イラン高原西部のネアンデルタール人の歯
イラン高原西部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の歯に関する研究(Zanolli et al., 2019)が公表されました。イランとイラクにまたがるザグロス山脈では、1940年代後半の発掘以来、中部旧石器時代~上部旧石器旧石器時代の遺跡が発見されてきました。これらはおおむね、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3~2の間と推測されてきました。イラクのクルディスタン地域のシャニダール洞窟(Shanidar Cave)では、ネアンデルタール人遺骸が発見されています。イランでは、イラン高原西部となるザグロス山脈中央西部のケルマーンシャー(Kermanshah)州の旧石器時代遺跡で人類遺骸が発見されています。ケルマーンシャー州の東北端に位置するベヒストゥン洞窟(Bisitun Cave)では人類の右側橈骨が発見されており、ネアンデルタール人や中部旧石器時代の早期現生人類との比較ではネアンデルタール人に分類でき、アジア南西部の中部旧石器時代の早期現生人類(Homo sapiens)とは異なります。
本論文は、9000年前頃の人類遺骸が発見されている(関連記事)、海抜1430mに位置するケルマーンシャー州のウェズメー洞窟(Wezmeh Cave)で発見された、年代の不確実な人類の歯について報告しています。このウェズメー1(Wezmeh 1)標本は、6~10歳の個体の上顎小臼歯の未萌出歯です。昨年(2018年)、ケルマーンシャー州でネアンデルタール人の子供の乳歯が発見された、と報道されており(関連記事)、それがウェズメー1のことなのかとも思ったのですが、その子供の歯の発見場所はヤワン(Yawan)の丘で、ウェズメー1は未萌出歯ですから、違うようです。ウェズメー1は、ウラン系列法では70000~11000年前頃、歯を直接測定したガンマ分光法では25000~20000年以上前とされており、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3~2と推測されています。
ウェズメー洞窟では、完新世の考古学的資料とともに、後期更新世~完新世にかけての動物遺骸が多数発見されました。肉食獣ではブチハイエナ(Crocuta crocuta)やタイリクオオカミ(Canis lupus)やヒョウ(Panthera pardus)など、雑食・草食動物ではイノシシ(Sus scrofa)やアカシカ(Cervus elaphus)やオーロックス(Bos primigenius)などです。その他に、ウサギや昆虫のような中型~小型動物も発見されています。これらの動物遺骸は、年代推定に利用できます。
本論文は、ウェズメー1を、ヨーロッパのネアンデルタール人や近東の中部旧石器時代の現生人類や上部旧石器時代のヒトや完新世のヒトと比較しました。中部旧石器時代の現生人類には、イスラエルのカフゼー(Qafzeh)遺跡で発見された人類遺骸が用いられました。以前の研究では、ウェズメー1の表面形態のみが報告されていましたが、本論文は、X線断層写真術を用いて表面形態だけではなく内部構造も調査し、歯冠組織の比率を定量化しました。また本論文は、ウェズメー1のエナメル質の厚さの分布や、EDJ(象牙質とエナメル質の接合部)に基づく形態測定分析も行ないました。
分析の結果、内部構造、とくにEDJに基づき、ウェズメー1はネアンデルタール人と分類されました。中部旧石器時代の現生人類は、完新世の現生人類とネアンデルタール人の中間に位置づけられます。ウェズメー1は、シャニダール洞窟遺跡の人類遺骸とともに、後期更新世のザグロス山脈におけるネアンデルタール人の存在を確証します。ウェズメー1の年代に関しては、上述のようにOIS 3~2と推定されていますが、本論文は、共伴した動物遺骸から早期OIS 3である可能性が高いと指摘します。これは中部旧石器時代に相当します。
ウェズメー洞窟を中心に周囲30km以内に13ヶ所の中部旧石器時代遺跡があり、その石器群はザグロスムステリアン(Zagros Mousterian)に類似していますが、その製作者については不明です。しかし、ウェズメー1は、中部旧石器時代のケルマーンシャー州におけるネアンデルタール人の存在を確証したわけで、少なくとも一部の担い手がネアンデルタール人であることは間違いないでしょう。ただ、現代人の主要な祖先集団ではなかったとしても、8万年以上前となるユーラシア東部への現生人類の早期拡散があったかもしれない、と指摘されているので(関連記事)、現生人類が6万年以上前にザグロス山脈に拡散していた可能性も想定しておくべきだろう、とは思います。
参考文献:
Zanolli C. et al.(2019): A Neanderthal from the Central Western Zagros, Iran. Structural reassessment of the Wezmeh 1 maxillary premolar. Journal of Human Evolution, 135, 102643.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.102643
本論文は、9000年前頃の人類遺骸が発見されている(関連記事)、海抜1430mに位置するケルマーンシャー州のウェズメー洞窟(Wezmeh Cave)で発見された、年代の不確実な人類の歯について報告しています。このウェズメー1(Wezmeh 1)標本は、6~10歳の個体の上顎小臼歯の未萌出歯です。昨年(2018年)、ケルマーンシャー州でネアンデルタール人の子供の乳歯が発見された、と報道されており(関連記事)、それがウェズメー1のことなのかとも思ったのですが、その子供の歯の発見場所はヤワン(Yawan)の丘で、ウェズメー1は未萌出歯ですから、違うようです。ウェズメー1は、ウラン系列法では70000~11000年前頃、歯を直接測定したガンマ分光法では25000~20000年以上前とされており、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3~2と推測されています。
ウェズメー洞窟では、完新世の考古学的資料とともに、後期更新世~完新世にかけての動物遺骸が多数発見されました。肉食獣ではブチハイエナ(Crocuta crocuta)やタイリクオオカミ(Canis lupus)やヒョウ(Panthera pardus)など、雑食・草食動物ではイノシシ(Sus scrofa)やアカシカ(Cervus elaphus)やオーロックス(Bos primigenius)などです。その他に、ウサギや昆虫のような中型~小型動物も発見されています。これらの動物遺骸は、年代推定に利用できます。
本論文は、ウェズメー1を、ヨーロッパのネアンデルタール人や近東の中部旧石器時代の現生人類や上部旧石器時代のヒトや完新世のヒトと比較しました。中部旧石器時代の現生人類には、イスラエルのカフゼー(Qafzeh)遺跡で発見された人類遺骸が用いられました。以前の研究では、ウェズメー1の表面形態のみが報告されていましたが、本論文は、X線断層写真術を用いて表面形態だけではなく内部構造も調査し、歯冠組織の比率を定量化しました。また本論文は、ウェズメー1のエナメル質の厚さの分布や、EDJ(象牙質とエナメル質の接合部)に基づく形態測定分析も行ないました。
分析の結果、内部構造、とくにEDJに基づき、ウェズメー1はネアンデルタール人と分類されました。中部旧石器時代の現生人類は、完新世の現生人類とネアンデルタール人の中間に位置づけられます。ウェズメー1は、シャニダール洞窟遺跡の人類遺骸とともに、後期更新世のザグロス山脈におけるネアンデルタール人の存在を確証します。ウェズメー1の年代に関しては、上述のようにOIS 3~2と推定されていますが、本論文は、共伴した動物遺骸から早期OIS 3である可能性が高いと指摘します。これは中部旧石器時代に相当します。
ウェズメー洞窟を中心に周囲30km以内に13ヶ所の中部旧石器時代遺跡があり、その石器群はザグロスムステリアン(Zagros Mousterian)に類似していますが、その製作者については不明です。しかし、ウェズメー1は、中部旧石器時代のケルマーンシャー州におけるネアンデルタール人の存在を確証したわけで、少なくとも一部の担い手がネアンデルタール人であることは間違いないでしょう。ただ、現代人の主要な祖先集団ではなかったとしても、8万年以上前となるユーラシア東部への現生人類の早期拡散があったかもしれない、と指摘されているので(関連記事)、現生人類が6万年以上前にザグロス山脈に拡散していた可能性も想定しておくべきだろう、とは思います。
参考文献:
Zanolli C. et al.(2019): A Neanderthal from the Central Western Zagros, Iran. Structural reassessment of the Wezmeh 1 maxillary premolar. Journal of Human Evolution, 135, 102643.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.102643
この記事へのコメント