中国のフェイ人(回族)の遺伝的起源
中国のフェイ人(Hui)の遺伝的起源に関する研究(Wang et al., 2019B)が公表されました。フェイ人(回族)おもにイスラム教徒により構成され、中国全土に分布しており、中国において公認された56の民族集団の一つです。フェイ人の起源と多様化については、大規模な人類集団の移動を伴うものなのか、それとも単純な文化伝播だったのか、長く議論が続いています。文献によると、中国にイスラム教が流入してきたのは唐代で、それ以降、多くの兵士・商人・政治的使者が、アジア中央部やアラビア半島やペルシアからおもにシルクロード経由で中国へと移住してきました。現在の中国のイスラム教徒はこうした移民の子孫と考えられています。現在、フェイ人の大半は漢人の言語(中国語)を話しますが、その文化はイスラム教の信仰と実践のため漢人とは明確に異なります。たとえば、フェイ人はイスラム教の戒律にしたがって豚肉を食べず、白い帽子もしくはスカーフを着用します。
遺伝的証拠からは、フェイ人の起源がおそらくは在来のアジア東部集団の大規模な融合を含む、と示唆されます。父系となるY染色体の縦列型反復配列(STR)分析は、中国北東部の遼寧省(Liaoning)と中国北西部の寧夏(Ningxia)回族自治区のフェイ人との、シナ・チベット語族話者アジア東部集団との類似性を示唆します。中国北西部の甘粛省(Gansu)のフェイ人の常染色体STRに関する研究もまた、中東もしくはヨーロッパからフェイ人への実質的な遺伝子流動の証拠を示しません。中国北西部の新疆(Xinjiang)ウイグル自治区のフェイ人では、ユーラシア西部人起源の母系ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)の割合はわずか6.7%です。中国北部だけではなく、中国南部に関する以前の研究もまた、フェイ人とアジア東部在来集団との類似性を示しており、たとえば海南省(Hainan)の回輝語(Utsat)フェイ人はチャンパ王国の住民の子孫と考えられていますが、遺伝的にはチャム人(Cham)や他のアジア南東部集団よりもずっと、海南省在来のリー(Hlai)集団の方と近縁です。身体測定の証拠もまた、フェイ人と多くのアジア東部集団との近縁性を示唆しており、たとえば、甘粛省(Gansu)と寧夏回族自治区のフェイ人は、アジア東部集団共通の身体的特徴を有しています。
本論文は、限られた遺伝的マーカーと不充分な標本抽出だった以前の遺伝的研究では、フェイ人イスラム教徒におけるユーラシア東西の混合に明確な答えを提示できなかった、と指摘します。そのため本論文は、中国全体の23のフェイ人集団から近い親族関係にない621人の男性に関して、100ヶ所以上のY染色体の一塩基多型と、17ヶ所のY染色体STRを分析しました。その結果は、フェイ人全体の父系ではアジア東部集団特有の系統が大半を占めるものの、ユーラシア西部のさまざまな地域と関連した多様な系統との混合の痕跡も見られる、と明らかになりました。
フェイ人の男性621人のY染色体ハプログループ(YHg)は、C・D1・N・O・E・F・G・H1a・I・J・L・Q・R1・Tと多様です。フェイ人23集団では、それぞれYHgの割合は大きく異なっています。YHg-O・C・D1・Nは南方起源と推定され、アジア東部における南方から北方への経路を示します。これら4YHgはアジア東部および南東部集団では92.87%を占めているので特有の系統と考えられており、ユーラシア西部ではヨーロッパ北部の高頻度のYHg-Nを除いてほとんど存在しません。これら4YHgは本論文の調査対象のフェイ人集団でも一般的で、フェイ人全体では69.73%を占めます(フェイ人の各集団単位の割合を平均すると74.25%です)。フェイ人のユーラシア東部YHgの割合は、泰安市(Tai'an)では50%で、桂林市(Guilin)と温州市(Wenzhou)と玉環市(Yuhuan)では100%となります。漢人との遺伝的類似性を示すYHg-C・O1a1・O2a1b(旧O3a1c)・O2a2b1(旧O3a2c1)・O2a2b1a1(旧O3a2c1a)のフェイ人集団における頻度は、それぞれ8.21%・5.64%・12.2%・11.3%・9.66%となります。YHg-O1b2(旧O2b)はほぼ日本と韓国でしか見られず、フェイ人全体では3.54%となります。YHg-O1b2は中国東岸の江蘇省(Jiangsu)高郵市(Gaoyou)のフェイ人集団で37.5%の割合を示します。この高郵市フェイ人集団におけるYHg-O1b2の割合は同じ地域の漢人よりも高く、漢人全体では0.3%にすぎません。YHg-O1b2は、以前はユーラシア東部で広範に見られたものの、漢人ではおおむね駆逐されてしまい、日本と韓国でしか高頻度で見られない、ということでしょうか。
ユーラシア西部集団特有のYHg-J・R1は、フェイ人ではそれぞれ7.88%と13.36%となります。YHg-Jはおそらく中東に起源があり、アフリカ北部・ヨーロッパ・アジア中央部および南部に拡散していきました。YHg-J1はおもにアフリカ北部とレヴァントに分布しており、フェイ人全体では1.77%となります。YHg-J2の起源はおそらく肥沃な三日月地帯にあり、新石器時代農耕民の拡大に続いて地中海へと拡散し、フェイ人全体では5.79%を占めます。YHg-R1・R2aはユーラシア西部とアジア南部および中央部に広く分布し、フェイ人全体では12.39%を占めます。YHg-R2aはおもにアジア南部および中央部に存在し、フェイ人全体では0.97%を占め、本論文の調査対象では山東省(Shandong)済南市(Jinan)のフェイ人集団でのみ確認されました。
ユーラシア西部では比較的高頻度で見られるものの、アジア東部では稀なYHg-E・F・G・H1a・I・L1a1・L1a2・Tもフェイ人では確認されます。YHg-Qはフェイ人全体では3.54%を占め、漢人の割合(3.3%)とほぼ同じです。フェイ人全体ではユーラシア西部系YHgは約30%を占めます。上述のように、ユーラシア西部関連YHgはフェイ人の各集団により割合が大きく異なります。桂林市・温州市・玉環市・永順県(Yongshun)のフェイ人集団ではユーラシア西部関連YHgが見つかりませんでしたが、寧夏回族自治区・大理市(Dali)・松潘県(Songpan)・平頂山市(Pingdingshan)・洛陽市(Luoyang)のフェイ人集団では約40%を占めます。ユーラシア西部では比較的高頻度のYHg-E・F・G・H1a・I・J・L・Q・R1.Tは、フェイ人では各集団により割合が大きく異なります。たとえば、YHg-Eは中国南西部の雲南省(Yunnan)では高頻度ですが、YHg-Tは天津市(Tianjin)でのみ確認されています。フェイ人におけるこれら多様なユーラシア西部系統の散在的分布は、フェイ人の各集団の起源が中東・ヨーロッパ・アジア南部および中央部と多様だったことを示唆します。
本論文は、中国のフェイ人の父系の歴史に関する包括的調査結果を提示しました。本論文は、フェイ人がユーラシア西部集団から父系で遺伝的影響を受けた、と示します。フェイ人の父系におけるユーラシア西部系の割合は約30%となります。一方、現代のフェイ人の遺伝的構造は、フェイ人の父系で大半(約70%)を占める在来のアジア東部人口(集団)によりおもに形成された、と示します。アジア東部および南東部特有で、漢人では高頻度のYHg-Oはフェイ人の54.9%を占め、在来アジア東部人口(集団)の大規模同化(融合)を含むフェイ人の起源を示唆します。
YHgに基づくフェイ人集団の全体的な位置づけは、アジア南部および中央部集団とともに、ユーラシア西部集団とアジア東部集団の中間に位置づけられ、フェイ人集団がアジア東部人およびユーラシア西部人と類似性を有する、というYHg分類に基づく観察と一致します。しかし、フェイ人では父系と母系で不一致が見られる集団も存在します。新疆ウイグル自治区のフェイ人では、ユーラシア西部関連YHgは35.29%を占めますが、ユーラシア西部関連mtHgは6.7%にすぎません。また、Y染色体と比較して、常染色体STRではユーラシア西部集団からの遺伝子流動の痕跡の高い割合も見つかりませんでした。したがって、フェイ人の混合は、おそらく男性に偏っていた、と推測されます。
こうした移住のさいの性差は他地域でも見られます(関連記事)。こうした性差パターンは中国南部漢人やチベット・ビルマ語派集団でも観察されますが、フェイ人ほど極端ではありません。本論文はこれに関して、二つの理由を提示しています。まず、アジア中央部・アラビア半島・ペルシアから中国へ移住してきて最初にフェイ人を形成したのは、兵士・商人・政治的使者で、おもに男性だったからです。第二は、フェイ人の配偶制度です。フェイ人はおもに自集団内で結婚する内婚制を実施しており、通常は漢人女性がフェイ人男性と結婚するさいにイスラム教に改宗するような、性的に偏った配偶パターンを示します。ただ、新疆ウイグル自治区のフェイ人集団で見られる性的に偏った配偶パターンは、比較のmtDNAデータがないため、フェイ人全体に当てはまるのか、不明だと本論文は注意を喚起しています。本論文の成果はたいへん興味深いものですが、フェイ人の形成史をよりよく理解するには、やはり古代DNA研究が必要となり、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Wang CC. et al.(2019B): The massive assimilation of indigenous East Asian populations in the origin of Muslim Hui people inferred from paternal Y chromosome. American Journal of Physical Anthropology, 169, 2, 341–347.
https://doi.org/10.1002/ajpa.23823
遺伝的証拠からは、フェイ人の起源がおそらくは在来のアジア東部集団の大規模な融合を含む、と示唆されます。父系となるY染色体の縦列型反復配列(STR)分析は、中国北東部の遼寧省(Liaoning)と中国北西部の寧夏(Ningxia)回族自治区のフェイ人との、シナ・チベット語族話者アジア東部集団との類似性を示唆します。中国北西部の甘粛省(Gansu)のフェイ人の常染色体STRに関する研究もまた、中東もしくはヨーロッパからフェイ人への実質的な遺伝子流動の証拠を示しません。中国北西部の新疆(Xinjiang)ウイグル自治区のフェイ人では、ユーラシア西部人起源の母系ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)の割合はわずか6.7%です。中国北部だけではなく、中国南部に関する以前の研究もまた、フェイ人とアジア東部在来集団との類似性を示しており、たとえば海南省(Hainan)の回輝語(Utsat)フェイ人はチャンパ王国の住民の子孫と考えられていますが、遺伝的にはチャム人(Cham)や他のアジア南東部集団よりもずっと、海南省在来のリー(Hlai)集団の方と近縁です。身体測定の証拠もまた、フェイ人と多くのアジア東部集団との近縁性を示唆しており、たとえば、甘粛省(Gansu)と寧夏回族自治区のフェイ人は、アジア東部集団共通の身体的特徴を有しています。
本論文は、限られた遺伝的マーカーと不充分な標本抽出だった以前の遺伝的研究では、フェイ人イスラム教徒におけるユーラシア東西の混合に明確な答えを提示できなかった、と指摘します。そのため本論文は、中国全体の23のフェイ人集団から近い親族関係にない621人の男性に関して、100ヶ所以上のY染色体の一塩基多型と、17ヶ所のY染色体STRを分析しました。その結果は、フェイ人全体の父系ではアジア東部集団特有の系統が大半を占めるものの、ユーラシア西部のさまざまな地域と関連した多様な系統との混合の痕跡も見られる、と明らかになりました。
フェイ人の男性621人のY染色体ハプログループ(YHg)は、C・D1・N・O・E・F・G・H1a・I・J・L・Q・R1・Tと多様です。フェイ人23集団では、それぞれYHgの割合は大きく異なっています。YHg-O・C・D1・Nは南方起源と推定され、アジア東部における南方から北方への経路を示します。これら4YHgはアジア東部および南東部集団では92.87%を占めているので特有の系統と考えられており、ユーラシア西部ではヨーロッパ北部の高頻度のYHg-Nを除いてほとんど存在しません。これら4YHgは本論文の調査対象のフェイ人集団でも一般的で、フェイ人全体では69.73%を占めます(フェイ人の各集団単位の割合を平均すると74.25%です)。フェイ人のユーラシア東部YHgの割合は、泰安市(Tai'an)では50%で、桂林市(Guilin)と温州市(Wenzhou)と玉環市(Yuhuan)では100%となります。漢人との遺伝的類似性を示すYHg-C・O1a1・O2a1b(旧O3a1c)・O2a2b1(旧O3a2c1)・O2a2b1a1(旧O3a2c1a)のフェイ人集団における頻度は、それぞれ8.21%・5.64%・12.2%・11.3%・9.66%となります。YHg-O1b2(旧O2b)はほぼ日本と韓国でしか見られず、フェイ人全体では3.54%となります。YHg-O1b2は中国東岸の江蘇省(Jiangsu)高郵市(Gaoyou)のフェイ人集団で37.5%の割合を示します。この高郵市フェイ人集団におけるYHg-O1b2の割合は同じ地域の漢人よりも高く、漢人全体では0.3%にすぎません。YHg-O1b2は、以前はユーラシア東部で広範に見られたものの、漢人ではおおむね駆逐されてしまい、日本と韓国でしか高頻度で見られない、ということでしょうか。
ユーラシア西部集団特有のYHg-J・R1は、フェイ人ではそれぞれ7.88%と13.36%となります。YHg-Jはおそらく中東に起源があり、アフリカ北部・ヨーロッパ・アジア中央部および南部に拡散していきました。YHg-J1はおもにアフリカ北部とレヴァントに分布しており、フェイ人全体では1.77%となります。YHg-J2の起源はおそらく肥沃な三日月地帯にあり、新石器時代農耕民の拡大に続いて地中海へと拡散し、フェイ人全体では5.79%を占めます。YHg-R1・R2aはユーラシア西部とアジア南部および中央部に広く分布し、フェイ人全体では12.39%を占めます。YHg-R2aはおもにアジア南部および中央部に存在し、フェイ人全体では0.97%を占め、本論文の調査対象では山東省(Shandong)済南市(Jinan)のフェイ人集団でのみ確認されました。
ユーラシア西部では比較的高頻度で見られるものの、アジア東部では稀なYHg-E・F・G・H1a・I・L1a1・L1a2・Tもフェイ人では確認されます。YHg-Qはフェイ人全体では3.54%を占め、漢人の割合(3.3%)とほぼ同じです。フェイ人全体ではユーラシア西部系YHgは約30%を占めます。上述のように、ユーラシア西部関連YHgはフェイ人の各集団により割合が大きく異なります。桂林市・温州市・玉環市・永順県(Yongshun)のフェイ人集団ではユーラシア西部関連YHgが見つかりませんでしたが、寧夏回族自治区・大理市(Dali)・松潘県(Songpan)・平頂山市(Pingdingshan)・洛陽市(Luoyang)のフェイ人集団では約40%を占めます。ユーラシア西部では比較的高頻度のYHg-E・F・G・H1a・I・J・L・Q・R1.Tは、フェイ人では各集団により割合が大きく異なります。たとえば、YHg-Eは中国南西部の雲南省(Yunnan)では高頻度ですが、YHg-Tは天津市(Tianjin)でのみ確認されています。フェイ人におけるこれら多様なユーラシア西部系統の散在的分布は、フェイ人の各集団の起源が中東・ヨーロッパ・アジア南部および中央部と多様だったことを示唆します。
本論文は、中国のフェイ人の父系の歴史に関する包括的調査結果を提示しました。本論文は、フェイ人がユーラシア西部集団から父系で遺伝的影響を受けた、と示します。フェイ人の父系におけるユーラシア西部系の割合は約30%となります。一方、現代のフェイ人の遺伝的構造は、フェイ人の父系で大半(約70%)を占める在来のアジア東部人口(集団)によりおもに形成された、と示します。アジア東部および南東部特有で、漢人では高頻度のYHg-Oはフェイ人の54.9%を占め、在来アジア東部人口(集団)の大規模同化(融合)を含むフェイ人の起源を示唆します。
YHgに基づくフェイ人集団の全体的な位置づけは、アジア南部および中央部集団とともに、ユーラシア西部集団とアジア東部集団の中間に位置づけられ、フェイ人集団がアジア東部人およびユーラシア西部人と類似性を有する、というYHg分類に基づく観察と一致します。しかし、フェイ人では父系と母系で不一致が見られる集団も存在します。新疆ウイグル自治区のフェイ人では、ユーラシア西部関連YHgは35.29%を占めますが、ユーラシア西部関連mtHgは6.7%にすぎません。また、Y染色体と比較して、常染色体STRではユーラシア西部集団からの遺伝子流動の痕跡の高い割合も見つかりませんでした。したがって、フェイ人の混合は、おそらく男性に偏っていた、と推測されます。
こうした移住のさいの性差は他地域でも見られます(関連記事)。こうした性差パターンは中国南部漢人やチベット・ビルマ語派集団でも観察されますが、フェイ人ほど極端ではありません。本論文はこれに関して、二つの理由を提示しています。まず、アジア中央部・アラビア半島・ペルシアから中国へ移住してきて最初にフェイ人を形成したのは、兵士・商人・政治的使者で、おもに男性だったからです。第二は、フェイ人の配偶制度です。フェイ人はおもに自集団内で結婚する内婚制を実施しており、通常は漢人女性がフェイ人男性と結婚するさいにイスラム教に改宗するような、性的に偏った配偶パターンを示します。ただ、新疆ウイグル自治区のフェイ人集団で見られる性的に偏った配偶パターンは、比較のmtDNAデータがないため、フェイ人全体に当てはまるのか、不明だと本論文は注意を喚起しています。本論文の成果はたいへん興味深いものですが、フェイ人の形成史をよりよく理解するには、やはり古代DNA研究が必要となり、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
Wang CC. et al.(2019B): The massive assimilation of indigenous East Asian populations in the origin of Muslim Hui people inferred from paternal Y chromosome. American Journal of Physical Anthropology, 169, 2, 341–347.
https://doi.org/10.1002/ajpa.23823
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