16000年前頃までさかのぼる北アメリカ大陸における人類の痕跡(追記有)

 北アメリカ大陸における人類の痕跡が16000年前頃までさかのぼることを報告した研究(Davis et al., 2019)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。日本語の解説記事もあります。以下、注記しない限り、年代は放射性炭素年代測定法により較正されたものです。アメリカ大陸への人類最初の移住に関しては、20世紀末頃までクローヴィス(Clovis)文化説が有力とされていました。これは、14800年前頃以降に北アメリカ大陸の氷床が後退して出現した無氷回廊を経由して人類はベーリンジア(ベーリング陸橋)からアメリカ大陸へと拡散し、その最初の集団がクローヴィス文化の担い手だった、と想定する説です。一方、クローヴィス文化に先行するアメリカ大陸における人類の痕跡の報告事例も蓄積されてきており、無氷回廊の出現前に人類はベーリンジアから太平洋沿岸を南下してアメリカ大陸へと拡散したのではないか、との見解も提示されていました。

 本論文は、アメリカ合衆国アイダホ州西部のクーパーズフェリー(Cooper’s Ferry)遺跡(以下、CF遺跡)の発掘調査結果を報告しています。CF遺跡はコロンビア川の支流であるサーモン川沿いに位置します。地元の先住民であるネズパース(Nez Perce)集団は、この地をニペヘ(Nipéhe)と呼んでいます。CF遺跡では、石器とともに石器製作時のものと思われる石の破片も発見されており、炉床も確認されています。動物遺骸も共伴しており、ほとんどは断片的なので詳細な区分は困難ですが、中型~大型の哺乳類と推測されています。CF遺跡の年代は、骨と木炭を試料として放射性炭素年代測定法により推定され、最古の試料が16265~15795年前とクローヴィス文化に先行し、最新の試料が8515~8345年前となり、長期にわたって繰り返し人類が利用していたのではないか、と本論文は推測しています。

 本論文はCF遺跡の石器の中で有茎尖頭器に注目しています。有茎尖頭器はアフリカやレヴァントやヨーロッパで5万年前以後に出現し、北太平洋沿岸の現生人類の存在の証拠とされています。日本と韓国では、30000~23000年前頃の尖頭器は厚い石刃の再加工により製作されます。CF遺跡の有茎尖頭器のうち1点は、13610~13275年前の試料の下で、光刺激ルミネッセンス法(OSL)による13710±2620年前の試料の上に位置します。別の有茎尖頭器は、13475~13060年前の試料の下で、13610~13275年前の試料の上に位置します。CF遺跡の有茎尖頭器は、クローヴィス文化に見られる基部の広い有樋尖頭器ではなく、より古い時代の樋状剥離のないタイプです。このCF遺跡の有茎尖頭器と技術的に類似しているのが、日本で発見された16000~13000年前頃の両面尖頭器です。これは、北海道(立川)・本州北部・本州中央部および西部の3タイプに分類されていますが、このうち立川タイプがCF遺跡の有茎尖頭器と技術的にひじょうに類似している、と本論文は評価しています。CF遺跡のタイプとは形態的に異なる有茎尖頭器は、カムチャッカ半島のウシュキ湖(Ushki Lake)で13440~12640年前頃に出現しますが、ベーリンジアからはより早期のものは発見されておらず、起源は他の地域にあるようです。CF遺跡の有茎尖頭器は年代・技術的に日本の尖頭器と顕著に類似している一方で、CF遺跡の人工物はクローヴィス文化に先行し、重なっている期間もありますが、技術的には異なります。CF遺跡の初期集団は、文化的にアジア北東部とのつながりを示していますが、遺伝的にも、アメリカ大陸先住民の主要な祖先集団としてアジア東部および北東部系集団が想定されています(関連記事)。CF遺跡は、クローヴィス文化に先行するアメリカ大陸の異なる系統の文化だった、と本論文は評価しています。

 遺伝学では、ベーリンジアの孤立集団が19500年前頃以降に北アメリカ大陸の氷床を越えてアメリカ大陸へと南進していき(関連記事)、17500~14600年前頃にアメリカ大陸における南北両系統へと分岐していった(関連記事)、と推測されています。CF遺跡では、人類が16560~15280年前頃には存在しており、これはアメリカ大陸における最初の人類集団拡大の年代の範囲内となります。上述のように、北アメリカ大陸への人類最初の移住に関しては、ベーリンジア東部から無氷回廊を経由したとする説(クローヴィス最古説)と、氷河のない太平洋沿岸を南下した、とする説(太平洋沿岸南下説)があります。本論文が示したように、CF遺跡は無氷回廊が開く前に無氷回廊の南方に人類が存在したことを示す直接的証拠となります。これは、無氷回廊説ではなく太平洋沿岸南下説の方と整合的です。これは、遺伝学で示唆されている(関連記事)、北アメリカ大陸への人類最初の拡散後、人類が無氷回廊を経由して再度拡散した可能性を排除するわけではありませんが、そうした人類集団の移動はアメリカ大陸最初の人類の移住ではなかった、と本論文は指摘します。

 本論文は、クローヴィス最古説が成り立たないことを改めて示した、と言えるでしょう。CF遺跡の石器と北海道の石器との類似性については、アジア東部および北東部集団がアメリカ大陸先住民の主要な祖先集団となったことを改めて確認した、と思います。この集団の文化的多様性や、CF遺跡の有茎尖頭器の起源地については、シベリア北東部の上部旧石器(後期旧石器)的文化の研究がもっと進めば、より詳しく解明されるのではないか、と期待されます。本論文で言及されていたカムチャッカ半島の13440~12640年前頃の有茎尖頭器は、CF遺跡のそれとは異なりますが、今後シベリア北東部の後期更新世の遺跡で、CF遺跡や日本の立川タイプと類似した有茎尖頭器が確認される可能性は高いように思います。おそらく日本の16000~13000年前頃の尖頭器の起源は、シベリア北東部にあるのでしょう。アメリカ大陸先住民集団の形成過程については、古代DNA研究の進展によりかなり詳しく解明されてきたように思います。一方、日本列島も含むアジア東部集団に関しては、ヨーロッパはもちろんアメリカ大陸よりも遅れていることは否めないでしょうから、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Davis LG. et al.(2019): Late Upper Paleolithic occupation at Cooper’s Ferry, Idaho, USA, ~16,000 years ago. Science, 365, 6456, 891–897.
https://doi.org/10.1126/science.aax9830


追記(2019年9月7日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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