チンパンジーによるカメの捕食(追記有)

 チンパンジー(Pan troglodytes)によるカメの捕食に関する研究(Pika et al., 2019)が報道されました。長い間、道具の使用はヒトに特有と考えられていましたが、今では、ラッコ(Enhydra lutris)のような哺乳類だけではなく、カレドニアガラス(Corvus moneduloides)のような鳥類でも確認されています。他の非ヒト動物と比較して、チンパンジーはひじょうに多様な技術を用いることが確認されています。たとえば、一部のチンパンジーは道具を使用して根茎や球根を掘って食べます(関連記事)。また、チンパンジーが昆虫・鳥類・哺乳類・腹足類など多様な動物を食べることも確認されています。しかし、チンパンジーが習慣的に爬虫類を食べることは確認されていませんでした。チンパンジーが何らかの道具による打撃技術を用いて、カメを食べることもある、との見解も提示されていましたが、直接的証拠は得られていませんでした。

 本論文は、ガボンのロアンゴ国立公園(Loango National Park)のレカンボ(Rekambo)集団の中央部集団チンパンジー(Pan troglodytes troglodytes)によるモリセオレガメ(Kinixys erosa)の捕食行動を、2016年7月から2018年5月まで観察しました。この行動は繰り返されているため、習慣的と考えられます。チンパンジーによるモリセオレガメの捕食事象は、成体の雄7頭および雌1頭と青年期の雄1頭および雌1頭の計10頭で38回確認されており、そのうち34回で成功しています。この捕食で最も頻繁な行動順序は、まずチンパンジーがモリセオレガメを発見して捕獲し、木の幹のような固い表面(地面の場合もあります)でカメの腹甲を片手で打ち砕いた後に、木に登って肉を食べる、というものです。本論文は、チンパンジーが、ナッツ類と殻の硬い果実や、カタツムリのような食料の中身を取り出すための打ち壊し技術として、硬い表面に叩きつけるかハンマーを使うのかについて、この知見が新たな手掛かりをもたらした、と評価しています。

 この捕食事象では注目すべき内容が複数確認されました。まず、青年期の個体や成体雌はモリセオレガメを発見しても、自身で腹甲を叩き割って肉を食べることには失敗しています。これは、成体雄の強い筋力および長期の学習と実践が必要なためかもしれません。青年期の個体がモリセオレガメの腹甲を叩き割るのに失敗しても、他の成体雄に渡して、肉を食べることができました。これと関連して、捕食の現場に他の集団構成員がいる場合、モリセオレガメの肉は分け与えられました。そのさい、積極的な相互作用や服従を示す態度が見られないことから、本論文は平和的な獲物の共有と評価しています。

 モリセオレガメの捕食期間が限定的であることも注目されます。この捕食事象が確認されたのは、2016年7月、2017年5月~10月、2018年5月~6月の乾期のみでした。この理由として、本論文は複数の仮説を提示しています。まず、カメルーンとナイジェリアのモリセオレガメの活動が5月~10月の乾期に最も盛んとなり、11月~4月の雨期には休息することから、ガボンのモリセオレガメの活動パターンも同様だとすると、チンパンジーが乾期に動き回るモリセオレガメを見つけやすい、という仮説です。次に、乾期にはモリセオレガメが乾燥した落ち葉の間を移動するため、チンパンジーはその音により発見しやすい、という仮説です。また、チンパンジーにとって重要な食料資源の多様性と入手難易度は雨期と乾期で異なり、チンパンジーの活動範囲のパターンが雨期と乾期では異なる、という仮説です。どの仮説が妥当なのか、あるいは複数の仮説の組み合わせを考えるべきなのか、問題の解明には今後の研究が必要になる、と本論文は指摘します。

 本論文は、他のチンパンジー集団でカメの捕食が確認されていない理由として、生態的地位がほとんど重ならないことや、カメ以外の肉の入手が容易であることを挙げています。また本論文は、カメの腹甲を叩き割る打撃技術が1個体により発明され、社会的学習を通じて集団内に定着した可能性も提示しています。こうした要因の複合と考えるのが、現時点では妥当かもしれません。カメを発見する機会が少なく、また他の動物の捕食が比較的容易な環境では、わざわざ食べるのに手間のかかるカメを食べようと判断する個体はいないのでしょう。

 本論文が重視しているのは、樹上でモリセオレガメの肉を半分ほど食べたチンパンジーが、残りの肉を木に置いて他の木に移って一晩休憩し、朝になるとモリセオレガメの肉を残してきた木に戻って残りの肉を食べた、という観察事例です。これについて本論文は、鳥類や肉食動物や齧歯類で確認されている、食料蓄蔵行為と類似性を指摘しています。しかし本論文は、チンパンジーがわざわざ木に肉を残してきており、地面に肉を落としたわけではないことから、この説明には否定的です。もう一方の説明は、チンパンジーは未来を認識でき、意図的に木に残りの肉を置いてきた、というものです。こうした未来を認識して計画できる能力は、ヒトだけのものだと長年考えられてきました。しかし本論文は、飼育下ではカワラバト(Columba livia)や大型類人猿などでも確認されていることから、チンパンジーの認知能力は高度で柔軟であり、おそらく将来の計画立案も可能だろう、と推測しています。本論文が指摘するように、チンパンジーなど非ヒト霊長類の行動研究は、人類進化史の研究にも役立つと期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


モリセオレガメを捕食するチンパンジーが初めて観察されたことについて報告する論文が、今週掲載される。

 モリセオレガメを捕食するチンパンジーが初めて観察されたことについて報告する論文が、今週掲載される。

 チンパンジーはさまざまな動物を狩猟し、その肉を摂取することがすでに知られているが、これまでカメを捕食するチンパンジーの直接観察はなかった。

 今回、Simone Pikaたちの研究グループは、ロアンゴ国立公園(ガボン)に生息するRekambo群集の野生チンパンジー(Pan troglodytes troglodytes)の群れにおける捕食行動について説明している。Pikaたちは2016年7月から2018年5月までの期間中に、これらの野生チンパンジーのうち10個体によるモリセオレガメ(Kinixys erosa)の捕食事象を計38例(うち捕食に成功したのは34例)観察した。カメの捕食は、研究対象となった雄の成体チンパンジーのほとんど、あるいは全ての個体で頻繁に観察され、獲物の発見、それに続く木の幹のような固い表面でカメの腹甲を片手で打ち砕くという独特な一連の行動によって構成されていた。その後、チンパンジーは肉を食べるために木に登った。観察された捕食事象38例のうち23例では、捕食に成功したチンパンジーが、同じ群れの他の個体(カメの腹甲を打ち砕けなかった個体を含む)と肉を分け合った。

 チンパンジーは、多種多様な道具の使用方法を発達させてきたことが知られており、例えば、槍のような道具を使って穴の中にいる獲物を捕らえることができる。今回の研究での観察結果は、チンパンジーが、ナッツ類と殻の硬い果実、カタツムリのような食料の中身を取り出すための打ち壊し技術として、硬い表面に叩きつけるかハンマーを使うのかについての新たな手掛かりをもたらした。また、この観察結果はチンパンジーの認知能力が大規模で柔軟なこと、そしておそらくは将来の計画立案を裏付けていると、Pikaたちは考えている。



参考文献:
Pika S et al.(2019): Wild chimpanzees (Pan troglodytes troglodytes) exploit tortoises (Kinixys erosa) via percussive technology. Scientific Reports, 9, 5704.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-43301-8


追記(2019年5月28日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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