ボノボの食性と人類の進化
ボノボ(Pan paniscus)の食性と人類の進化に関する研究(Hohmann et al., 2019)が報道されました。脳容量の増大と高度な認知能力は、人類進化の主要な特徴です。脳の発達に不可欠な栄養素として、長鎖多価不飽和脂肪酸やアラキドン酸やエイコサペンタエン酸やヨウ素のような特定の微量元素などがあります。ヨウ素の摂取量が不足するとクレチン病を患い、体格の小型化とともに精神遅滞と運動障害をもたらします(関連記事)。ヨウ素は海藻に多く含まれており、内陸部を中心として海産物を食べる習慣があまりないような地域では、ヨウ素添加食塩の販売が定められていることもあります(関連記事)。
沿岸地域はヨウ素の豊富な供給源となるので、人類の進化にとって重要と考えられてきました。一方、内陸部ではヨウ素が不足しがちとなるので、内陸部の人類はどのようにヨウ素を摂取してきたのか、という問題が生じます。本論文は、非ヒト霊長類にもヨウ素が必須栄養素であることから、内陸部の霊長類を対象にこの問題を検証しています。現代人(Homo sapiens)と最も近縁なボノボ(Pan paniscus)とチンパンジー(Pan troglodytes)は、自然の食資源だけでヨウ素不足に起因する疾患を経ずに成長しています。ボノボは、世界保健機関によりヨウ素が不足していると認定されているコンゴ盆地にも生息していることから、この地域のボノボを調査することで、内陸部の初期人類がどのようにヨウ素を摂取していたのか、推測する手がかりになるだろう、との見通しのもと、本論文はコンゴ民主共和国のサロンガ国立公園(Salonga National Park)のルイコテール(LuiKotale)森林のボノボの二つの共同体の行動を観察しました。じっさい、かつての調査ではコンゴ盆地の住民のヨウ素不足が指摘されており、ヨウ素添加塩の導入によりこの問題は改善されました。しかし、ピグミーと総称される小柄な集団の中でもエフェ(Efe)人は、ヨウ素欠乏症の有病率が低いと明らかになっており、エフェ人の表現型がヨウ素不足への適応でもある可能性を本論文は提示しています。
本論文は、ルイコテール森林の果実と陸生および水生の草の栄養価を分析しました。すると、水草のミネラル含有量は他の植物より多く、低頻度ながらボノボも食べている水草の中には、海藻とほぼ同等の濃度のヨウ素が含まれている、と明らかになりました。ボノボの水草摂取頻度は低いのですが、この水草の摂取がかなり困難だとしても、高濃度のヨウ素が含まれていることから、かなりの量のヨウ素を得られたかもしれない、と本論文は指摘します。本論文は、コンゴ盆地の初期人類は、他地域から得た食物でヨウ素を摂取せずとも、地元の水草から充分な量のヨウ素を摂取できただろう、と推測しています。ただ本論文は、ルイコテール森林における豊富な天然ヨウ素という状況が、コンゴ盆地全体に当てはまるのか不明であることも指摘しています。以下、ボノボが水草を入手している写真(本論文図1)です。
天然ヨウ素の乏しい地域と考えられており、現代人は外部からのヨウ素補給に頼っているコンゴ盆地にも、天然ヨウ素が充分にあることを本論文は示しました。これは、コンゴ盆地の非ヒト霊長類にはとくにヨウ素欠乏症が見られない、という観察と整合的です。人類の脳容量の増大と高度な認知能力の発達について、ヨウ素の摂取が容易な沿岸地域を想定する見解もありますが、本論文は、内陸部でも沿岸地域と同程度のヨウ素摂取が可能であると示しました。沿岸地域は海岸線の変化により内陸部よりも人類の痕跡が発見されにくいという事情はあるとしても、内陸部で沿岸地域よりも初期人類の証拠が多いわけですから、脳の増大や高度な認知能力の発達に必要な条件が沿岸地域と同程度以上に備わっていた内陸部地域も珍しくなかったのだろう、と考えられます。
参考文献:
Hohmann G. et al.(2019): Fishing for iodine: what aquatic foraging by bonobos tells us about human evolution. BMC Zoology, 4, 5.
https://doi.org/10.1186/s40850-019-0043-z
沿岸地域はヨウ素の豊富な供給源となるので、人類の進化にとって重要と考えられてきました。一方、内陸部ではヨウ素が不足しがちとなるので、内陸部の人類はどのようにヨウ素を摂取してきたのか、という問題が生じます。本論文は、非ヒト霊長類にもヨウ素が必須栄養素であることから、内陸部の霊長類を対象にこの問題を検証しています。現代人(Homo sapiens)と最も近縁なボノボ(Pan paniscus)とチンパンジー(Pan troglodytes)は、自然の食資源だけでヨウ素不足に起因する疾患を経ずに成長しています。ボノボは、世界保健機関によりヨウ素が不足していると認定されているコンゴ盆地にも生息していることから、この地域のボノボを調査することで、内陸部の初期人類がどのようにヨウ素を摂取していたのか、推測する手がかりになるだろう、との見通しのもと、本論文はコンゴ民主共和国のサロンガ国立公園(Salonga National Park)のルイコテール(LuiKotale)森林のボノボの二つの共同体の行動を観察しました。じっさい、かつての調査ではコンゴ盆地の住民のヨウ素不足が指摘されており、ヨウ素添加塩の導入によりこの問題は改善されました。しかし、ピグミーと総称される小柄な集団の中でもエフェ(Efe)人は、ヨウ素欠乏症の有病率が低いと明らかになっており、エフェ人の表現型がヨウ素不足への適応でもある可能性を本論文は提示しています。
本論文は、ルイコテール森林の果実と陸生および水生の草の栄養価を分析しました。すると、水草のミネラル含有量は他の植物より多く、低頻度ながらボノボも食べている水草の中には、海藻とほぼ同等の濃度のヨウ素が含まれている、と明らかになりました。ボノボの水草摂取頻度は低いのですが、この水草の摂取がかなり困難だとしても、高濃度のヨウ素が含まれていることから、かなりの量のヨウ素を得られたかもしれない、と本論文は指摘します。本論文は、コンゴ盆地の初期人類は、他地域から得た食物でヨウ素を摂取せずとも、地元の水草から充分な量のヨウ素を摂取できただろう、と推測しています。ただ本論文は、ルイコテール森林における豊富な天然ヨウ素という状況が、コンゴ盆地全体に当てはまるのか不明であることも指摘しています。以下、ボノボが水草を入手している写真(本論文図1)です。
天然ヨウ素の乏しい地域と考えられており、現代人は外部からのヨウ素補給に頼っているコンゴ盆地にも、天然ヨウ素が充分にあることを本論文は示しました。これは、コンゴ盆地の非ヒト霊長類にはとくにヨウ素欠乏症が見られない、という観察と整合的です。人類の脳容量の増大と高度な認知能力の発達について、ヨウ素の摂取が容易な沿岸地域を想定する見解もありますが、本論文は、内陸部でも沿岸地域と同程度のヨウ素摂取が可能であると示しました。沿岸地域は海岸線の変化により内陸部よりも人類の痕跡が発見されにくいという事情はあるとしても、内陸部で沿岸地域よりも初期人類の証拠が多いわけですから、脳の増大や高度な認知能力の発達に必要な条件が沿岸地域と同程度以上に備わっていた内陸部地域も珍しくなかったのだろう、と考えられます。
参考文献:
Hohmann G. et al.(2019): Fishing for iodine: what aquatic foraging by bonobos tells us about human evolution. BMC Zoology, 4, 5.
https://doi.org/10.1186/s40850-019-0043-z
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