タンパク質解析が明らかにする人類進化

 人類進化の理解にタンパク質解析が有益なことを報告した解説(Warren., 2019B)が公表されました。古代DNA研究は近年飛躍的に発展しており、人類史の理解を大きく進展させました。しかし、古代DNA研究には制約もあります。まず、時間的制約があり、10万年以上前の人類のDNA解析成功例はたいへん少なく、最古の事例は43万年前頃のスペイン北部のホモ属集団です(関連記事)。次に、環境の制約があり、高温地域は寒冷地域よりもDNAが残存しにくくなります。そのため、低緯度地帯では中緯度以上の地帯よりも古代DNA研究がずっと困難となります。

 こうした制約から、人類進化史の重要な問題を古代DNA研究で解明するのは困難になっています。たとえば、70万年前頃のハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や現生人類(Homo sapiens)との関係です。ハイデルベルク人はネアンデルタール人と現生人類の共通祖先なのか、それともネアンデルタール人のみの祖先系統なのか、あるいは両者の共通祖先系統とは異なる系統なのか、古代DNA研究で結論を提示することはきわめて困難です。また、高温地域のフローレス島で発見されたホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)は、10万年前以降も存在していましたが、ホモ・エレクトス(Homo erectus)の子孫なのか、それともより祖先的な(アウストラロピテクス属的特徴をより多く残している)系統から進化したのか、古代DNA研究では判断が困難です。これは、同じく高温地帯のルソン島で発見された、67000~50000年以上前のホモ属の新種ルゾネンシス(Homo luzonensis)に関しても同様です(関連記事)。

 そこで注目されているのがタンパク質解析です。タンパク質はDNAよりも長く残存する、とされています。早くも1950年代には、化石からアミノ酸が確認されました。しかし、古代のタンパク質の配列決定に必要な技術が確立したのは、現代のタンパク質を分析する質量分析法が応用されるようになった21世紀になってからです。質量分析法は本質的に、タンパク質を結合ペプチド(アミノ酸の短い鎖)に分解し、それらの質量を分析して化学的構成を推定します。質量分析計を用いた動物考古学(ZooMS)と呼ばれるこの方法では、1種類のコラーゲンが分析されます。

 これにより、南シベリアのアルタイ地域のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された2000個以上の小さく断片的な骨の中から、人類の骨が識別されました(関連記事)。現在、この技術の適用により、アジアの人類の骨の確認が進められています。ただ、ZooMSでは詳細な系統区分は困難なので、そのためにはタンパク質の総体(プロテオーム)を解析することが必要となります。これはZooMSよりずっと多くの情報をもたらしますが、その解釈は面倒です。プロテオーム解析(プロテオミクス)により得られた情報を危地の配列と照合することで、コラーゲンや他のタンパク質の正確な配列を同定できます。次に、この新たに決定されたタンパク質配列を他の人類集団と比較し、系統樹を作成します。これは古代DNA研究と類似しています。

 プロテオミクスには、古代DNA研究の困難な年代や地域の人類の系統関係を明らかにする可能性があります。じっさい、チベット高原東部で発見された16万年以上前の人類の骨が、タンパク質分析により種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と確認されました(関連記事)。また、絶滅したサイのステファノリヌス(Stephanorhinus)属のタンパク質も解析されています。チベット高原東部のデニソワ人のタンパク質が歯の内部の象牙質から得られたのにたいして、ステファノリヌス属のタンパク質は歯を覆うエナメル質から得られました。エナメル質は脊椎動物の体内で最も硬い物質で、アミノ酸の浸出を防ぎます。180万年前頃のジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡で発見された動物遺骸のプロテオーム解析からは、絶滅したケブカサイ(Coelodonta antiquitatis)との密接な関連が指摘されています。北極圏で発見された340万年前頃のラクダからのコラーゲン配列も報告されており、タンザニアで発見された380万年前頃のダチョウの卵殻からもタンパク質の配列が報告されています。このダチョウの卵殻が発見された場所の年間平均気温は約18℃で、とくに寒冷な環境ではありません。これは、比較的高温な地域の更新世人類のタンパク質解析の成功も期待させる結果です。

 ただ、古代プロテオミクスには困難や問題も指摘されています。これまで、古代の人類のタンパク質配列をかなり容易に推定できたのは、すでにゲノム配列の得られているデニソワ人とネアンデルタール人と現生人類が対象だったからです。これにより、タンパク質配列を予想できます。しかし、ゲノム配列の得られていない人類に関しては、タンパク質配列は困難となります。また、古代の人類のタンパク質は小さな断片に分解され、現代のタンパク質で汚染されていることが多いことも課題となります。

 古代の歯と骨に含まれるタンパク質の数は少ないため、標本の識別に使用できる情報は比較的少なく、チベット高原東部のデニソワ人では、8種類の異なるコラーゲンから2000をわずかに超えるアミノ酸が同定されました。これらのアミノ酸のうち1種類だけがネアンデルタール人および現生人類とは異なっており、デニソワ人と分類される根拠となりました。そのため、エレクトス標本からタンパク質の配列を決定できても、現生人類や他のホモ属との関係について判断できるほどの充分な情報は得られないかもしれない、と指摘されています。

 一方、古代DNAではずっと多くの情報を得ることができます。また、タンパク質は骨の構造を形成するという重要な機能を担うことが多いため、進化につれて変化するとは限りません。たとえば、エナメル質に特有のタンパク質は、デニソワ人とネアンデルタール人と現生人類では同じです。これは他の大型類人猿とは異なるので、よりデニソワ人やネアンデルタール人や現生人類より古い人類集団のタンパク質を配列できれば、いつ人類系統においてこのタンパク質への変化が起きたのか、明らかにできるかもしれません。また、タンパク質配列が古代の人類集団でどのように異なるのか、ほとんど明らかになっておらず、デニソワ人に関しても、他の個体では異なっていた可能性も指摘されています。

 古代プロテオミクスに関して懸念されているのは、かつて古代DNA研究では、1990年代~2000年代初頭にかけて、中生代の生物のDNA解析に成功した、と派手に報道されたことがあったものの、その後に試料汚染や方法論の問題から否定されたからです。そのため、プロテオミクスでも同様のことが起きるのではないか、と懸念する研究者は少なくないようです。一方、プロテオミクスにおける方法論の進展も見られ、380万年前頃の卵殻のタンパク質配列に関しては、タンパク質が卵殻のミネラルクリスタルの表面に結合している、と明らかになり、現代までタンパク質が残存していた理由も説明されました。こうしたタンパク質が残存している理由の説明は、プロテオミクスをより堅牢なものとします。古代プロテオミクスには、古代DNA研究では困難な人類進化史に関する問題を明らかにする可能性が秘められているという点で、今後の研究の進展が大いに期待されます。


参考文献:
Warren M.(2019B): Move over, DNA: ancient proteins are starting to reveal humanity’s history. Nature, 570, 7762, 433–436.
https://doi.org/10.1038/d41586-019-01986-x

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック