現代日本人における「縄文人」の遺伝的影響

 現代日本人のうち、人数では圧倒的な割合を占める本州・四国・九州(「本土日本人」)の人々がどの程度「縄文人」の遺伝的影響を受けているのか、という問題については、複数の推定値が提示されています。「本土日本人」のゲノムに占める「縄文人」由来の領域の割合は、福島県相馬郡新地町の三貫地貝塚の3000年前頃の「縄文人」の研究では15%程度(関連記事)、愛知県田原市伊川津町貝塚の2600年前頃の「縄文人」のゲノムも解析したアジア南東部現代人集団の形成過程についての研究では21%程度(関連記事)、北海道礼文町の船泊遺跡の3800年前頃の「縄文人」の研究では10%程度(関連記事)と推定されています。

 これらのうち、高品質なゲノム配列が得られているのは船泊遺跡の「縄文人」なので、これが最も信頼できる推定値とは言えます。では、現代「本土日本人」のゲノムに占める「縄文人」由来の領域の割合は10%で確定なのかというとそうではなく、篠田謙一『日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造』は、現代「本土日本人」のゲノムに占める「縄文人」由来の領域の割合を20%程度と推定しています(関連記事)。「10%」という数字が、あたかも確定的であるかのごとくネットなどで喧伝される危険性には注意しなければならないでしょう。

 なぜこのような違いが生じるのかというと、ゲノム配列の品質の問題もあるのですが、重要なのは、どの「縄文人」集団が現代「本土日本人」により強く遺伝的影響を残したのか、ということです。『日本人になった祖先たち』は、東日本よりも西日本の「縄文人」の方が現代「本土日本人」により多くの遺伝的影響を残している、と推定しています。その意味で、愛知県の2600年前頃の「縄文人」のゲノム解析から、現代「本土日本人」のゲノムへの「縄文人」の影響が21%程度と推定されていることを考慮すると、西日本「縄文人」のゲノム解析結果からは、現代「本土日本人」のゲノムへの「縄文人」の影響が、25%程度かそれ以上になっても不思議ではないと思います。

 最近当ブログにて、現代日本人のY染色体DNAハプログループ(YHg)で30~40%と高い割合を占めるDの起源について、その多くが「縄文人」ではなく弥生時代以降の「渡来系」である可能性も考えられる、と述べました(関連記事)。しかし、現代「本土日本人」のゲノムに「縄文人」の中でより大きな影響を残したのが西日本集団だとすると、YHg-Dが西日本の「縄文人」である可能性もじゅうぶん考えられます。これについては、西日本だけではなく、ユーラシア東部の古代DNA研究が進まないと、なかなか確定的なことは言えないでしょう。

 このように、古代の人類集団の現代人のゲノムへの影響については、どの集団を対象とした比較かにより、推定値が異なってきます。古代人のゲノム解析事例はまだ少ないので、「縄文人」のように1個体もしくは2個体からのゲノム配列のみが比較の場合も多く、今後の研究の進展により、数値が変わってくる可能性は高いでしょう。A集団の現代人B集団への遺伝的影響とはいっても、A集団内部のA1集団とA2集団のどちらを比較対象として、どちらがB集団により強い遺伝的影響を残した集団と近縁なのかにより、推定値は変わってくる、というわけです。

 具体的には、たとえばネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の事例がそうです。以前には、ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列は南シベリアのアルタイ地域でしか得られていなかったのですが(関連記事)、その後、クロアチアでも、ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が得られました(関連記事)。非アフリカ系現代人全員の祖先集団が交雑したネアンデルタール人集団は、南シベリアのネアンデルタール人よりもクロアチアのネアンデルタール人の方と近いと推定されており、非アフリカ系現代人のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の推定値は、以前よりも高いと見直されました。同様のことが、「縄文人」の現代「本土日本人」への遺伝的影響についても言えるでしょう。

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