樹脂の塊から解析されたスカンジナビア半島の中石器時代の古代DNA

 スカンジナビア半島の中石器時代の古代DNAに関する研究(Kashuba et al., 2019)が報道されました。古代DNA研究では、早期氷河期以後のヨーロッパには、ヨーロッパ西部狩猟採集民(WHG)・ヨーロッパ東部狩猟採集民(EHG)・スカンジナビア狩猟採集民(SHG)という3集団の存在が指摘されています。SHGはWHGとEHGの混合と推測されています(関連記事)。これは、最終氷期終了後のスカンジナビア半島への人類集団の移住に、南からの11500年前頃のWHG、北東からの10300年前頃のEHGという2経路があったことを示唆し、考古学的証拠とも一致します。この記事の年代は、放射性炭素年代測定法による較正年代です。ただ、DNAが解析されたSHGとヨーロッパ東部の早期石刃製作技術との直接的関連はまだ確認されていませんでした。この件もそうですが、古代DNA研究における問題の一つは、DNA解析された個体と物質文化とのつながりが明確でない場合も少なくないことです。

 本論文は、スウェーデンの中石器時代のヒューセビークレヴ(Huseby Klev)遺跡(HK遺跡)で発見された、カバノキ属の樹皮の樹脂の塊8点から3人(ble004・ble007・ble008)のDNAを解析しました。このうち女性は2人、男性は1人です。中部旧石器時代以降、カバノキ属の樹皮の樹脂の塊は石器製作で接着剤として使われていました。当時の人々はこの樹脂の塊を噛んで接着剤として用いており、じっさい、歯型が残っています。年代は10040~9610年前頃で、スカンジナビア半島で確認された人類のDNAとしては最古となります。DNA解析により3人のゲノム規模データが得られました。網羅率は0.10倍・0.11倍・0.49倍です。ble004とble007は二親等程度の関係と推測されています。ミトコンドリアDNAハプログループ(mtHg)は全員U5a2dと分類されました。

 ゲノム規模データからは、HK遺跡の3人がスカンジナビア半島の最初期人類集団と遺伝的にひじょうに近縁だと明らかになり、SHG をWHGとEHGの混合とする推測が改めて確認されました。また、HK遺跡ではヨーロッパ東部の石器技術の影響が確認されており、HK遺跡の3人のDNA解析は、SHGとヨーロッパ東部平原の石器技術との直接的関連を示したという点でも注目されます。HK遺跡の3人は、EHGよりもWHGの遺伝的影響が強い、と明らかになりました。以前の研究ではヨーロッパ東部平原文化の影響から、SHGにおけるEHGの強い遺伝的影響が想定されていました。本論文は、スカンジナビア半島における最初期人類集団では、遺伝子流動を伴わないような文化交流もあったのではないか、と推測しています。

 カバノキ属の樹皮の樹脂の塊には、乳歯で噛まれた痕跡もあることから、子供も作業に関わっていたと推測されます。上述のように、男女ともにこの作業に関わっていましたから、子供にはまだ性別分業が確立していなかった、とも考えられます。カバノキ属の樹皮の樹脂の塊のような咀嚼物は、人類の遺骸がなくとも、古代DNA研究を可能にしますから、今後大きく古代DNA研究を発展させるのではないか、と期待されます。また本論文は、こうした咀嚼物が当時の環境・生態系・口腔微生物叢の情報源となり得ることを指摘しており、この点での研究の進展も楽しみです。


参考文献:
Kashuba N. et al.(2019): Ancient DNA from mastics solidifies connection between material culture and genetics of mesolithic hunter–gatherers in Scandinavia. Communications Biology, 2, 185.
https://doi.org/10.1038/s42003-019-0399-1

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