中世カトリック教会による西洋工業化社会への心理的影響

 中世カトリック教会による西洋工業化社会への心理的影響に関する研究(Schulz et al., 2019)が公表されました。日本語の解説記事もあります。世界の人々の間には、心理的な信念や行動に大きなばらつきがあります。特に、西洋の工業国における個人主義は独特です。これまでの研究により、最近では「Western, Educated, Industrialized, Rich and Democratic(WEIRD、西洋の、教育された、工業化された、裕福な、民主的な)」と表現されるこうした社会は、個人主義で、分析重視で、他人を信じやすい一方で、同調性や服従性や結束力は弱いことが示されていました。こうした特性を後押ししているのが、たとえば政治制度なのか、それとも他のものなのかは、これまで不明でした。

 本論文は、西洋カトリック教会の結婚や家族に関する計画により、強固に結束した親族のネットワークが断ち切られ、その結果、心理にも影響が出た、と仮定しました。その検証のため、この研究は人類学と心理学と歴史学のデータを組み合わせました。人類学では、人間の最も基本的な制度である親族関係が社会の基盤になっている、と指摘されています。心理学では、人間の動機・感情・認識は成長中に遭遇する社会的規範により形成される、と示されています。本論文は人間の心理を把握するため、調査データや行動データや生態学関連の観測データ(自発的献血の有無など)を含む、非常に幅広いデータも利用しました。歴史学では、カトリック教会が中世においてヨーロッパの親族に基づく制度を体系的に弱体化させた、と示唆されています。この研究は、ローマ教皇庁に残こるいとこ婚の割合を示す記録を分析し、親族関係の強さを評価ました。

 こうした分析の結果、結婚に関する教会の宗教令が広がったことにより、血縁に基づく大きな家族のネットワークが、家族の結びつきが弱い、小さくて独立した核家族に体系的に置き換わった、と示唆されました。本論文は、こうした結果を説明できる別の仮説を排除するために、地理的要素や所得・財産・教育などの変数を調整しました。長年教会に接してきた人々に、強い個人主義や低い同調性や見知らぬ人を信じる行動がよく見られるのは、少なくとも部分的には中世カトリック教会の方針が影響している、と本論文は指摘します。個人的には、こうした変化に遺伝的基盤があるのか、文化規範による選択圧がどの程度作用するのか、といったことに興味があります。また、こうした定量的な歴史研究が他地域でも進展することを期待しています。


参考文献:
Schulz JF. et al.(2019): The Church, intensive kinship, and global psychological variation. Science, 366, 6466, eaau5141.
https://doi.org/10.1126/science.aau5141

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック