更科功『残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか』

 NHK出版新書の一冊として、NHK出版から2019年10月に刊行されました。本書は、第1部が「ヒトは進化の頂点ではない」とあるように、進化に関する一般的な誤解を強く意識した構成になっています。進化に完成型が存在するとか、ヒトが最も進化していて高性能であるとかいった観念は、今でも根強くあるかもしれません。進化否定論でよく言われているような(今ではそうでもないかもしれませんが)、進化が正しいならばなぜ動物園のサル(あるいはチンパンジー)はヒトに進化しないのか、などといった「疑問」も、ヒトが最も進化している、という通俗的な誤解に起因するのでしょう。

 本書はそうした認識の誤りを、心臓・肺・腎臓・眼といった具体的な器官を事例に解説していきます。身近な器官を身近な動物のものと比較して、ヒトの器官が最も優れているわけでも進化しているわけでもない、と具体的に解説しているのは、一般向けの新書という形式に相応しいと思います。たとえば、チンパンジーの手はヒトよりも派生的、つまりより進化しています(ヒトの手はより祖先的)。また本書を読めば、ある形質が「優れている」とはいっても、それが環境次第である、と了解されます。この点は進化に関する一般向け解説でとくに重要になると思います。これと関連して、特定の形質がある点では有利であるものの、別の点では不利になることは一般的で、あちらを立てればこちらが立たず、ということが進化において一般的であることも了解されます。進化においてトレードオフ(交換)は大変重要な視点となります。

 本書は、人類の進化において重要だったのは一夫一妻的な社会への移行だと想定しています。これにより、直立二足歩行と犬歯の縮小を説明できる、というわけです。ただ、著者の以前の著書を取り上げた時にも述べましたが(関連記事)、犬歯の縮小を雄間の闘争緩和と結びつける著者の見解には私は否定的で(関連記事)、その見解は今でも変わりません。また本書は、雄が子育てに参加するのは一夫一妻と推測していますが、一夫多妻の多いゴリラも父親が子育てに深く関わります(関連記事)。種系統樹ではゴリラよりもチンパンジーの方がヒトと近縁ですが、繁殖に関しては、むしろチンパンジーよりもゴリラの方がヒトの進化を推測するうえで参考になるかもしれません。


参考文献:
更科功(2019B)『残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか』(NHK出版)

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