ドマニシの前期更新世のサイの歯のタンパク質解析

 コーカサス南部に位置するジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡で発見された前期更新世のサイの歯のタンパク質解析に関する研究(Cappellini et al., 2019)が公表されました。古代DNAの塩基配列解読により、絶滅分類群の種分化・移動・混合事象の再構築が可能になりました。しかし、古代DNAの不可逆的な死後分解のために、永久凍土地域を除いて、その回収は年代が50万年前頃までの標本に限られてきました。一方、タンデム質量分析法では、150万年前頃のI型コラーゲンのアミノ酸配列解読が可能になっており、白亜紀の化石にタンパク質の痕跡の存在が示唆されているが、系統発生学的な使用は限られています。分子的な証拠がないために、前期更新世および中期更新世の複数の絶滅種の種分化に関しては議論が続いています。

 この研究は、ドマニシ遺跡から出土した177万年前頃となるサイ科のステファノリヌス属(Stephanorhinus)の一種の歯に由来するエナメル質のプロテオーム(タンパク質の総体)を用いて、更新世ユーラシアのサイ類の系統発生学的な関係を検証しました。分子系統解析の結果、このステファノリヌスは、ケサイ(Coelodonta antiquitatis)およびメルクサイ(Stephanorhinus kirchbergensis)によって形成されるクレード(単系統群)の姉妹群として位置づけられました。この研究は、ケサイ属が初期のステファノリヌス属系統から進化し、ステファノリヌス属には少なくとも2つの異なる進化系統が含まれていたことを明らかにしました。そのため本論文は、ステファノリヌス属は現時点では側系統となり、体系的な再考が必要になる、と指摘しています。

 この研究は、前期更新世の歯のエナメル質のプロテオーム解析が、古代のコラーゲンやDNAに基づく系統発生学的な推論の限界を克服できることを実証しています。またこの研究の手法からは、ドマニシで出土した他の標本について性別や分類学的な帰属に関するさらなる情報が得られました。これらの知見は、古代の歯のエナメル質(脊椎動物の最も硬い組織で、化石記録に非常に豊富に存在します)のプロテオーム研究が、古代DNAの保存に関して現在知られている限界を超えて、分子進化の再構築を前期更新世までさらにさかのぼらせ得る、と明らかにしています。ドマニシ遺跡では185万~176万年前頃の層で人類の痕跡が確認されており、人類遺骸も発見されています(関連記事)。今後、ドマニシ人も含めて、古代DNA研究の不可能な100万年以上の人類の系統関係が明らかになっていくのではないか、と大いに期待されます。


参考文献:
Cappellini E. et al.(2019): Early Pleistocene enamel proteome from Dmanisi resolves Stephanorhinus phylogeny. Nature, 574, 7776, 103–107.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1555-y

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