ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列を可能とする手法

 今月(2019年9月)19日~21日にかけてベルギーのリエージュで開催予定の人間進化研究ヨーロッパ協会第9回総会で、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の高品質なゲノム配列を可能とする手法についての研究(Hajdinjak et al., 2019)が報告されました。この研究の要約はPDFファイルで読めます(P77)。近年、現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の古代DNA研究が飛躍的に発展し、起源・移動・相互の関係性など人類史の理解を変えてきました。

 しかし多くの場合、古代の人類の内在性DNAは標本から抽出されたDNAの小さな断片なので、高品質なゲノム配列を得るのは困難でした。ネアンデルタール人に関してはこれまで、3個体のみで高品質なゲノム配列が得られてきました。1人は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された13万~9万年前頃の女性個体で、網羅率は52倍(関連記事)、1人はクロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃の女性個体で(関連記事)、網羅率は30倍、もう1人は、まだ刊行されていませんが、南シベリアのアルタイ山脈のチャギルスカヤ(Chagyrskaya)洞窟遺跡で発見された8万年前頃の個体で網羅率28倍です(関連記事)。低網羅率の配列も遺伝的歴史の多様な側面を再構築できますが、集団規模の推定や近親交配の水準といった高精度の分析の多くは、高品質なゲノム配列に依存しています。

 最近の研究では、内耳錐体骨や歯のセメント質ではDNAがより多く保存されているかもしれない、と指摘されています。また、内在性DNAの保存は、単一標本の数mmの距離内でさえかなり異なるかもれない、とも指摘されています。古代の人類遺骸は希少で価値が高いため、破壊的標本抽出をできる限り少なく抑えることが重要となります。通常の標本抽出では、与えられた骨もしくは歯の単一の場所から粉末約50mgを採取します。

 この研究は、ロシアのコーカサス地域のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟遺跡とベルギーのゴイエット(Goyet)の第三洞窟(Troisième caverne)遺跡のネアンデルタール人遺骸から、段階的方法での複数のより小さな標本を採取し、DNA回収を改善するのか、検証しました。この研究は、メズマイスカヤ1遺骸(肋骨断片)から8.5mg~27.2mg、メズマイスカヤ2遺骸(頭蓋断片)から2.5mg~35.1mg、ゴイエットのQ56-1遺骸(大腿骨断片)から5.8mg~53.8mgの骨粉を除去し、1標本あたり15~38の粉末サブセットと1抽出あたり粉末16.6mgを検証しました。

 この研究は、、汚染の影響を最小限に抑えるため、我々はDNA抽出の前に、各粉末の一定分量を次亜塩素酸ナトリウム0.5%溶液で処理しました。同じ標本からのDNA抽出は、現代人の汚染水準(0.2~50.3%)と同様に、内在性DNAの比率(0.07~54.7%)と核ゲノムの内容(0.01~78倍)で数桁異なります。抽出に用いられた粉末の量と、内在性DNAもしくは現代人のDNA汚染の水準の全体的な量との間に、顕著な相関はありませんでした。古代DNAの保存量は1標本内で大きく変わる、と改めて示されました。汚染除去手順と組み合わせ、より大きな1標本の代わりに複数の小さい亜標本群を人類遺骸から採取することで、DNA抽出量を劇的に改善するかもしれない、というわけです。

 この手法を用いて、上述のネアンデルタール人3個体から高品質なゲノム配列を得ることが可能となりました。このデータは、ネアンデルタール人の人口史、ネアンデルタール人系統に固有で時間の経過とともに変化した遺伝的多様体、ネアンデルタール人の適応の根底にある遺伝的基盤を解明するのに役立つ、と期待されます。この研究の手法は古代DNA研究を大きく発展させるかもしれず、大きな意義がありそうです。近年の古代DNA研究の発展は本当に目覚ましく、追いついていくのが大変なのですが、少しでも多くの研究を当ブログで取り上げていくつもりです。


参考文献:
Hajdinjak M. et al.(2019): Doubling the number of high-coverage Neandertal genomes. The 9th Annual ESHE Meeting.

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