アフリカにおける現代人系統と未知の人類系統との交雑

 アフリカにおける現生人類の人口史に関する研究(Lorente-Galdos et al., 2019)が公表されました。現生人類(Homo sapiens)の起源はアフリカにあり(関連記事)、ゲノム規模解析でもミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)でもY染色体DNAハプログループ(YHg)でも、現代人において最も早く分岐した系統は、アフリカの狩猟採集民集団です。現生人類はアフリカからユーラシアへと拡散し、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった先住人類と交雑しました(関連記事)。一方、アフリカに留まった現生人類に関しては、「純粋なサピエンス」との認識も見られますが(関連記事)、アフリカにおける現生人類と遺伝学的に未知の人類系統との交雑を指摘する見解もあります(関連記事)。

 本論文は、アフリカ全土の多様な生態系および生活様式と主要な語族を網羅する15集団の21人と、ユーラシアの4人を対象として、高網羅率(21.01~46.63倍)のゲノム配列を決定しました。この21人は全員男性で、mtHgとYHgも決定されました。本論文はこのデータから、アフリカ人集団における人口史と過去の交雑を検証しました。全体としてアフリカの個体群は遺伝的に、コイサン、ピグミー、サハラ砂漠以南農耕民、北部の4集団に区分されます。サハラ砂漠以南の農耕民集団はほとんど、狩猟採集民系統をいくらか有しています。その割合はおもに集団間の地理的距離と関連しています。コイサンなどの狩猟採集民集団との地理的距離が近い農耕民集団では、狩猟採集民系統の割合が増加します。サハラ砂漠以南のアフリカでは、狩猟採集民集団は農耕民集団よりも遺伝的に多様で、本論文はこれをバンツー語族集団の拡大と関連している、と推測しています。

 サハラ砂漠以北となるリビア人のようなアフリカ北部集団は、サハラ砂漠以南のアフリカ集団よりもユーラシア集団(その中でも東部よりも西部の方)と近縁で、サハラ砂漠はアフリカの人類集団にとって大きな障壁となっていたかもしれません。一方、アフリカ北部集団とユーラシア西部集団の遺伝的近縁性から、現生人類の移動にとって地中海よりもサハラ砂漠の方が大きな障壁だった、と考えられます。また、アフリカ北西部・北部中央・中央部北方の集団において近親交配の痕跡が確認されましたが、その程度の推定のためには、より多くの標本が必要になる、と本論文は指摘しています。アラビア人集団とイラン人集団では、歴史的に近親交配の頻度が高かった、と推測されていますが(関連記事)、アフリカの一部集団でも同様なのか、注目されます。

 有効人口規模は、10万年前頃まではアフリカとユーラシアの各地域集団でほぼ同じです。これは、現代人の各地域集団への分岐が10万年前頃以降に始まった可能性を示唆しています。ただ、コイサン集団系統の分岐はもっとさかのぼる可能性が高そうです。ユーラシア集団とアフリカ北部集団では10万~4万年前頃まで有効人口規模が減少し、その後も1万年前頃までは有効人口規模が小さかったのにたいして、サハラ砂漠以南のアフリカ集団は10万年前頃から1万年前頃近くまでほぼ一貫してユーラシアおよびアフリカ北部集団よりも有効人口規模がずっと大きく、同じく人口減少を経ているものの、減少率はユーラシアおよびアフリカ北部集団よりも低くなっています。バカピグミーでは3万年前頃に有効人口規模が急増していますが、これが人口の増加もしくは分離と混合のどれに起因するのか推測するには、今後の分析が必要になる、と本論文は指摘しています。

 本論文は古代型人口(集団)との交雑関係について、6通りのモデルを検証しました。現生人類は、アジア東部(EAs)、ヨーロッパ(Eu)、サハラ砂漠以南アフリカ西部(WAf)、ムブティピグミー(Mbt)、コイサン(Kho)が、非現代人系統では、アルタイ地域の東方ネアンデルタール人(N)および非アフリカ系現代人の共通祖先と交雑したネアンデルタール人系統(NI)、ネアンデルタール人やデニソワ人と近縁で現生人類系統と交雑したと推定されるゴースト集団(Xn)、アルタイ地域のデニソワ人(DI)、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と分岐したゴースト集団(Xe)、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と分岐した後の現生人類系統から現代人系統と分岐した推定上のアフリカ系統(XAf)が検証対象とされました。6通りのモデルのうち、Bの可能性が最も高い、という結果が得られました。以下に掲載する本論文の図4に、6通りのモデルが示されています。
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 現生人類とは異なる系統のネアンデルタール人およびデニソワ人との交雑については、じゅうらいの見解と同じく、アフリカ北部およびユーラシア集団で低頻度ながら見られたのにたいして、サハラ砂漠以南のアフリカ集団では見られませんでした。本論文は、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と分岐した後の現生人類系統から現代人系統と分岐した推定上のアフリカ系統(XAf)が、サハラ砂漠以南のアフリカ集団の複数系統(コイサン、ムブティピグミー、西部)と10万年前~5万年前頃にかけて交雑した、と推定しています。ただ、本論文はネアンデルタール人系統とデニソワ人系統との分岐を43万年前頃と推定しており、これは新しすぎるのではないか、と思います(関連記事)。本論文の見解に関しては今後さらに研究が進むでしょうが、アフリカの環境条件を考えると、ネアンデルタール人やデニソワ人のような非現生人類のDNA解析はおそらく無理でしょう。そうすると、研究の進展には現代人のゲノム規模データの蓄積が必要となります。上述のように、アフリカに留まった現生人類(Homo sapiens)は「純粋なサピエンス」との認識もネットではよく見られるので、この問題に関する研究の進展が大いに期待されます。


参考文献:
Lorente-Galdos B. et al.(2019): Whole-genome sequence analysis of a Pan African set of samples reveals archaic gene flow from an extinct basal population of modern humans into sub-Saharan populations. Genome Biology, 20, 4, 77.
https://doi.org/10.1186/s13059-019-1684-5

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