最古の大麻喫煙

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、大麻喫煙の痕跡に関する研究(Ren et al., 2019)が報道されました。向精神的作用のある植物は、世界のさまざまな地域において儀式や宗教活動で使用されてきました。先史時代から歴史時代初期のユーラシア中央部で多く用いられたのは、ケシ(Papaver somniferum)やマオウ属種(Ephedra spp.)やアサ(Cannabis sativa)です。アサはアジア東部における最古の耕作植物の一つで、医療や儀式や繊維や油抽出などの目的で栽培されています。

 しかし、アサ属の植物は雑種複合体なの、分類に関して議論が続いており、野生個体群と栽培個体群との遺伝子流動が続いてきたことで、起源と拡散の研究は難しくなっていました。また、アサが先史時代の中国東部において油抽出のために栽培されたことは知られていますが、それ以外の地域での使用はよく分かっておらず、大麻の儀式化された消費の考古学的証拠は限られており、議論の余地があります。そのため、いつどのように、アサが大麻として用いられるようになったのか、そのための成分が進化してきたのか、詳しくは明らかになっていません。野生のアサはコーカサス山脈から中国西部までの冷涼な山麓に生えていますが、ほとんどの野生アサのカンナビノール(CBN)濃度は低く、最初に向精神的作用のあるテトラヒドロカンナビノール(THC)が高濃度で獲得された経緯は不明です。

 薬や儀式目的のアサは、経口摂取または乾燥させての煙や蒸気の吸入により使用されていました。現在、喫煙はパイプを用いることが多いのですが、これはアメリカ大陸から16世紀以降にユーラシアへともたらされた、と考えられており、それ以前の明確な証拠はありません。大麻の喫煙は、ヘロドトスが紀元前5世紀に『歴史』に記載しており、ユーラシアの一部の遺跡の炭化したアサの種子が報告されていますが、現在では疑問が呈されています。本論文は、中国西部のパミール高原のジルザンカル共同墓地(Jirzankal Cemetery)、別名クマン共同墓地(Quman Cemetery)の8ヶ所の墓で発見された、燃焼の痕跡のある石も入っている10個の木製火鉢を報告しています。ジルザンカル墓地の年代は2500年前頃です。

 本論文は植物化学分析により、ジルザンカル共同墓地の2500年前頃の木製火鉢10点のうち9点で、大麻が入れられ、焼かれていた証拠を明らかにしました。ヘロドトスによると、スキタイ人は熱い石の入った鉢でアサを燃やしており、ジルザンカル墓地の考古学的証拠と一致します。このジルザンカル墓地のアサは、中国北西部にある別の遺跡である加依墓地で発見されたアサにはないTHCが含まれていました。ジルザンカル墓地の大麻には、他の遺跡から発見されたものと比較して、THCが高濃度で含まれています。これは、そうした特製の大麻を人々が意図的に栽培した可能性を示唆します。また、大麻のTHC濃度は、交雑により高くなることも知られています。

 ジルザンカル墓地の人骨のストロンチウム同位体分析では、34人中10人が外来者と推測されています。ジルザンカル墓地では、アジア西部特有のガラス製ビーズと角型ハープが発見されており、当時からユーラシア東西間の交流があってアサの各個体群の交雑を促進し、より高いTHC濃度の系統を誕生させたかもしれない、と本論文は推測しています。ユーラシア東西の交流は漢代武帝期よりもずっと前から開かれており、相互に影響を及ぼしていた、と推測されます。金属器やコムギや家畜などを考えると、全体的にはユーラシア西部よりも東部の方がこの東西交流でより強い影響を受けた、と言えるでしょう。


参考文献:
Ren M. et al.(2019): The origins of cannabis smoking: Chemical residue evidence from the first millennium BCE in the Pamirs. Science Advances, 5, 6, eaaw1391.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw1391

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