アメリカ合衆国における先住民の遺伝的影響

 アメリカ合衆国におけるアメリカ大陸先住民の遺伝的影響に関する研究(Jordan et al., 2019)が報道されました。アメリカ大陸には、ユーラシア西部系に近縁な人類集団と、アジア東部系に近縁な人類集団との混合により形成された人類集団(関連記事)が、ベーリンジア(ベーリング陸橋)経由で最初に拡散してきました。その年代は遅くとも16000年前頃(関連記事)までさかのぼります。その後、15世紀末以降に、まずヨーロッパ系集団が侵略してきて征服地(植民地)を拡大していき、アメリカ大陸先住民集団がヨーロッパ系集団の持ち込んだ疫病などで激減した後、アフリカから多数の人々が奴隷として強制連行されてきました。もちろん、その他にもアジアなどから多数の移民がアメリカ大陸に到来しました。現在、アメリカ大陸の住民はおもにヨーロッパ人の子孫とアフリカ人の子孫で構成されています。しかし、アメリカ大陸先住民集団はヨーロッパ系およびアフリカ系とも混合していきました。

 本論文は、15620人を対象として、アメリカ合衆国における主要な遺伝的系統をヨーロッパ西部系とアフリカ系とスペイン系と把握し、それぞれにアメリカ大陸先住民集団がどのように遺伝的影響を残しているのか、検証しました。これら3系統は、それぞれ独自の遺伝的構成を示します。ヨーロッパ西部系もスペイン系もともにヨーロッパ系の比率が高くなっていますが、スペイン系ではアメリカ大陸先住民系の比率がヨーロッパ西部系よりもずっと高くなっています。一方、ヨーロッパ系では先住民系も含めて非ヨーロッパ系は0.2%程度とひじょうに低くなっています。スペイン系は、メキシコ人と遺伝的に密接に関連しています。アフリカ系の遺伝的構成は、その大半(85%)がアフリカ系ですが、14%がヨーロッパ系、1%が先住民系です。本論文は、アメリカ合衆国本土への到着が比較的遅いことから、アジア系については考慮していません。これらアメリカ合衆国の主要な3遺伝系統集団は、明確な地理的分布を示しており、これは人口統計とほぼ一致します。アフリカ系は南西部、ヨーロッパ系は中央北部と西部、スペイン系は西部山脈地帯で比較的高い比率を示します。

 これら3系統の遺伝的混合では、性的偏りが見られます。最も偏っているのはスペイン系で、ヨーロッパ系の男性と先住民系女性との組み合わせが多くなっています。これは、ヨーロッパからアメリカ大陸への早期の移住者が、植民者・侵略者として男性主体だった歴史を反映しています。アフリカ系でも、アフリカ系の女性とヨーロッパ系の男性という組み合わせが多くなっています。一方ヨーロッパ系では、こうした顕著な性差は見られません。こうした性差は、男性優位なアメリカ合衆国の社会において、ヨーロッパ系集団がアフリカ系集団や先住民系集団よりも社会的に高い地位にあったことを反映しているのでしょう。

 スペイン系では、遺伝的に異なる2集団の存在が確認されます。一方は現在のアメリカ合衆国に早期(1598~1848年)に移住してきた「新メキシコ人(Nuevomexicano)」集団で、もう一方はもっと後にメキシコからアメリカ合衆国に移住してきた集団です。この新メキシコ人集団は何世紀にもわたって明確な文化的特徴を維持しており、他のスペイン系よりもヨーロッパ系統の比率が顕著に多く、逆に先住民系の比率がずっと低くなっています。一方、メキシコ人は先住民の遺産を明確に認識し、メスティーソと呼ばれています。こうした新メキシコ人の祖先はキリスト教に改宗したスペインのユダヤ人(コンベルソ)で、宗教的迫害を避けるために早期にアメリカ大陸へと移住した、と推測されています。新メキシコ人は、スペイン人や他のヨーロッパ人集団と比較して、ユダヤ人とより多くのハプロタイプを共有しています。ただ、アメリカ大陸の他のスペイン人の子孫集団と比較すると、ユダヤ人とのハプロタイプ共有率はさほど変わりません。

 アフリカ系は全体的に先住民系の比率が低く、地域間の差も大きくありません。さらに、アフリカ系に見られる先住民系要素は、ヨーロッパ西部の南東部系の子孫の場合と同様に一つのクレード(単系統群)を形成します。これは、アフリカ系の子孫が南北戦争前にアメリカ合衆国南部の先住民と混合した可能性を示唆します。南北戦争後、20世紀初頭から半ばにかけての大移住の時代に、アフリカ系はアメリカ合衆国全域に拡散しました。ヨーロッパ西部系において先住民系統の比率が最も低いのは、ヨーロッパからアメリカ合衆国への大規模移民と、雑婚の社会的および法的禁止と一致します。また、アフリカ系とは異なり、ヨーロッパ西部系では、先住民系の比率の地域差が大きくなっています。これは、ヨーロッパ西部系の子孫集団が現在のアメリカ合衆国領域を西進したさいに、低頻度ではあるものの継続的に先住民集団と交雑したことを反映しています。全体的に、アメリカ合衆国における各系統の遺伝的構成はすでに知られていた歴史を反映しており、今後は世界各地で同様の研究がさらに進展していくだろう、と期待されます。


参考文献:
Jordan IK, Rishishwar L, Conley AB (2019) Native American admixture recapitulates population-specific migration and settlement of the continental United States. PLoS Genet 15(9): e1008225.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008225

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