を組み合わせて、大規模な調査結果を提示します。本論文の対象期間は近世から現代で、19世紀ヨーロッパの産業革命期も含む、急速な都市化のようなヒト社会の劇的な変化の起きた時期となります。本論文は、新興の人口密度の高い都市が、EPCの機会増加により起きたEPP率増加を促進し、都市の匿名性によりもたらされる社会的管理の水準を減少させた、という仮説を検証します。さらに本論文は、婚外配偶者から追加の利益を求めるより高い動機のため、EPP発生率が低い社会経済的階級において上昇したのかどうか、強制的性交に対する保護やそうした動機を減少させたのかどうか、検証します。
本論文は、ヨーロッパ西部の夫婦のEPP率を推定するため、家系図では父系祖先を共有する、つまり同じY染色体(厳密には、X染色体との間でわずかながら組み換えはありますが)を持つと想定される、ベルギーとオランダの513組の現代の成人男性を特定しました。この513組の家系の男性祖先の大半は、現代的な避妊導入の前に生まれました。誕生年の範囲は1315~1974年で、平均すると1840年です。大半が現代的な避妊導入前ということは、現代人集団を対象とした調査よりもじっさいのEPC率をより確実に反映している、と考えられます。本論文は、この513組の男性のY染色体における、191ヶ所の一塩基多型と38ヶ所の短縦列反復の遺伝子型を同定し、家系図で父系的に関連しているY染色体ハプロタイプの不一致が確認された場合、その父系内における1回もしくは複数回のEPP事象の証拠とししまた。
また本論文は、歴史的な高品質な人口統計学的データと家系図記録から、歴史的なEPP率の復元だけではなく、その発生率に影響を及ぼすと予想される社会人口統計学的要因の機能としてのEPPを推定できました。具体的には、家系図内の1750~1950年生まれの法的父親である6818人の男性祖先の系譜の詳細な記録を得ました。家系図記録では、父系の各子供の誕生(市民登録の始まった1800年以後)は結婚生活の中で起き、公的に家系図の父親が父親と認定されたか、教会記録だけが利用可能だった1600~1800年に生まれた子供に関しては、洗礼を受けた時に父親が生きていた、と常に核にされました。次に本論文は、父親の職業から男性祖先の社会経済的地位を推測し、誕生年を記録もしくは推定された歴史的人口規模および密度と関連づけました。最後に本論文は、生年・人口密度・社会経済的地位の関数としてEPP率を推定しました。
その結果、以前の研究で推定された、ネーデルラントにおける低い歴史的EPP率(1世代あたり1.6%、95%の信頼性で1.2~2.1%)が改めて確認されました。また、カトリックが主流のフランドルとプロテスタントが主流のオランダの間には宗教的に大きな違いがありますが、EPP率に顕著な違いはありませんでした。しかし、推定EPP率は人口密度および社会経済的地位と強く相関している、と明らかになりました。平均的な人口密度では、農民と中流~上流の社会経済的階級の間での平均EPP率は1.1%と低く、一方で低い社会経済的階級では4.1%とずっと高くなります。同様に、EPP率は人口密度との有意な相関を示しました。人口のまばらな農村では平均EPP率は0.6%ですが、1㎢1万人以上の地域では2.3%です。
両方の変数効果を組み合わせると、推定EPP率は、人口密度の低い地域の農民や中流~上流階級の0.4~0.5%から、人口密度の高い都市の社会経済的に低い階級の5.9%まで1桁以上の幅があります。生年・両親の年齢・国または地域(州)をモデルに追加しても、この相関は変わりませんでした。時間的経過で見ていくと、19世紀後半にEPP率がピークに達し、これは人口密度の変化および産業革命により発生した低所得層のプロレタリアートの最初の拡大と一致します。このEPP率の観察は、未婚の母親からの子供の誕生といった非嫡出子の誕生パターンを密接に反映しています。じっさい、非嫡出子のピークは19世紀半ばに見られ、田舎では約5%、1㎢1000人以上のベルギーとドイツの都市では12%と推定され、社会経済的下流階級ではもっと高く、ブリュッセルの召使や日雇い労働者の間では36%となります。
全体として本論文の結果は、西洋集団のEPP率は社会的状況に強く影響を受ける、と示します。この知見は、動機における状況固有の変動と、EPCの追求もしくは防止のどちらかの機会を強調する進化理論的予測と一致します。EPP率と人口密度の相関は(ヒトを除く)動物界でも支持されており、通常は、EPCへの遭遇率上昇と機会増加の結果として解釈されています。ヒトでは、この効果は人口密度の高い都市の匿名性に起因する、社会的管理の減少により増加していきます。この要因もまた、19世紀半ばのヨーロッパ都市部で観察される非嫡出子の高い割合の要因の一つと考えられます。
社会経済的下流階級におけるEPP率上昇は、同時代のメキシコおよびアメリカ合衆国の社会経済的下流階級におけるEPP率の増加を示唆する、血液型に基づく以前の結果と一致します。これは、不利な生態的もしくは経済的環境が、ペア外の相手から追加の物質的もしくは社会的利益を得る動機を増加させるかもしれない、という仮説を支持します。こうした利益は、資源が乏しい時には、女性(および潜在的には間接的にであってもその家族)の適応度へのより強い影響を有します。じっさい資源の制約は、いくつかの伝統的な小規模社会で一妻多夫を促進すると考えられている、主要な生態要因の一つです。
より低い社会経済的階級におけるEPP率上昇に関する、別の相互に排他的ではない説明は、社会的父親にはEPPを防ぐ動機が少なく、それは社会的父親が子供に継承される富を多く有していないからだ、というものです。社会学では、非嫡出子の同様の高い割合が、19世紀半ばのヨーロッパの下流階級で観察され、この性的危険性の増加は、性的解放もしくは社会的上昇志向として説明されてきました。しかし、この問題に関しては、劣悪な労働および生活条件に起因する、男性の性的暴力と搾取へのより大きな脆弱性も指摘されています。こうした説明は本論文で観察されたEPPパターンにも適用されますが、EPP事象における生物学的父親のアイデンティティと社会階級を知ることなしには、検証できません。ただ、EPPと人口統計学の間で観察された歴史的関連の要因は、常にある程度は曖昧なままです。それは、どの事例で夫が法的な自分の子供は生物学的に自分の子供ではないと気づいたか知ることはできないか、EPCに関連する妻の状況と意図を再構成できないからです。
以前には、ペア外父性の比較的高い割合(5%)は、一妻多夫の非公式な形態が社会的に受け入れられ、複数の男性パートナーが同じ女性もしくはその子供に資源を提供するような、南アメリカ大陸とアフリカの少数の伝統的社会でのみ起きる、と考えられていました。ヒト社会において、こうした一妻多夫は、一妻多夫が社会的に受け入れられていない他の伝統的および西洋集団で報告されてきた、1~2%の低いEPP率と対照的です。本論文の調査対象集団におけるEPP率が平均して低いことは確証されましたが、これらの割合は決して不変ではなく、社会の一部では比較的高水準に達する可能性がある、とも示されました。特定の社会層に焦点を当てることにより、ヒト社会内のペア外父性の程度には多くの変動が観察され得る、というわけです。
本論文の見解はたいへん興味深く、EPP率が人口密度と階層により異なるのは、おそらく多くの階層社会において当てはまるのではないか、と思います。とはいっても、該当地域固有の歴史を反映した社会的文脈があるので、その割合に関しては、14~20世紀のネーデルラントとはかなり異なる場合もあるかもしれません。この点で注目されるのは、最近日本において皇位男系継承の根拠としてY染色体を挙げる人が多くなってきたように思われることです(関連記事)。この問題については、「間違い」、つまりEPPの可能性こそ致命的な欠陥だろう、と私は考えてきました。この認識は今でも変わりません。
では、じっさいに皇族においてEPP率がどの程度になるのかというと、当然日本社会とネーデルラント社会の在り様は異なりますし、皇族は上流階級とはいってもさらに特殊なので、じっさいにどの程度なのか、まったく見当もつきません。仮に、本論文で提示された人口密度の低い地域の上流階級における0.4%という割合を採用し、継体「天皇」を始祖と仮定した場合、今上天皇は北畠親房の云う「まことの継体(父系直系なので天皇ではない皇族も含みますが、この点に関しては議論もあるようです)」では54世(数え間違えているかもしれませんが)で、53回の父子継承となりますから、始祖と父系でつながっている確率は約81%です。
もっとも、EPPが起きたとしても、たとえばその可能性が高い直仁親王の事例のように、生物学的な父親が皇族であれば(関連記事)、始祖と父系でつながっていることになります。その意味では、仮に皇族においてEPP率が0.4%だとしても、始祖と父系でつながっている確率は80%を大きく超えるかもしれません。まあ、上述のように皇族におけるEPP率を推定するデータが皆無に近い状況ですから、これは今後も変わらない可能性が高く、まったく参考にならないお遊び程度の計算でしかありませんが。
そもそも、皇位の男系継承は、社会的合意(前近代において、その社会の範囲は限定的だったわけですが)が積み重ねられてきた伝統により主張されるだけでよく、仮に「初代天皇」の父系が途中で途切れて大きく異なる父系に置換されていたとしても、その後の天皇の正統性は失われず、仮に今後旧宮家の男系男子が皇族に復帰するとしても、DNA検査を受ける必要はない、と私は考えています。皇位男系継承の根拠としてY染色体を挙げる言説は、皇室の権威を傷つけかねない危険なものなので、皇室維持派なのにこれを本気で主張する人は大間抜けだと思います。
参考文献:
Larmuseau MHD. et al.(2019): A Historical-Genetic Reconstruction of Human Extra-Pair Paternity. Current Biology, 29, 23, 4102–4107.E7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.09.075
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