石浦章一『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎』

 講談社ブルーバックスの一冊として、講談社から2019年6月に刊行されました。本書はおもに王族を対象として、DNA解析により解明された世界史上の著名人の「謎」を取り上げています。具体的には、リチャード3世、ツタンカーメン、ジョージ3世、ラムセス3世、トーマス・ジェファーソンです。本書の主題からして、醜聞めいた内容になることは避けられないのですが、遺伝の仕組みや親子鑑定やゲノム編集についての基礎的な解説も充実しており、著名人を取り上げることで一般層を惹きつけ、最新科学を分かりやすく解説するという、一般向け科学書として王道的な構成になっていると思います。

 本書で取り上げられているのはヨーロッパとエジプトとアメリカ合衆国の人物で、古代DNA研究で中心的役割を果たしてきた、ヨーロッパとアメリカ合衆国の研究者たちの関心を反映しているように思います。本書の想定読者はほとんど日本人でしょうし、著者も日本人ということもあってか、日本人の起源や壬申の乱の頃の王族(皇族)も取り上げられていますが、詳しくはありません。この分野の研究では、日本はヨーロッパやアメリカ合衆国と比較して大きく遅れているので、仕方のないところではあります。

 しかし、本書で取り上げられているトーマス・ジェファーソンの子孫をめぐる醜聞を読むと、日本で同様の研究が進められたとしても、一般に公表するのはかなり難しいだろうな、とも思います。本書は、ジェファーソンの父系子孫と自認していた一族が、じっさいには違っており、それが公表をめぐっての醜聞になったことを取り上げています。またイギリスにおいて、プランタジネット朝に始まる父系一族において、サマーセット家ではどこかで家系とは異なる父系が入っている、と推測されています。

 日本では現在も、1400~1500年以上に及ぶ父系による皇位(王位)継承が続いており、系図上は明確に父系で皇族とつながっている民間の男性も、旧宮家や一部の旧摂関家にいます。したがって、系図と生物学的な父系が一致するのか、確認することも可能ですが、それを公表することに大きな反発があることは容易に想像できます。ましてや、現在の皇族と比較して系図の正確さを検証し、公表することはできないでしょう。旧宮家や一部の旧摂関家出身の男性と男性皇族との間で、父系が一致するのならばまだしも、仮に大きな違いが明らかになれば、大騒動になることは間違いありません。その意味でも、皇位継承の根拠として、安易に「神武天皇のY染色体」を持ち出すべきではない、と思います(関連記事)。


参考文献:
石浦章一(2019)『王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎』(講談社)

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