最古のオルドワン石器とその技術的系統
最古のオルドワン(Oldowan)石器とその技術的系統に関する研究(Braun et al., 2019)が報道されました。解説記事もあります。この研究はオンライン版での先行公開となります。近年まで、最初の石器群はオルドワン(Oldowan)とされていて、エチオピアのゴナ(Gona)で発見された258万~255万年前頃の石器が最古と考えられていました。近年になって、ケニアの西トゥルカナ(Turkana)のロメクウィ(Lomekwi)3遺跡で発見された石器群の年代が330万年前頃と報告され、石器の年代が一気にさかのぼりました(関連記事)。この石器群はロメクウィアン(Lomekwian)と分類されています。
本論文は、エチオピアのアファール州のレディゲラル(Ledi-Geraru)調査区域のボコルドラ1(Bokol Dora 1)遺跡(BD1)の石器群の年代と、その技術的系統を報告しています。BD1石器群はオルドワンと分類され、その年代は火山灰層のアルゴン-アルゴン法と古地磁気測定により258万年以上前と推定されました。BD1石器群は現時点では最古のオルドワンとなります。BD 1石器群は、おもに単純な石核と剥片から構成され、その64%は細粒流紋岩で作られており、当時は容易に入手可能でした。共伴した動物化石から、258万年前頃のBD1遺跡一帯は開放的な草原だったと推測されています。BD1石器群は
BD1石器群は、他の早期オルドワン・後期オルドワン・早期アシューリアン(Acheulean)・ロメクウィアン・チンパンジーなど現生非ヒト霊長類の用いた石と比較されました。ロメクウィアンについては実験考古学的手法から、チンパンジーのような石を叩いて用いる強打志向の技術的段階と、オルドワン以降の剥片指向の技術的段階との中間的な製作技術段階が評価されていました(関連記事)。この評価が妥当だとすると、霊長類に広く見られる道具使用から、ロメクウィアン段階を経てオルドワン段階へと発展した、という図式が描けそうです。
しかし本論文は、石器群の統計的パターンの詳細な分析により、ロメクウィアンと最初期オルドワンや現生非ヒト霊長類の道具との間の技術的関連はほとんどない、との結論を提示しています。ロメクウィアンと最初期オルドワンとの大きな違いは、前者にはなくて後者にはある、大きな石核から鋭利な剥片を体系的に製作する技術です。本論文は、オルドワンが非ヒト霊長類にも広く見られる道具使用とは明らかに異なるとして、オルドワンの意義を指摘します。また本論文は、鮮新世において人類系統では多様な道具使用が始まっており、そうした中から派生的特徴を有するオルドワン石器群の製作が始まった可能性を提示しています。ロメクウィアンもそうした鮮新世における多様な道具使用の一例で、石器の開発は人類史において何度も独立して起きたかもしれない、と本論文は指摘します。ロメクウィアンとオルドワンに直接的な技術的関係はないだろう、と私は考えていたので(関連記事)、本論文の見解は意外ではありませんでした。
本論文は、オルドワン出現の背景として、環境および人類の表現型の変化との関連を指摘しています。上述のように258万年前頃のBD1遺跡一帯は開放的な草原でしたが、350万~300万年前頃は森とまばらな樹木の混在する環境でした。350万~300万年前頃には、BD1遺跡の近隣でアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)が発見されています。一方、BD1遺跡も含まれるレディゲラル調査区域では、280万~275万年前頃のホモ属的な下顎が発見されています(関連記事)。アウストラロピテクス属と比較して、このホモ属的な下顎の歯は縮小しています。より精巧な剥片石器の使用による食料の加工が、より効率的な栄養摂取および歯の縮小と関連しているのではないか、というわけです。おそらく、本論文のこの見通しは妥当だと思いますが、その確証には、260万年以上前の石器と人類遺骸のさらなる発見が必要となるでしょう。
参考文献:
Braun DR. et al.(2019): Earliest known Oldowan artifacts at >2.58 Ma from Ledi-Geraru, Ethiopia, highlight early technological diversity. PNAS, 116, 24, 11712–11717.
https://doi.org/10.1073/pnas.1820177116
本論文は、エチオピアのアファール州のレディゲラル(Ledi-Geraru)調査区域のボコルドラ1(Bokol Dora 1)遺跡(BD1)の石器群の年代と、その技術的系統を報告しています。BD1石器群はオルドワンと分類され、その年代は火山灰層のアルゴン-アルゴン法と古地磁気測定により258万年以上前と推定されました。BD1石器群は現時点では最古のオルドワンとなります。BD 1石器群は、おもに単純な石核と剥片から構成され、その64%は細粒流紋岩で作られており、当時は容易に入手可能でした。共伴した動物化石から、258万年前頃のBD1遺跡一帯は開放的な草原だったと推測されています。BD1石器群は
BD1石器群は、他の早期オルドワン・後期オルドワン・早期アシューリアン(Acheulean)・ロメクウィアン・チンパンジーなど現生非ヒト霊長類の用いた石と比較されました。ロメクウィアンについては実験考古学的手法から、チンパンジーのような石を叩いて用いる強打志向の技術的段階と、オルドワン以降の剥片指向の技術的段階との中間的な製作技術段階が評価されていました(関連記事)。この評価が妥当だとすると、霊長類に広く見られる道具使用から、ロメクウィアン段階を経てオルドワン段階へと発展した、という図式が描けそうです。
しかし本論文は、石器群の統計的パターンの詳細な分析により、ロメクウィアンと最初期オルドワンや現生非ヒト霊長類の道具との間の技術的関連はほとんどない、との結論を提示しています。ロメクウィアンと最初期オルドワンとの大きな違いは、前者にはなくて後者にはある、大きな石核から鋭利な剥片を体系的に製作する技術です。本論文は、オルドワンが非ヒト霊長類にも広く見られる道具使用とは明らかに異なるとして、オルドワンの意義を指摘します。また本論文は、鮮新世において人類系統では多様な道具使用が始まっており、そうした中から派生的特徴を有するオルドワン石器群の製作が始まった可能性を提示しています。ロメクウィアンもそうした鮮新世における多様な道具使用の一例で、石器の開発は人類史において何度も独立して起きたかもしれない、と本論文は指摘します。ロメクウィアンとオルドワンに直接的な技術的関係はないだろう、と私は考えていたので(関連記事)、本論文の見解は意外ではありませんでした。
本論文は、オルドワン出現の背景として、環境および人類の表現型の変化との関連を指摘しています。上述のように258万年前頃のBD1遺跡一帯は開放的な草原でしたが、350万~300万年前頃は森とまばらな樹木の混在する環境でした。350万~300万年前頃には、BD1遺跡の近隣でアウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)が発見されています。一方、BD1遺跡も含まれるレディゲラル調査区域では、280万~275万年前頃のホモ属的な下顎が発見されています(関連記事)。アウストラロピテクス属と比較して、このホモ属的な下顎の歯は縮小しています。より精巧な剥片石器の使用による食料の加工が、より効率的な栄養摂取および歯の縮小と関連しているのではないか、というわけです。おそらく、本論文のこの見通しは妥当だと思いますが、その確証には、260万年以上前の石器と人類遺骸のさらなる発見が必要となるでしょう。
参考文献:
Braun DR. et al.(2019): Earliest known Oldowan artifacts at >2.58 Ma from Ledi-Geraru, Ethiopia, highlight early technological diversity. PNAS, 116, 24, 11712–11717.
https://doi.org/10.1073/pnas.1820177116
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