『卑弥呼』第20話「イサオ王」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年7月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが義母の教えを回想している場面で終了しました。巻頭カラーとなる今回は、鞠智彦(ククチヒコ)が暈(クマ)の国の以夫須岐(イフスキ)を訪れる場面から始まります。以夫須岐は、現在の鹿児島県指宿市と思われます。鞠智彦の配下の兵士たちは、倭人とは異なる顔つきの首が晒されているのを見て驚きます。従者のウガヤからこの首は何者なのか、尋ねられた鞠智彦は、はるか南方からの難民だ、どこも戦なのだ、と答えます。ウガヤから首が晒されている理由を問われた鞠智彦は、イサオ王は情け容赦のない人だからだ、と答えます。

 山社(ヤマト)では、ミマト将軍の息子でイクメの弟であるミマアキが、クラトという男性と抱き合っていました。クラトはミマアキが戦場から生還したことを喜び、ミマアキは、恋しかった、と言います。しかしクラトは、ミマアキの言葉を疑っていました。ミマアキは日見子(ヒミコ)・日見彦(ヒミヒコ)の世話役に生まれついた身なので、本当は女の方が好きなのに自分を相手にしている、戦場ではこっそり女と寝ているのではないか、というわけです。私を信じろ、と言うミマアキに対してクラトは、現在の心配は日見子(ヤノハ)様だ、と言います。ヤノハはなかなか見目麗しいので、ミマアキが心を奪われてしまうのではないか、というわけです。日見子(ヤノハ)様は確かに美しいが、それはあり得ない、とミマアキは言います。日見子様は美しさを通り越して神々しいか、とクラトに問われたミマアキは、恐ろしいお方からだ、と答えます。ミマアキはクラトに、山社の祈祷女(イノリメ)の長であるイスズと副長のウズメがどこかに向かう様子を見るよう促します。ミマアキは二人がどこに向かうのか知りませんでしたが、日見子(ヤノハ)の命令であることは知っていました。クラトは、ヤノハを偽物の日見子と考えていたはずのイスズとウズメがヤノハの命に従っていることに驚きます。イスズとウズメは日見子様にあっという間に魂を奪われ、もはや日見子様の言うがままだ、とミマアキに説明を受けたクラトは、日見子(ヤノハ)様は恐ろしいお方だ、と呟きます。日見子様は頭脳明晰にして言葉巧みで、ケシの実の幻覚作用を実に上手く使う、とミマアキはクラトに説明します。何から何まで計算ずくか、と呟くクラトに、日見子様は頭が違う、とミマアキは言います。我々山社の兵はどうするのか、とクラトに問われたミマアキは、日見子様にかける、と宣言します。兵士が慌ただしくでる様子を見たミマアキが、父も日見子様に加勢するだろう、と予想すると、ミマト将軍はタケルを裏切るのか、とクラトは驚きます。

 以夫須岐では、鞠智彦がイサオ王と対面していました。イサオ王は50代くらいのようです。イサオ王にとって現在の悩みは、南方より多くの野蛮人が流れ着くのに、暈からは後漢に行けないことでした。イサオ王の居室には、1年前に後漢に派遣された使者の頭蓋骨が置かれています。使者は、亶州まではたどり着けたものの、夷州(台湾でしょうか)に着く前に海の藻屑と消えたようだ、とイサオ王は鞠智彦に説明します。会稽郡は鞠智彦たちが思っている以上に遠いようです。倭の統一のためには後漢への朝貢が必須なので、那を攻め落として韓(カラ)への航路を確保するしかない、とイサオ王は鞠智彦に説明します。鞠智彦は、那との戦のことでイサオ王に相談します。イサオ王は、自分の息子のタケルは足手まといか、と鞠智彦に尋ねます。鞠智彦の力でタケルを日見彦に仕立て上げたまではよかったものの、タケルは自分を真の生き神と勘違いしたようだな、荷が重かったか、とイサオ王は鞠智彦に確認します。鞠智彦は明確に返答しませんでしたが、イサオ王は、鞠智彦が自分の評価を肯定した、と判断したようです。イサオ王に新たな日見子(ヤノハ)について尋ねられた鞠智彦は、本物かは分からないものの、豪胆で頭が切れる、と答えます。新たな日見子を操れるか、とイサオ王に問われた鞠智彦は、分かりません、と答えます。イサオ王は、もし新たな日見子を操れるようなら、生かす道もある、と鞠智彦に言います。

 山社では、那軍との戦いで前線にいたはずの暈軍の兵士千人が山社に押し寄せる、との情報を聞いたミマト将軍が困惑していました。配下から、ミマト将軍が新たな日見子を擁立した、との噂が暈で流れており、日見彦たるタケル王の命により、山社に軍が派遣されるのだろう、と聞いたミマト将軍は、自分が謀反を起こしたというのか、といきり立ちます。暈の国境の警護を怠るとは愚かだ、と吐き捨てるように言うミマト将軍にたいして、現在那軍と対峙しているのはオシクマ将軍率いる僅かな兵のみで、もう一人のテヅチ将軍はタケル王と行動を共にしている、と報告します。ミマト将軍は、那のトメ将軍を侮ったな、これで暈軍の敗戦は濃厚と呟きます。父親であるミマト将軍に、イスズとウズメの動向を尋ねられたイクメは、ヤノハが本物の日見子であることをヒルメに伝えるために、二人とも夜中に、暈にある「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)に向かった、と伝えます。するとミマト将軍は不敵な笑みを浮かべ、日見子殿は勝ったようだな、今すぐ会いたい、と娘のイクメに伝えます。

 その頃、タケル王が率いる軍は、険しい山中を進んでいました。行軍が止まった理由をタケル王から問われたテヅチ将軍は、夜通しの行軍で兵が疲れている、と答えます。すると、輿に乗っているタケル王は、自分はまったく疲れていないと言い、テヅチ将軍は困惑します。四大将軍の一人と言われるテヅチ将軍がこれほど弱気とは、那軍に手こずる理由がよく分かった、とタケル王は嘆息します。しかしテヅチ将軍は引き下がらず、百戦錬磨のミマト将軍が率いる難攻不落の山社を攻めるので、兵の英気を養うためにも時間が必要だ、とタケル王に進言します。するとタケル王は、戦にはならない、千人の兵で山社を囲むだけだ、ミマト将軍は呆気なく降参し、偽の日見子(ヤノハ)を差し出すだろう、と言います。テヅチ将軍が、とても信じられないといった様子で、そうでしょうか、と躊躇いつつ言うと、自分がそう言うのだからそうなる、とタケル王は自信満々に言います。タケル王はテヅチ将軍に、戦にはならないので小休止は不要、すぐに兵を進めよ、と命じます。タケル王は、父のイサオ王に見限られているように、日見彦として崇められるうちに自分を本当に神と認識し、万能感に囚われてしまったのでしょうか。

 山社の楼観では、ミマト将軍が日見子たるヤノハと対面し、タケル王が日見子殿の身柄を渡すよう攻めて来るそうです、と伝えます。つまり謀反人の汚名を着せられたわけですね、とヤノハに問われたミマト将軍は、そのようだ、と答え、覚悟を決めた表情で、タケル王が自分を信じないなら、もはや忠義には及ばない、とヤノハに言います。戦の準備を始めようとしたミマト将軍は、戦の結果をどう予測するのか、ヤノハに尋ねます。ヤノハは自信満々に、戦は起きない、自分が起きないといったら起きないのだ、と答えます。その起きない戦の勝敗はどうなるのか、とミマト将軍に問われたヤノハは、ミマト将軍の大勝利だ、と答えます。ミマト将軍は楼観から配下のオオヒコを呼び、戦の準備を命じます。ミマト将軍が、敵は日見子様に謀反を起こした逆賊のタケル王と力強く宣言し、ヤノハが不敵な笑みを浮かべているところで、今回は終了です。


 今回も、日見子と宣言したヤノハをめぐる人々の思惑が描かれました。ミマト将軍は恩人の鞠智彦を裏切るわけにはいかないと言って、ヤノハを日見子として擁立することにずっと消極的でした。しかし、娘のイクメに懇願され、逃亡を見逃す、というところまで妥協していたのですが、ヤノハが流した噂により追い詰められ、ヤノハを日見子として擁立し、決起する決断を下しました。ヤノハは、配下のヌカデを那軍のトメ将軍と接触させ、暈軍が手薄な隙に、那軍が大河(筑後川と思われます)を渡って暈軍を攻撃するよう、工作しています。暈軍が山社に到達する直前か直後に、那軍が暈軍を攻撃したとの報告が入り、暈軍は退却する、とヤノハは計画しているのでしょう。ここまでは、ヤノハの計画通り進んでいるように思います。

 しかし、今回初登場となったイサオ王はいかにも大物といった感じですし、それは鞠智彦も同様なので、ヤノハの計画通りに事態が進むわけではなさそうです。イサオ王は息子のタケル王が日見彦の器に相応しくないと考えており、ヤノハを操れるようなら、新たな日見子として認めることも想定しているようです。ただ、鞠智彦もそうですが、イサオ王は暈による倭国統一を考えているようですから、各国の独立と王の存在を認めようとしているヤノハとは、提携できそうにありません。もちろん、どちらかが妥協・従属する展開も考えられますが、ヤノハとイサオ王の人物造形からも、『三国志』からも、日見子(卑弥呼)たるヤノハと暈国(狗奴国)は対立を続けることになりそうです。

 今回初登場となるクラトは、ミマアキと恋愛関係にあります。単に、日見子・日見彦に仕える男は女との性交が禁止されている、ということを説明するだけのキャラかもしれませんが、モブ顔ではないので、あるいは今後重要な役割を担うかもしれません。同じく初登場で、ややモブ顔ながら注目されるのは、ミマト将軍の配下のオオヒコです。この名前は、四道将軍の一人である大彦命(孝元天皇の息子)を連想させます。百年振りに出現した真の日見子でありながら、ヤノハに殺されたモモソの名は倭迹迹日百襲姫命(孝霊天皇の娘)に由来するでしょうから、本作の人物は、『日本書紀』の天皇では第8代孝元天皇から第9代開化天皇の世代に相当しそうです。また、ミマアキという名前は、『日本書紀』の御間城入彦五十瓊殖天皇、つまり第10代崇神天皇を想起させますから、いずれは、現在の主要人物が現在の奈良県、具体的には纏向遺跡一帯に移り、ヤマト王権を樹立するのではないか、と予想しています。まあ、私の予想的中立は低いので、もっとひねってくる可能性が高いかな、とも思いますが。現在の舞台は九州ですが、今回もイサオ王が後漢に言及したように、やがては日本列島に留まらず、アジア東部にまで拡大する壮大な話になりそうなので、今後の展開をたいへん楽しみにしています。

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