母親の存在により増加するボノボの雄の適応度

 ボノボ(Pan paniscus)の雄の適応度と母親の存在との関係についての研究(Surbeck et al., 2019)が報道されました。ほとんどの社会性哺乳類は母系社会なので、母親の支援および同居による適応的利益の研究は、おもに娘たちが対象とされてきました。しかし、母親が成体の息子と同じ集団にいる場合、息子の適応度を増大させるよう行動することも報告されています。たとえば、シャチの母親は息子を有望な狩猟場に導き、息子の生存率を向上させている、と考えられます。しかし、雄の繁殖成功への母親の影響を調査した研究はヒト以外にはほとんどありません。

 本論文は、ボノボの4集団39頭およびチンパンジー(Pan troglodytes)の7集団263頭の雄を対象に、母親の存在と雄の繁殖成功との関係を調査しました。ボノボもチンパンジーもともに父系的な社会を構築し、例外もあるとはいえ、基本的に雌は成長(性成熟)すると出生集団を離れていきます。ボノボもチンパンジーも、母親は息子の側で暮らし、雄間競争において息子を助けます。しかし、これまでの証拠から、ボノボの方は、息子の繁殖成功を増加させる、と示唆されています。たとえば、ボノボの母親はしばしば、息子を発情期の雌に接近できるような場所へと連れて行き、他の雄による干渉から息子の交配を保護し、息子が高い支配的地位を獲得して維持するのを助けます。一方、出生集団に留まる少ない娘たちにたいしては、母親は息子ほどには支援に熱心ではないようです。これは、ボノボの父系社会を前提とした適応的行動と解釈できるでしょう。

 こうしたボノボの母親の行動は、ボノボではチンパンジーよりも雌の社会的地位が高く、最高位が一貫して雌により占められているボノボにおいて、成体の雄が全ての雌に支配的であるチンパンジーより効果的と考えられます。じっさい、ボノボの調査の結果、母親とともに集団で生活している成体の雄は、そうではない雄よりも約3倍(3.14倍)子を儲ける可能性が高い、と明らかになりました。対照的に、チンパンジーにおいて母親の存在は息子の繁殖成功と強い関係はなく、むしろ子を儲ける可能性はやや低いと明らかになりました(1.26倍)。繁殖年齢の平均はボノボが21.8歳、チンパンジーが23.3歳です。

 ヒトとシャチにおいては、母親の存在・行動が直系子孫(子および孫)の適応度と関連している、との知見が得られています。これは、雌が閉経後も長く生きるという珍しいパターンの進化と関連している、と考えられてきました。野生のボノボの長期生存率データはまだ得られていませんが、飼育下のデータは、チンパンジーよりもボノボの方が生存率は高いかもしれないと示唆しており、この仮説と一致します。また、雌が閉経後も長く生きるような生活史は、雌が出生集団から拡散するような父系的社会も含む、交配と拡散のシステム下で進化する可能性が高い、と理論的に予測されています。しかし、ボノボの雌は上述のような行動により息子を通じて自身の遺伝子を有する孫の数を増加させ得るものの、閉経後の生存期間は明らかに長くありません。この問題を解明するには、多くの種を対象とした長期の共同研究が必要になる、と本論文は指摘します。

 以前から、ボノボでは雌の社会的地位が高く、母と息子の絆が強くて雄の地位は母親に由来する、と指摘されており(関連記事)、本論文の見解は意外ではありませんでしたが、定量的な調査結果を報告したことには大きな意義があると思います。問題となるのは、本論文が指摘するように、ボノボにおいて雌が閉経後も長く生きるような生活史はなぜ進化しなかったのか、ということです。そうした生活史の進化は、ボノボにはなく、ヒトやシャチにはある選択圧が大きな役割を果たしたのかもしれません。それが何なのか、私の現在の見識では思いつかないので、今後の研究の進展を期待しています。


参考文献:
Surbeck M. et al.(2019): Males with a mother living in their group have higher paternity success in bonobos but not chimpanzees. Current Biology, 29, 10, R354–R355.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.03.040

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