ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先と未知の人類との交雑(追記有)

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の共通祖先と未知の人類との交雑の可能性を指摘した研究(Rogers et al., 2019B)が公表されました。本論文はまだ査読中なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、興味深い内容なので取り上げます。本論文の見解の概要は、すでに第88回アメリカ自然人類学会総会で報告されていました(関連記事)。デニソワ人については最近まとめ(関連記事)、後期ホモ属の複雑な交雑パターンについては以前まとめましたが(関連記事)、本論文のような新たな知見によりますます複雑になってきた感があります。追いかけていくのは大変ですが、少しでも多く当ブログで取り上げ続けていく予定です。

 本論文は、現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人やデニソワ人といった後期ホモ属の系統および交雑関係とその年代や、人口規模を検証しています。本論文は図にて、現生人類をアフリカ系統(X)とヨーロッパ系統(Y)に区分し、ネアンデルタール人系統(N)およびデニソワ人系統(D)のランダムなヌクレオチドに見られる派生アレル(対立遺伝子)の頻度を調べました。また、ネアンデルタール人に関しては、高品質なゲノム配列の得られている、東方のアルタイ地域系(関連記事)のAと西方のクロアチア系(関連記事)のVに区分されています。各系統の小文字は、ヌクレオチド部位パターンを示します。XYのような組み合わせはX(アフリカ系現生人類)とY(ヨーロッパ系現生人類)の共通祖先系統を表し、xynのような組み合わせは、アフリカ系現生人類とヨーロッパ系現生人類とネアンデルタール人のランダムなヌクレオチドが有する派生アレルです。

 本論文は、各系統のヌクレオチド部位パターン頻度の違いから、最も可能性の高いホモ属系統関係を推測しています。それは、XYNDがまずXYとNDに分岐した後、それぞれXとY、またNとDに分岐した、というものです。ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の共通祖先系統であるNDを、本論文はネアンデルソヴァン(neandersovan)と呼んでいます。さらに、XYNDと分岐した「超古代型人類」の存在が想定され、これはSと表されています。もちろん、「超古代型人類」とはいっても遺伝学的に未知というだけで、既知の人類化石の中にこの系統に分類できるものがあるかもしれません。超古代型人類からデニソワ人への遺伝子流動はすでに以前から指摘されており(関連記事)、本論文でも改めて確認されましたが、本論文では、超古代型人類からネアンデルソヴァンたるNDへの遺伝子流動も推定されています。この他に、以前より指摘されていた、ネアンデルタール人系統からヨーロッパ系現生人類(というか、非アフリカ系現代人)への遺伝子流動と、XとYが分岐する前の現生人類系統からネアンデルタール人系統への遺伝子流動も改めて確認されました。これらの関係は、以下に引用する本論文の図1にまとめられています。
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 超古代型人類であるS系統とXYND系統との分岐年代は、前提とする変異率により異なってくるのですが、本論文は200万年前頃と推定しています。これは、アフリカからユーラシアに拡散した最古の人類集団である初期ホモ属を表しているのではないか、と本論文は推測しています。ただ、中国北部で212万年前頃の石器が発見されていることから(関連記事)、人類の出アフリカはもっとさかのぼる可能性もあります。そうした人類は、現代人やネアンデルタール人やデニソワ人といったゲノム解析されている人類に遺伝的影響を残さなかったのかもしれません。また、初期ホモ属もしくはXYND系統はアフリカではなくユーラシアで進化したかもしれませんが、その可能性は低い、と私は考えています(関連記事)。

 本論文は、研究により違いの大きい、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分岐年代も詳しく検証しています。本論文の筆頭著者のロジャース(Alan R. Rogers)氏は、以前の研究(関連記事)では25660世代前(744000年前頃)と推定していました。本論文では、731000年前頃と推定されています。しかし、381000年前頃(関連記事)との見解や44万~39万年前頃との見解もあります(関連記事)。本論文は、中期更新世早期となる60万年前頃、アシューリアン技術(Acheulean)を有してヨーロッパに出現したホモ属をネアンデルタール人系統と考えています。しかし、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分岐を40万年前頃とする見解では、60万年前のヨーロッパのホモ属は、後に後にアフリカから拡散してきた系統に置換されて絶滅し、ネアンデルタール人系統ではない、とも想定されています。

 本論文は、この問題の解明の手がかりとして、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された43万年前頃の人類集団を重視しています。SH集団は、核DNA解析では、SH集団はネアンデルタール人と近縁と推定されており(関連記事)、43万年前頃というSH集団の推定年代は、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分離よりも後となります。そうすると、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分岐年代をし、381000年前頃や44万~39万年前頃と推定する見解は、SH集団の存在と矛盾することになります。しかし、本論文の見解はSH集団の存在と矛盾せず、本論文の見解が妥当だと思われます。

 さらに本論文は、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の推定分岐年代が異なる理由も検証しています。その一因は、分子時計、つまり前提としている変異率が異なるからです。しかし、本論文の分子時計では381000年前頃は502000年前頃と修正されますが、それでも本論文の提示する731000年前頃よりずっと新しくなります。本論文はこの違いの他の要因として、本論文が後期ホモ属における複雑な進化モデルを想定しているからではないか、と推測しています。それは、超古代型人類とネアンデルソヴァンおよびデニソワ人との交雑という、複数回の交雑事象です。

 本論文とロジャース氏の以前の研究では、ネアンデルタール人の人口規模の推定が異なっています。以前の研究では、ネアンデルタール人の人口は他の研究の推定よりかなり大きかった、と推定されていました。ネアンデルソヴァン系統は人口が減少し、ネアンデルタール人系統はデニソワ人系統との分岐後に人口が数万人規模まで増加していき、各地域集団に細分化されていった、というわけです。しかし、本論文におけるネアンデルタール人の推定人口規模は、他の研究により近くなっています。

 この違いは、本論文のより複雑な交雑モデルが原因ではありません。なぜならば、以前の研究で採用された、1回の遺伝子流動事象を想定したモデルでも類似した結果が得られるからです。以前の研究との本論文の違いは、クロアチアのネアンデルタール人の高品質なゲノム配列も対象としていることです。以前の研究が公表された時点では、クロアチアのネアンデルタール人の高品質なゲノム配列はまだ公表されていませんでした。クロアチアのネアンデルタール人のゲノム配列がなければ、依然としてネアンデルタール人の大きな人口規模が推定されます。また、超古代型人類の人口規模はネアンデルタール人やデニソワ人よりも大きく、10000~46000人と推定されています。

 本論文と以前の研究との違いとしては、超古代型人類とXYND系統も含む他のホモ属系統との推定分岐年代もあります。以前の研究では、この分岐年代は140万~90万年前頃と推定されており、最初の人類がユーラシアに拡大した190万年前頃よりもずっと後のことでした。しかし本論文は、この超古代型人類はXYND系統も含む他のホモ属系統と200万年前頃に分岐したと推定しており、それはアフリカからユーラシアに拡大した最初の人類系統だろう、と指摘しています。また本論文は、この超古代型人類は、ネアンデルソヴァンと交雑した系統と、デニソワ人と交雑した系統の少なくとも2系統に分岐していっただろう、と推測しています。

 本論文は、人類史におけるアフリカからユーラシアへの主要な拡大は3回だった、と指摘します。最初はXYND系統も含む他のホモ属系統と分岐した超古代型人類系統による190万年以上前の拡散、2回目は70万年前頃のネアンデルソヴァン(ND系統)、3回目は5万年前頃の現生人類です。2回目と3回目の時点では、ユーラシアに先住人類が存在した、と本論文は指摘します。アフリカからユーラシアに拡散したネアンデルソヴァンはユーラシアに先住していた超古代型人類と交雑してほぼ置換し、同様のことが、アフリカからユーラシアに拡散した現生人類とユーラシアに先住していたネアンデルタール人およびデニソワ人との間にも起きたのだろう、と本論文は指摘します。本論文の見解は、SH集団も考慮に入れた場合、おおむね妥当なものだろう、と思います。もちろん、現生人類のアフリカからの拡散が5万年前頃よりもさかのぼり、複数回起きた可能性も低くなさそうですから(関連記事)、後期ホモ属の進化史はさらに複雑になっていきそうで、整理するのも大変になりそうですが、できるだけ最新の知見を取り入れて追いついていきたいものです。


参考文献:
Rogers AR. et al.(2019B): Neanderthal-Denisovan ancestors interbred with a distantly-related hominin. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/657247


追記(2020年2月24日)
 本論文が『Science Advances』誌に掲載されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。トラックバック機能が廃止になっていなければ、トラックバックを送るだけですんだので、本当に面倒になりました。

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