アフリカ外最古となる人類の痕跡
アフリカ外最古となる人類の痕跡に関する研究(Scardia et al., 2019)が公表されました。アフリカ北部で240万年前頃の石器が(関連記事)、中国北西部で212万年前頃の石器が発見されたことにより(関連記事)、人類は更新世初期にはすでにアフリカからアジアへと拡散していた、と明らかになりました。これらの石器には人類遺骸が共伴していませんが、現時点での証拠からは、190万年前頃と推定されているホモ・エレクトス(Homo erectus)の出現前に人類がアフリカからアジアへと拡散し、異なる環境に適応していったことを示唆します。アフリカでは280万~275万年前頃となるホモ属的な遺骸が発見されており(関連記事)、200万年以上前にアフリカからユーラシアへと拡散した人類は、初期ホモ属だったかもしれません。
レヴァントは伝統的に、アフリカ北部からアジア南西部への拡散経路として機能したと考えられてきましたが、210万年以上前の人類の確実な痕跡は確認されていませんでした。これまでは、レヴァントにおける最古となるかもしれない人類の痕跡はシリアのアインアルフィル(Aïn al Fil)で発見されたオルドワン(Oldowan)石器で、古生物学および磁気層序学から200万~180万年前頃と推定されています。イスラエルのイーロン(Yiron)遺跡では247万±7万年以上前のオルドワン石器が報告されていますが、層序関係への疑問からその年代は広く認められているわけではありません。レヴァントにおいてこれまで210万年以上前の確実な人類の痕跡が確認されていなかったのは、アラビアプレートの活動など地質作用により初期人類の痕跡が失われたからだろう、と本論文は推測します。
本論文は、ヨルダン渓谷の東側にあるザルカ渓谷(Zarqa Valley)のダウカラ層(Dawqara Formation)で発見された石器群を報告します。古地磁気とアルゴン-アルゴン法とウラン・鉛年代測定法により、ダウカラ層の年代は252万~195万年前頃と推定されます。500mほどの範囲の4ヶ所の発掘地点(330・331・332・334)からの石器の年代は、248万年前頃(334下部)、224万年前頃(334上部)、216万年前頃(331)、206万年前頃(330)、195万年前頃(332)と推定されています。252万年前頃以前となるドゥレイル(Dulayl)層では石器は発見されませんでした。技術分類的観点からは、ダウカラ層の石器群はオルドワン(Oldowan)インダストリーに分類され、礫器・石核・剥片から構成されます。ダウカラ層の石器群の時期には、少なくとも3系統の石器を製作していたかもしれない分類群が存在しました。それは、初期ホモ属とホモ・ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)とホモ・ハビリス(Homo habilis)です。しかし、レヴァントではダウカラ層の時期の人類遺骸がまったく発見されておらず、本論文はダウカラ層の石器群の製作者について結論を提示していません。
ザルカ渓谷の石器群は、更新世の最初期となる248万年前頃に、アフリカからアジアへの拡散経路となるレヴァントに人類が存在したことを確証しました。これは、初期ホモ属がエレクトスの出現よりもずっと前にアジアに存在したことを意味し、エレクトスの種内の多様性と、インドネシア領フローレス島のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の起源を説明できるかもしれません。フロレシエンシスの起源に関しては、ジャワ島のエレクトスから進化したという見解とともに、アウストラロピテクス属的な特徴を有する、エレクトスよりも祖先的な人類系統から進化した、との見解も有力です。祖先的形態を有する最初期ホモ属がアフリカからアジアへと拡散し、アジア南東部でフロレシエンシスへと進化したかもしれない、というわけです。
更新世最初期の初期ホモ属のアフリカからアジアへの拡大は、ユーラシアにおける他のアフリカの動物相の拡散とも相関しており、気候変化とサバンナの拡大といった広い文脈に適合し、そうした環境変化が人類のアフリカからアジアへの拡散を促進したかもしれません。250万年前頃にアフリカからアジアへと拡散した初期ホモ属は、石器加工を繰り返し、石材として玄武岩よりも燵岩(チャート)を選択するといった能力も有していました。これは、資源を繰り返し観察して評価する技能を反映しており、環境変化に適応できる重要な資質となります。人類のアフリカからユーラシアへの拡散が250万年前頃までさかのぼる可能性はきわめて高く、人類進化史は、エレクトスが初めてアフリカからユーラシアへと拡散した人類だった、というような従来の想定よりもさらに複雑になってきました。今後、レヴァントとアジア東部との間で、200万年以上前の確実な人類の痕跡が発見される可能性は高いでしょう。また、200万年以上前のアフリカ外の確実な人類遺骸はまだ発見されていないので、石器だけではなく、人類遺骸の発見も期待されます。
参考文献:
Scardia G. et al.(2019): Chronologic constraints on hominin dispersal outside Africa since 2.48 Ma from the Zarqa Valley, Jordan. Quaternary Science Reviews, 219, 1–19.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2019.06.007
レヴァントは伝統的に、アフリカ北部からアジア南西部への拡散経路として機能したと考えられてきましたが、210万年以上前の人類の確実な痕跡は確認されていませんでした。これまでは、レヴァントにおける最古となるかもしれない人類の痕跡はシリアのアインアルフィル(Aïn al Fil)で発見されたオルドワン(Oldowan)石器で、古生物学および磁気層序学から200万~180万年前頃と推定されています。イスラエルのイーロン(Yiron)遺跡では247万±7万年以上前のオルドワン石器が報告されていますが、層序関係への疑問からその年代は広く認められているわけではありません。レヴァントにおいてこれまで210万年以上前の確実な人類の痕跡が確認されていなかったのは、アラビアプレートの活動など地質作用により初期人類の痕跡が失われたからだろう、と本論文は推測します。
本論文は、ヨルダン渓谷の東側にあるザルカ渓谷(Zarqa Valley)のダウカラ層(Dawqara Formation)で発見された石器群を報告します。古地磁気とアルゴン-アルゴン法とウラン・鉛年代測定法により、ダウカラ層の年代は252万~195万年前頃と推定されます。500mほどの範囲の4ヶ所の発掘地点(330・331・332・334)からの石器の年代は、248万年前頃(334下部)、224万年前頃(334上部)、216万年前頃(331)、206万年前頃(330)、195万年前頃(332)と推定されています。252万年前頃以前となるドゥレイル(Dulayl)層では石器は発見されませんでした。技術分類的観点からは、ダウカラ層の石器群はオルドワン(Oldowan)インダストリーに分類され、礫器・石核・剥片から構成されます。ダウカラ層の石器群の時期には、少なくとも3系統の石器を製作していたかもしれない分類群が存在しました。それは、初期ホモ属とホモ・ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)とホモ・ハビリス(Homo habilis)です。しかし、レヴァントではダウカラ層の時期の人類遺骸がまったく発見されておらず、本論文はダウカラ層の石器群の製作者について結論を提示していません。
ザルカ渓谷の石器群は、更新世の最初期となる248万年前頃に、アフリカからアジアへの拡散経路となるレヴァントに人類が存在したことを確証しました。これは、初期ホモ属がエレクトスの出現よりもずっと前にアジアに存在したことを意味し、エレクトスの種内の多様性と、インドネシア領フローレス島のホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)の起源を説明できるかもしれません。フロレシエンシスの起源に関しては、ジャワ島のエレクトスから進化したという見解とともに、アウストラロピテクス属的な特徴を有する、エレクトスよりも祖先的な人類系統から進化した、との見解も有力です。祖先的形態を有する最初期ホモ属がアフリカからアジアへと拡散し、アジア南東部でフロレシエンシスへと進化したかもしれない、というわけです。
更新世最初期の初期ホモ属のアフリカからアジアへの拡大は、ユーラシアにおける他のアフリカの動物相の拡散とも相関しており、気候変化とサバンナの拡大といった広い文脈に適合し、そうした環境変化が人類のアフリカからアジアへの拡散を促進したかもしれません。250万年前頃にアフリカからアジアへと拡散した初期ホモ属は、石器加工を繰り返し、石材として玄武岩よりも燵岩(チャート)を選択するといった能力も有していました。これは、資源を繰り返し観察して評価する技能を反映しており、環境変化に適応できる重要な資質となります。人類のアフリカからユーラシアへの拡散が250万年前頃までさかのぼる可能性はきわめて高く、人類進化史は、エレクトスが初めてアフリカからユーラシアへと拡散した人類だった、というような従来の想定よりもさらに複雑になってきました。今後、レヴァントとアジア東部との間で、200万年以上前の確実な人類の痕跡が発見される可能性は高いでしょう。また、200万年以上前のアフリカ外の確実な人類遺骸はまだ発見されていないので、石器だけではなく、人類遺骸の発見も期待されます。
参考文献:
Scardia G. et al.(2019): Chronologic constraints on hominin dispersal outside Africa since 2.48 Ma from the Zarqa Valley, Jordan. Quaternary Science Reviews, 219, 1–19.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2019.06.007
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