ヨーロッパ北西部最古のアシューリアン
ヨーロッパ北西部最古のアシューリアン(Acheulian)に関する研究(Antoine et al., 2019)が報道されました。ヨーロッパにおいては、人類の拡散は140万年前頃にはさかのぼりますが、アシューリアン石器群を有する人類の拡散はもっと後になると考えられています。両面加工石器のようなアシューリアン的技術は、アフリカ東部では175万年前頃(関連記事)、レヴァントでは140万年前頃、疑問も呈されていますが、スペインでは90万年前頃までさかのぼります(関連記事)。また近年、フランス中央部では70万年前頃、イタリアでは67万~61万年前頃のアシューリアン技術が報告されています。しかしヨーロッパ北西部、とくにイングランドとフランス北部(北緯50度以上)では、最古の両面加工石器技術は55万年前頃となる海洋酸素同位体ステージ(MIS)14とされていました。
本論文は、フランス北部のソンム川流域のムーラン・キニョン(Moulin Quignon)遺跡の石器群の年代を測定し、これまでの有力説を見直しています。この石器群には、大きな剥片や石核や5個の両面加工石器が含まれます。ムーラン・キニョン遺跡では1837~1868年に最初の両面加工石器が発見され、1863~1864年には人類遺骸が発見されましたが、すぐに偽物と見抜かれ、近年では年代測定により(報告された19世紀時点で)現代人のものと明らかになっています。この事件のため、ムーラン・キニョン遺跡はその後の150年以上、忘れ去られた遺跡となっていました。しかし、ムーラン・キニョン遺跡での発見には両面加工石器と80万~50万年前頃の化石種が含まれており、近年ではムーラン・キニョン遺跡への関心が高まっています。本論文は、2017年のムーラン・キニョン遺跡における野外調査での発見を報告します。それは、堆積物の年代測定と、石器インダストリーの比較分析です。
ムーラン・キニョン遺跡の石器群の年代に関しては、電子スピン共鳴法(ESR)による年代測定では、2点の標本で686000±5800年前と650000±37000年前という結果が得られ、ムーラン・キニョンの堆積層全体の平均年代は672000±54000年前です。石器群は寒冷期の堆積層で発見されたため、676000年前頃に終わったMIS17ではなく、67万~62万年前頃となるMIS16のものと考えられます。本論文は、ムーラン・キニョン遺跡の石器群の年代を67万~65万年前頃と推定しています。密度など石器の分布状況から、当時の人類がムーラン・キニョン遺跡を利用していたのは夏季の短期間だろう、と本論文は推測しています。本論文は、ムーラン・キニョン遺跡石器群は、ヨーロッパ北西部のアシューリアン石器群としては既知の最古のものより10万年以上さかのぼる、とその意義を指摘します。
本論文は、このヨーロッパ北西部のアシューリアン石器群の担い手がおそらくハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)だろう、と推測しています。本論文は、ハイデルベルク人が寒冷期のMIS16にヨーロッパ北西部に拡散していたことの意義を指摘します。60万年以上前となるヨーロッパ北西部への人類の拡散は間氷期だけではなかった、というわけです(MISは奇数が間氷期、偶数が寒冷期となります)。ヨーロッパにおける50万年以上前のアシューリアンの担い手はハイデルベルク人だけではないかもしれませんが、それはともかく、当時の人類が寒冷期にもヨーロッパ北西部に進出できるだけの能力を有していたことは確実なようです。
参考文献:
Antoine P. et al.(2019): The earliest evidence of Acheulian occupation in Northwest Europe and the rediscovery of the Moulin Quignon site, Somme valley, France. Scientific Reports, 9, 13091.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-49400-w
本論文は、フランス北部のソンム川流域のムーラン・キニョン(Moulin Quignon)遺跡の石器群の年代を測定し、これまでの有力説を見直しています。この石器群には、大きな剥片や石核や5個の両面加工石器が含まれます。ムーラン・キニョン遺跡では1837~1868年に最初の両面加工石器が発見され、1863~1864年には人類遺骸が発見されましたが、すぐに偽物と見抜かれ、近年では年代測定により(報告された19世紀時点で)現代人のものと明らかになっています。この事件のため、ムーラン・キニョン遺跡はその後の150年以上、忘れ去られた遺跡となっていました。しかし、ムーラン・キニョン遺跡での発見には両面加工石器と80万~50万年前頃の化石種が含まれており、近年ではムーラン・キニョン遺跡への関心が高まっています。本論文は、2017年のムーラン・キニョン遺跡における野外調査での発見を報告します。それは、堆積物の年代測定と、石器インダストリーの比較分析です。
ムーラン・キニョン遺跡の石器群の年代に関しては、電子スピン共鳴法(ESR)による年代測定では、2点の標本で686000±5800年前と650000±37000年前という結果が得られ、ムーラン・キニョンの堆積層全体の平均年代は672000±54000年前です。石器群は寒冷期の堆積層で発見されたため、676000年前頃に終わったMIS17ではなく、67万~62万年前頃となるMIS16のものと考えられます。本論文は、ムーラン・キニョン遺跡の石器群の年代を67万~65万年前頃と推定しています。密度など石器の分布状況から、当時の人類がムーラン・キニョン遺跡を利用していたのは夏季の短期間だろう、と本論文は推測しています。本論文は、ムーラン・キニョン遺跡石器群は、ヨーロッパ北西部のアシューリアン石器群としては既知の最古のものより10万年以上さかのぼる、とその意義を指摘します。
本論文は、このヨーロッパ北西部のアシューリアン石器群の担い手がおそらくハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)だろう、と推測しています。本論文は、ハイデルベルク人が寒冷期のMIS16にヨーロッパ北西部に拡散していたことの意義を指摘します。60万年以上前となるヨーロッパ北西部への人類の拡散は間氷期だけではなかった、というわけです(MISは奇数が間氷期、偶数が寒冷期となります)。ヨーロッパにおける50万年以上前のアシューリアンの担い手はハイデルベルク人だけではないかもしれませんが、それはともかく、当時の人類が寒冷期にもヨーロッパ北西部に進出できるだけの能力を有していたことは確実なようです。
参考文献:
Antoine P. et al.(2019): The earliest evidence of Acheulian occupation in Northwest Europe and the rediscovery of the Moulin Quignon site, Somme valley, France. Scientific Reports, 9, 13091.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-49400-w
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