老齢期に生じる個体差の要因

 老齢期に生じる個体差の要因に関する研究(Mahmoudi et al., 2019)が公表されました。加齢に伴う慢性炎症(インフラメージング)は老化の中心的な特徴ですが、これが特定の細胞に及ぼす影響についてはほとんど分かっていません。繊維芽細胞は大半の組織に存在し、創傷治癒に寄与します。繊維芽細胞はまた、誘導多能性幹(iPS)細胞への再プログラム化に最も広く使われている細胞タイプで、こうした再プログラム化は再生医療や若返り戦略に関係する過程です。この研究は、老齢マウスの培養線維芽細胞は炎症性サイトカインを分泌しており、個体間でiPS細胞への再プログラム化効率のばらつきが大きい、と示しています。

 個体間のばらつきは老齢の特徴である、と新たに分かってきていますが、その根底にある機構は不明です。この研究は、そのばらつきの駆動要因を特定するため、再プログラム化効率が異なる若齢マウスと老齢マウスの培養線維芽細胞について、マルチオミクスプロファイリングを行ないました。この手法から、老齢マウスの培養線維芽細胞には炎症性サイトカインを分泌する「活性化繊維芽細胞」が含まれていて、培養細胞中の活性化繊維芽細胞の割合がその培養の再プログラム化効率と相関する、と明らかになりました。

 細胞培養間で培養上清を交換する実験から、活性化繊維芽細胞が分泌する外因性因子は、個体間で再プログラム化効率がばらつく原因の一部である、と示され、TNFなどの炎症性サイトカインが重要な要因である、と明らかになりました。さらに、老齢マウスはin vivo(遺伝子を編集する酵素をコードするDNAを直接人体に注入する方法)での創傷治癒速度にばらつきを示すことも分かりました。単一細胞RNA塩基配列解読解析から、治癒速度の速い老齢マウスと遅い老齢マウスの創傷には、サイトカインの発現やシグナル伝達に違いを持つ異なる繊維芽細胞亜集団があることも明らかになりました。

 したがって、繊維芽細胞構成の変化と、繊維芽細胞が分泌する炎症性サイトカインの比率が、個体間におけるin vitro での再プログラム化にばらつきを引き起こし、in vivoでの創傷治癒速度に影響を及ぼす可能性があります。この研究は、こうしたばらつきは個体間で異なる確率論的な老化の軌跡を反映している、と推測し、高齢者におけるiPS細胞の作製や創傷治癒を改善するための個別化戦略の開発に役立つだろう、と指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


幹細胞:老化した繊維芽細胞の不均一性は再プログラム化や創傷治癒のばらつきと関連する

幹細胞:老齢期に生じる個体差の駆動要因

 個体間のばらつきは、新たに分かってきた老化の特徴であるが、何がこのばらつきを引き起こすのかは分かっていない。S MahmoudiとE Manciniたちは今回、老齢マウス由来の培養繊維芽細胞では、誘導多能性幹(iPS)細胞への再プログラム化効率において個体間のばらつきが大きいことを示している。再プログラム化効率の異なる繊維芽細胞のプロファイリングから、老齢マウスの繊維芽細胞培養にはいわゆる「活性化繊維芽細胞」が含まれており、これらの細胞が炎症性サイトカインを分泌し、培養細胞の再プログラム化効率を決定することが分かった。これは間違いなく再生医療や若返り戦略に関係してくる。さらに、異なるサイトカインプロファイルを持つ繊維芽細胞の別個の亜集団があるために、in vivoでの治癒が遅い個体や速い個体という個体間のばらつきが生じることも分かった。このようなばらつきは、個体間の確率論的な老化軌跡の違いを反映している可能性があり、高齢者におけるiPS細胞の作製や創傷治癒を改善するための個別化戦略の開発に役立つかもしれない。



参考文献:
Mahmoudi S. et al.(2019): Heterogeneity in old fibroblasts is linked to variability in reprogramming and wound healing. Nature, 574, 7779, 553–558.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1658-5

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