現生人類の起源に関するモデル
現生人類(Homo sapiens)の起源に関するモデルについての研究(Scerri et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。1980年代以降、現生人類の起源をめぐっては、大別すると多地域進化説とアフリカ単一起源説との間で議論が続いてきました。もちろん、それぞれの仮説も細分化されますし、とくに多地域進化説は当初より大きく変わりました(関連記事)。古典的な多地域進化説は、現代人の祖先を過去200万~100万年に世界の大半(たとえば、アメリカ大陸は含まれません)に拡散した系統とみなし、各地域における人類集団の継続性を強調しました。本論文で「単純な出アフリカモデル」と呼ばれるアフリカ単一起源説は、過去10万年におけるアフリカの単一地域からのアフリカからの拡大を提案しました。どちらも現生人類の起源の理解に貢献しましたが、考古学・形態学・遺伝学・古生態学のデータがさらに豊富になった現在も有効だろうか、と本論文は問題提起します。本論文が代わりに提起するのは、構造化されたメタ個体群モデルです。メタ個体群とは、たとえば対立遺伝子の交換といった、あるレベルで相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群のグループです(『カラー図解 進化の教科書 第1巻』P80)。
本論文はまず、古典的な多地域進化説は遺伝学的研究により繰り返し論破されてきたものの、はさまざまな装いで戻ってくるので、遺伝学的研究は多地域進化説の否定を繰り返す必要がある、と指摘します。これは重要だと思います。多地域進化説派の研究者による2015年に刊行された一般向けの本でも、多地域進化説は近年の遺伝学的研究とも矛盾しない、と主張されているからです(関連記事)。遺伝的データは、過去200万~100万年前頃に地域的に進化したホモ属集団が非アフリカ系現代人のゲノムに大きく貢献したという見解を支持せず、非アフリカ系現代人の主要な遺伝的起源は、もっと後にアフリカから拡散してきた集団に由来する、と本論文は指摘します。最近の推定では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)から非アフリカ系現代人へは1.5~2.8%、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からオセアニア人とアジア東部人へは0.3~5.6%の遺伝的影響が確認されます。これも多地域進化説「復権」の根拠とされますが(関連記事)、非アフリカ系現代人の系統の91.8~98.5%は、おそらく過去10万年以内にアフリカに存在した集団に由来することから、本論文は古典的な多地域進化説およびその「穏健な改良版」にも否定的です。厳密な生物学的種概念では、ネアンデルタール人のような10万年前頃の大型の脳を有する人類も、ホモ・サピエンスの多様体とみなせるものの、サピエンスの主要な祖先集団はおもにアフリカ人で、化石がその見解を変える可能性は低いだろう、と本論文は指摘します。
サピエンス系統は、「古代型人類(archaic hominins)」とよく呼ばれる他のホモ属メタ個体群と遅くとも50万年前頃には分離した、と考えられています。「古代型人類」とは、現生人類の同時代の個体群とその祖先系統に適用される分類上の曖昧な用語です。しかし、上述のようにネアンデルタール人を現代人の多様な個体群の一つと考えることもできるわけで、ホモ・サピエンスという種区分の問題点と、もっと一般的で曖昧な用語の再検討の必要性を本論文は指摘します。本論文は、現生人類がネアンデルタール人やデニソワ人と交雑したことから、ホモ属進化を表すための単純な進化系統樹を用いることの問題と、遺伝子流動または枝の融合といった、より網状のモデルを考慮する必要がある、と強調します。系統樹・種・交雑の概念がまだ有効であるかもしれない一方で、それらはヒト進化の新たな像を制約し、誤解させるようになったのではないか、というわけです。
その上で本論文は複数の証拠から、サピエンスの起源をより現実的な枠組みで理解したい場合、大陸全体としてのアフリカが研究の焦点であるべきだ、と指摘します。化石データは、現代人を特徴づける派生的な身体的形質が、1地域で漸進的に現れたわけではない、と示しているからです。代わりに、そうした特徴はアフリカ全土で異なる年代と多様な系統的特徴を伴う異なる組み合わせでモザイク状に現れたように見え、現生人類の形態への断片化されたアフリカ大陸規模の傾向を示唆している、というわけです。同様に、現代的な認知能力の出現を反映すると多くの人々に考えられている中期石器時代は、アフリカ全土で多中心体的起源を有するように見える、と本論文は指摘します。古気候の研究からは、気候変動が示されます。居住可能な領域は急速に変化し、同じ地域でも繰り返し現れては消えます。これらの古気候データは、早期サピエンスが強く構造化されたことを示唆する、と本論文は指摘します。つまり、早期サピエンスは時として相互に孤立していたメタ個体群を形成する相互接続された亜集団のセットを構成し、それはネアンデルタール人やデニソワ人や存在したかもしれない未知の人類集団のような他のメタ個体群セットとは異なります。本論文は、メタ個体群モデルの、分裂・融合・遺伝子流動・地域的絶滅の継続的過程としての、進化的系統内の構造と接続性の重要性を強調します。本論文は、メタ個体群モデルと、は単一の祖先集団からの分岐を推定するモデルのどちらがより妥当なのかは、ゲノムデータにより決まる、と指摘します。
次に本論文は、系統樹の問題点を指摘します。系統樹は、遠い系統の種を表す場合には明らかに有用であるものの、メタ個体群を考慮されると誤解を招くかもしれない、というわけです。じっさい、祖先集団の分岐年代のような系統樹モデルの主要なパラメータを推測する場合、現実には単一の系統集団が存在しないメタ個体群モデルに近い場合、どのように解釈されるべきか、不明になってくる、と本論文は指摘します。本論文は他の解釈の問題として、集団構造を無視するモデルは、発生しなかったかもしれない集団規模変化の事象を推測し、年代を特定する危険性を指摘します。人口統計学的推論におけるメタ個体群モデルの使用は限定されているものの、メタ個体群モデルは豊富な理論史を有しています。個体群の孤立と混合事象を詳細に述べる高度にパラメータ化されたメタ個体群モデルを探すのは困難かもしれませんが、このモデルの利点は、多数のパラメータを必要とせずとも表せることだ、と本論文はしてはします。これは、分岐事象の年代測定に焦点を当てるよりもむしろ、分離と遺伝子流動への移行に関連する長期の人口変遷の強調により達成されます。本論文は、長期的な人口史の主要な特徴を識別するために、単純なものから始めて、メタ個体群モデルへと努力を集中すべきだ、と提案します。
この枠組みでは、単純な出アフリカモデルは生態学的変化の結果としての地理的に構造化された亜集団の間での動的な接続を充分反映できないことから、本論文は否定します。本論文は、多地域進化説や単純な出アフリカモデルよりも構造化メタ個体群モデルの方が、考古学的・古人類学的・遺伝学的・古気候学的データをよりよく説明でき、現代人の進化のパターンを記述して説明する、より理論的な柔軟性を提供できる、と主張します。たとえば、構造化メタ個体群モデルは、球状の頭蓋や小さくて華奢な顔や頤といった現生人類と関連するさまざまな派生的な形態学的特徴の進化をよりよく説明します。これらの特徴は、アフリカ全土の異なる化石で異なる時期に別々に最初に出現しますが、一括して見られるようになるのは10万~4万年前頃以降です。これらや他の派生的特徴が異なる亜集団で個別に進化し、変動する遺伝子流動を通じて拡大したという構造化メタ個体群モデルは、そうした派生的特徴の出現の連続性の欠如を説明できる、というわけです。
構造化メタ個体群モデルはまた、中期石器時代の物質文化のより拡大した一般的特徴と、地域特有の技術の双方を説明するのに役立つかもしれない、と本論文は指摘します。いくつかの理論的研究は、より大きな人口集団がより大きな文化的複雑および遺伝的多様性を維持する、と示します。しかし、集団構造はメタ個体群水準におけるより高い遺伝的多様性を維持するものの、地域的な遺伝的多様性はより低くなり、地域およびメタ個体群水準の両方で文化的複雑さを減少させる、と本論文は指摘します。局所的な複雑さに関する構造の類似した効果と、全体的な遺伝的および文化的複雑さに対する反対の効果を考えると、構造化モデルこそ、遺伝的および考古学的パターンをともに説明する唯一の方法である可能性がある、というわけです。
本論文は、このアフリカ構造化メタ個体群モデルは便宜上、「アフリカ多地域進化説」と称されるものの(関連記事)、古典的な多地域進化説もしくはその穏健な改良版と混同すべきではない、と強調します。古典的な多地域進化説は地域的継続性を強調し、各地域集団の祖先系統が「常にそこにいた」という信念と関連づけられてきました。対照的に、単純な出アフリカモデルは、現代人が子孫である単一の「植民」集団を想定している点で問題だ、と本論文は指摘します。多地域進化説も単純な出アフリカモデルも、ほとんどの哺乳類種が成功してきたものを過小評価している、と本論文は指摘します。それは、生息範囲を拡大し、新たな環境を活用し、変化する環境に適応し、定期的に集団間の接続性を維持する能力です。他の侵入種と同様に、現代人系統も繰り返し、アフリカ内部およびそれを越えて拡大した、というわけです。
本論文はまとめとして、現代人への形成といたる人類進化を理解するには、完全な孤立が見られるものの、それは例外的で、変化する集団構造のモデルが必要と指摘します。これは、変化する構造がヒトの多様性に影響を及ぼす唯一の過程だったとか、あるいは、構造だけがヒト進化のある時点で役割を果たし始めたとかいうことを示唆しません。構造化メタ個体群モデルは、多地域進化説と単純な出アフリカモデルとの間のような、激しくて見落とすところもあるような議論に陥ることなしに、ネアンデルタール人のようなアフリカ外のメタ個体群からの限定的な遺伝子流動を伴う、アフリカ起源説の古人類学的・考古学的・遺伝学的証拠を説明する、と本論文は主張します。ヒト進化のモデルはどれも、遺伝的・形態的・文化的データ構成における多様性のパターンを充分に説明し、更新世に我々の生態系を形成した気候変化と一致しなければならず、ヒト進化研究の今後10年の最も偉大かつ刺激的な挑戦の一つだろう、と本論文は指摘します。
本論文の見解はたいへん考えさせられるものだと思います。現代人の起源に関して、古典的な多地域進化説と単純な出アフリカモデルのどちらも、形態・遺伝・物質文化・古気候など蓄積されてきた多様なデータを整合的に説明できなくなっていることは否定できないでしょう。その意味で、本論文の提示するアフリカ構造化メタ個体群モデル(便宜的に「アフリカ多地域進化説」と称されます)はたいへん興味深いと思います。とくに、後期ホモ属の各系統間での複雑な交雑が明らかになってきたことにたいする、系統樹の限界性の指摘は重要だと思います。とはいえ、現生人類もネアンデルタール人もデニソワ人も遺伝的に異なる分類群として把握できますし、本論文の指摘するように、遠い系統関係を表すのに適しています。その意味で、系統樹は限界性を踏まえたうえで今後も使われ続けていくのでしょう。
参考文献:
Scerri EML, Chikhi L, and Thomas MG.(2019): Beyond multiregional and simple out-of-Africa models of human evolution. Nature Ecology & Evolution, 3, 10, 1370–1372.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0992-1
Zimmer C, and Emlen DJ.著(2016)、更科功・石川牧子・国友良樹訳『カラー図解 進化の教科書 第1巻 進化の歴史』(講談社、原書の刊行は2013年)
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本論文はまず、古典的な多地域進化説は遺伝学的研究により繰り返し論破されてきたものの、はさまざまな装いで戻ってくるので、遺伝学的研究は多地域進化説の否定を繰り返す必要がある、と指摘します。これは重要だと思います。多地域進化説派の研究者による2015年に刊行された一般向けの本でも、多地域進化説は近年の遺伝学的研究とも矛盾しない、と主張されているからです(関連記事)。遺伝的データは、過去200万~100万年前頃に地域的に進化したホモ属集団が非アフリカ系現代人のゲノムに大きく貢献したという見解を支持せず、非アフリカ系現代人の主要な遺伝的起源は、もっと後にアフリカから拡散してきた集団に由来する、と本論文は指摘します。最近の推定では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)から非アフリカ系現代人へは1.5~2.8%、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)からオセアニア人とアジア東部人へは0.3~5.6%の遺伝的影響が確認されます。これも多地域進化説「復権」の根拠とされますが(関連記事)、非アフリカ系現代人の系統の91.8~98.5%は、おそらく過去10万年以内にアフリカに存在した集団に由来することから、本論文は古典的な多地域進化説およびその「穏健な改良版」にも否定的です。厳密な生物学的種概念では、ネアンデルタール人のような10万年前頃の大型の脳を有する人類も、ホモ・サピエンスの多様体とみなせるものの、サピエンスの主要な祖先集団はおもにアフリカ人で、化石がその見解を変える可能性は低いだろう、と本論文は指摘します。
サピエンス系統は、「古代型人類(archaic hominins)」とよく呼ばれる他のホモ属メタ個体群と遅くとも50万年前頃には分離した、と考えられています。「古代型人類」とは、現生人類の同時代の個体群とその祖先系統に適用される分類上の曖昧な用語です。しかし、上述のようにネアンデルタール人を現代人の多様な個体群の一つと考えることもできるわけで、ホモ・サピエンスという種区分の問題点と、もっと一般的で曖昧な用語の再検討の必要性を本論文は指摘します。本論文は、現生人類がネアンデルタール人やデニソワ人と交雑したことから、ホモ属進化を表すための単純な進化系統樹を用いることの問題と、遺伝子流動または枝の融合といった、より網状のモデルを考慮する必要がある、と強調します。系統樹・種・交雑の概念がまだ有効であるかもしれない一方で、それらはヒト進化の新たな像を制約し、誤解させるようになったのではないか、というわけです。
その上で本論文は複数の証拠から、サピエンスの起源をより現実的な枠組みで理解したい場合、大陸全体としてのアフリカが研究の焦点であるべきだ、と指摘します。化石データは、現代人を特徴づける派生的な身体的形質が、1地域で漸進的に現れたわけではない、と示しているからです。代わりに、そうした特徴はアフリカ全土で異なる年代と多様な系統的特徴を伴う異なる組み合わせでモザイク状に現れたように見え、現生人類の形態への断片化されたアフリカ大陸規模の傾向を示唆している、というわけです。同様に、現代的な認知能力の出現を反映すると多くの人々に考えられている中期石器時代は、アフリカ全土で多中心体的起源を有するように見える、と本論文は指摘します。古気候の研究からは、気候変動が示されます。居住可能な領域は急速に変化し、同じ地域でも繰り返し現れては消えます。これらの古気候データは、早期サピエンスが強く構造化されたことを示唆する、と本論文は指摘します。つまり、早期サピエンスは時として相互に孤立していたメタ個体群を形成する相互接続された亜集団のセットを構成し、それはネアンデルタール人やデニソワ人や存在したかもしれない未知の人類集団のような他のメタ個体群セットとは異なります。本論文は、メタ個体群モデルの、分裂・融合・遺伝子流動・地域的絶滅の継続的過程としての、進化的系統内の構造と接続性の重要性を強調します。本論文は、メタ個体群モデルと、は単一の祖先集団からの分岐を推定するモデルのどちらがより妥当なのかは、ゲノムデータにより決まる、と指摘します。
次に本論文は、系統樹の問題点を指摘します。系統樹は、遠い系統の種を表す場合には明らかに有用であるものの、メタ個体群を考慮されると誤解を招くかもしれない、というわけです。じっさい、祖先集団の分岐年代のような系統樹モデルの主要なパラメータを推測する場合、現実には単一の系統集団が存在しないメタ個体群モデルに近い場合、どのように解釈されるべきか、不明になってくる、と本論文は指摘します。本論文は他の解釈の問題として、集団構造を無視するモデルは、発生しなかったかもしれない集団規模変化の事象を推測し、年代を特定する危険性を指摘します。人口統計学的推論におけるメタ個体群モデルの使用は限定されているものの、メタ個体群モデルは豊富な理論史を有しています。個体群の孤立と混合事象を詳細に述べる高度にパラメータ化されたメタ個体群モデルを探すのは困難かもしれませんが、このモデルの利点は、多数のパラメータを必要とせずとも表せることだ、と本論文はしてはします。これは、分岐事象の年代測定に焦点を当てるよりもむしろ、分離と遺伝子流動への移行に関連する長期の人口変遷の強調により達成されます。本論文は、長期的な人口史の主要な特徴を識別するために、単純なものから始めて、メタ個体群モデルへと努力を集中すべきだ、と提案します。
この枠組みでは、単純な出アフリカモデルは生態学的変化の結果としての地理的に構造化された亜集団の間での動的な接続を充分反映できないことから、本論文は否定します。本論文は、多地域進化説や単純な出アフリカモデルよりも構造化メタ個体群モデルの方が、考古学的・古人類学的・遺伝学的・古気候学的データをよりよく説明でき、現代人の進化のパターンを記述して説明する、より理論的な柔軟性を提供できる、と主張します。たとえば、構造化メタ個体群モデルは、球状の頭蓋や小さくて華奢な顔や頤といった現生人類と関連するさまざまな派生的な形態学的特徴の進化をよりよく説明します。これらの特徴は、アフリカ全土の異なる化石で異なる時期に別々に最初に出現しますが、一括して見られるようになるのは10万~4万年前頃以降です。これらや他の派生的特徴が異なる亜集団で個別に進化し、変動する遺伝子流動を通じて拡大したという構造化メタ個体群モデルは、そうした派生的特徴の出現の連続性の欠如を説明できる、というわけです。
構造化メタ個体群モデルはまた、中期石器時代の物質文化のより拡大した一般的特徴と、地域特有の技術の双方を説明するのに役立つかもしれない、と本論文は指摘します。いくつかの理論的研究は、より大きな人口集団がより大きな文化的複雑および遺伝的多様性を維持する、と示します。しかし、集団構造はメタ個体群水準におけるより高い遺伝的多様性を維持するものの、地域的な遺伝的多様性はより低くなり、地域およびメタ個体群水準の両方で文化的複雑さを減少させる、と本論文は指摘します。局所的な複雑さに関する構造の類似した効果と、全体的な遺伝的および文化的複雑さに対する反対の効果を考えると、構造化モデルこそ、遺伝的および考古学的パターンをともに説明する唯一の方法である可能性がある、というわけです。
本論文は、このアフリカ構造化メタ個体群モデルは便宜上、「アフリカ多地域進化説」と称されるものの(関連記事)、古典的な多地域進化説もしくはその穏健な改良版と混同すべきではない、と強調します。古典的な多地域進化説は地域的継続性を強調し、各地域集団の祖先系統が「常にそこにいた」という信念と関連づけられてきました。対照的に、単純な出アフリカモデルは、現代人が子孫である単一の「植民」集団を想定している点で問題だ、と本論文は指摘します。多地域進化説も単純な出アフリカモデルも、ほとんどの哺乳類種が成功してきたものを過小評価している、と本論文は指摘します。それは、生息範囲を拡大し、新たな環境を活用し、変化する環境に適応し、定期的に集団間の接続性を維持する能力です。他の侵入種と同様に、現代人系統も繰り返し、アフリカ内部およびそれを越えて拡大した、というわけです。
本論文はまとめとして、現代人への形成といたる人類進化を理解するには、完全な孤立が見られるものの、それは例外的で、変化する集団構造のモデルが必要と指摘します。これは、変化する構造がヒトの多様性に影響を及ぼす唯一の過程だったとか、あるいは、構造だけがヒト進化のある時点で役割を果たし始めたとかいうことを示唆しません。構造化メタ個体群モデルは、多地域進化説と単純な出アフリカモデルとの間のような、激しくて見落とすところもあるような議論に陥ることなしに、ネアンデルタール人のようなアフリカ外のメタ個体群からの限定的な遺伝子流動を伴う、アフリカ起源説の古人類学的・考古学的・遺伝学的証拠を説明する、と本論文は主張します。ヒト進化のモデルはどれも、遺伝的・形態的・文化的データ構成における多様性のパターンを充分に説明し、更新世に我々の生態系を形成した気候変化と一致しなければならず、ヒト進化研究の今後10年の最も偉大かつ刺激的な挑戦の一つだろう、と本論文は指摘します。
本論文の見解はたいへん考えさせられるものだと思います。現代人の起源に関して、古典的な多地域進化説と単純な出アフリカモデルのどちらも、形態・遺伝・物質文化・古気候など蓄積されてきた多様なデータを整合的に説明できなくなっていることは否定できないでしょう。その意味で、本論文の提示するアフリカ構造化メタ個体群モデル(便宜的に「アフリカ多地域進化説」と称されます)はたいへん興味深いと思います。とくに、後期ホモ属の各系統間での複雑な交雑が明らかになってきたことにたいする、系統樹の限界性の指摘は重要だと思います。とはいえ、現生人類もネアンデルタール人もデニソワ人も遺伝的に異なる分類群として把握できますし、本論文の指摘するように、遠い系統関係を表すのに適しています。その意味で、系統樹は限界性を踏まえたうえで今後も使われ続けていくのでしょう。
参考文献:
Scerri EML, Chikhi L, and Thomas MG.(2019): Beyond multiregional and simple out-of-Africa models of human evolution. Nature Ecology & Evolution, 3, 10, 1370–1372.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0992-1
Zimmer C, and Emlen DJ.著(2016)、更科功・石川牧子・国友良樹訳『カラー図解 進化の教科書 第1巻 進化の歴史』(講談社、原書の刊行は2013年)
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