一般的だった後期ホモ属の各系統間の遺伝子流動(追記有)

 今月(2019年9月)19日~21日にかけてベルギーのリエージュで開催予定の人間進化研究ヨーロッパ協会第9回総会で、後期ホモ属の各系統間の遺伝子流動に関する研究(Peter., 2019)が報告されました。この研究の要約はPDFファイルで読めます(P147)。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と現生人類(Homo sapiens)という後期ホモ属からの遺伝的データは、近年飛躍的に増加しています。減数分裂の組み換えのため、各個体のゲノムはその祖先系統のゲノムのモザイク状となり、祖先系統由来の領域の長さと頻度は、集団の遺伝子流動の歴史を検証するのにたいへん有益です。つまり、より長い遺伝子移入領域は、より最近の遺伝子流動を示す、というわけです。

 本論文は、これら祖先系統からの領域を識別するために、新たに開発された経験ベイズ法を用いました。本論文の方法では、じゅうらいの方法とは対照的に、祖先系統からの領域はまばらで、しばしば混入する、と明確に示します。さらに本論文は、不確定な時系列のデータをモデル化するために有効とされる隠れマルコフモデルを用いて、ゲノムの特定領域における祖先系統を明らかにします。本論文は、網羅率が0.1倍と低くても確実に祖先系統を明らかにし、網羅率0.3倍のデニソワ人2個体のゲノムに遺伝子移入されたネアンデルタール人領域を見つけました。

 このモデルを全ての低網羅率のデニソワ人ゲノムに適用すると、より古いデニソワ2とデニソワ8は、それぞれ12%と10%のネアンデルタール人系統を有する、と明らかになります。この系統は最大20万塩基対のゲノム領域で見つかり、ネアンデルタール人系統からの遺伝子流動は30世代未満である、と強く示唆します。本論文はネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代であるデニソワ11(関連記事)も対象として、9万年前よりも古いデニソワ人すべてが、近い世代でかなりのネアンデルタール人系統を有していると見出し、ネアンデルタール人とデニソワ人との間の数万年にわたる繰り返しの相互作用示唆をします。さらに本論文は、高網羅率のネアンデルタール人(デニソワ5)におけるデニソワ人系統の領域を見つけ、これはネアンデルタール人とデニソワ人の双方で、交雑個体が繁殖力を有する、と示します。しかし本論文は、ずっと新しいデニソワ人(デニソワ4)ではネアンデルタール人との遺伝子流動の証拠を見出さず、この遺伝子流動は持続的ではなかったかもしれない、と指摘します。こうしたデニソワ人の基本的情報については、以前当ブログでまとめました(関連記事)。

 また本論文は、ユーラシア西部の現生人類の多数の遺伝的データを用いて、ネアンデルタール人から初期現生人類への遺伝子流動の時期をより詳細に解明しました。予想されたように、ネアンデルタール人系統の領域は一般的に(サハラ砂漠以南のアフリカ系を除いて)現生人類の間で共有されており、時間の経過とともにより短くなります。この遺伝子移入史は異なる3段階に区分できる、と本論文は指摘します。最初の段階は55000年前で、低水準の遺伝子流動が起きました。非アフリカ系現代人に見られるネアンデルタール人系統の大半は、55000~48000年前という比較的短い第二段階に初期現生人類集団にもたらされました。最終段階は、ヨーロッパの現生人類へのネアンデルタール人からの遺伝子流動事象で、4万年前頃に終了します。

 本論文はまとめとして、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の間の遺伝子流動は頻繁ではあったものの、遍在的ではなかった、と指摘します。デニソワ人とネアンデルタール人の間の遺伝子流動は、数万年続いた後は最小限に留まったように見えます。一方、遺伝子流動の推定される時期と、ネアンデルタール人への現生人類からの遺伝子流動の証拠の欠如は、現生人類のゲノムにおけるネアンデルタール人系統の起源が、おもに現生人類のユーラシアへの拡大に起因し、おそらくは小規模な地域的ネアンデルタール人集団の局所的吸収を伴う、というモデルと一致します。

 本論文の見解はたいへん興味深いと思います。新たに開発された本論文の方法がどこまで有効なのか、門外漢の私には的確に判断できませんが、今後検証が進んでいくと思われます。後期ホモ属の間での遺伝子流動は珍しくなかったようですが、広範な地域・年代で均一に起きたわけでもなさそうで、今後はその詳細が解明されていく、と期待されます。そのためには、古代ゲノムデータの蓄積が必要となります。古代DNA研究は近年飛躍的に発展しているので、今後の研究の進展も大いに期待できます。ただ、DNAの保存状態への影響という点では、年代よりもむしろ環境の方が重要になってくるようですから、古代DNA研究における地域間の格差は今後ますます拡大していくかもしれません。


参考文献:
Peter B.(2019): Gene flow between hominins was common. The 9th Annual ESHE Meeting.


追記(2020年9月13日)
 まだ査読前ですが、この報告が論文として公表されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。

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