ボノボと未知の類人猿系統との交雑

 ボノボ(Pan paniscus)と未知の類人猿系統との交雑に関する研究(Kuhlwilm et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ボノボとチンパンジー(Pan troglodytes)は現代人(Homo sapiens)にとって最近縁の現生種です(関連記事)。現代人も含めて大型類人猿(ヒト科)の各系統間の推定分岐年代はまだ確定したとは言えない状況でしょうが、オランウータン・ゴリラ・チンパンジーおよびボノボ・現代人の最終共通祖先からまずオランウータン系統が分岐し、次にゴリラ・チンパンジーおよびボノボ・現代人の最終共通祖先からゴリラ系統が分岐し、その後でチンパンジーおよびボノボ系統と現代人系統が分岐し、最後にチンパンジー系統とボノボ系統が分岐した、という順番はほぼ間違いなさそうです。

 最近の研究では、現代人・チンパンジー(およびボノボ)・ゴリラの共通祖先系統とオランウータン系統が1590万年前頃、現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラ系統が910万年前頃、現代人系統とチンパンジー系統とが660万年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。チンパンジー系統とボノボの系統の推定分岐年代も確定していませんが、255万~145万年前頃との見解も提示されており(関連記事)、ボノボとチンパンジーの共通祖先の一部集団が、180万もしくは100万年前頃のひじょうに乾燥した期間に水量の低下したコンゴ川の浅瀬を渡ってコンゴ川の南側に達し、ボノボに進化したのではないか、とも推測されています(関連記事)。現生ボノボのミトコンドリアDNA(mtDNA)の推定合着年代は95万年前頃で、その後にボノボは西方へと拡散した、と推測されています。

 チンパンジー系統はこの後、西部集団(Pan troglodytes verus)・ナイジェリア-カメルーン集団(Pan troglodytes ellioti)・中央部集団(Pan troglodytes troglodytes)・東部集団(Pan troglodytes schweinfurthii)という4系統(亜種)に分岐していきました。まず、633000~544000年前頃に、東部集団および中央部集団の系統と西部集団およびナイジェリア-カメルーン集団の系統が分岐した後、25万年前頃に西部集団の系統とナイジェリア-カメルーン集団の系統が、182000~139000年前頃に東部集団の系統と中央部集団の系統が分岐した、と推定されています(関連記事)。こうした交雑は、寒冷期にコンゴ川の水位が低下したために起きたのだろう、と推測されます。

 おそらくは100万年以上前に分岐しただろうボノボ系統とチンパンジー系統との間に、その後で交雑が起きた、との見解も提示されています(関連記事)。ボノボ系統は、まず55万~20万年前頃にチンパンジーの東部集団および中央部集団の共通祖先系統と、次にチンパンジーのナイジェリア-カメルーン集団の系統と、さらに20万年前頃以降にチンパンジーの中央部集団の系統と交雑した、と推測されています。本論文はさらに、古代型系統のゲノムが存在しない場合の遺伝子移入を同定するために開発された方法を用いて、チンパンジーとボノボのゲノム解析による偶然では説明しにくい変異の多さから、ボノボと絶滅した未知の類人猿系統(ゴースト集団)の交雑を推定しています。一方チンパンジーには、この未知の類人猿系統との交雑の痕跡は検出できませんでした。この「ゴースト集団」は、チンパンジーおよびボノボの共通祖先系統と330万年前頃に分岐し、ボノボ系統とは637000~377000年前頃に交雑した、と推定されています。

 本論文は、複数のボノボのゲノムから、最大で4.8%ほどの「ゴースト集団」のゲノムを復元しています。注目されるのは、この「ゴースト集団」のゲノムは、ボノボの染色体に均一に分布しているわけではない、ということです。ボノボの常染色体における「ゴースト集団」の遺伝的影響は3%以下ですが、各染色体により「ゴースト集団」由来の領域の割合は異なります。さらに、常染色体ではなくX染色体では、とくに「ゴースト集団」の影響が低くなっています。これらの知見は、ボノボ系統において「ゴースト集団」との交雑において、適応度を上げる遺伝子も下げる遺伝子も流入したことを示唆します。また本論文は、「ゴースト集団」から流入した遺伝子がボノボの脳・腎臓・免疫システムに影響を与えた可能性も指摘しています。本論文の提示する系統間の関係と交雑は、図3にまとめられています。
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 ヒト科においては、現代人も含まれる後期ホモ属において、異なる系統間の複雑な交雑があった、と推測されています(関連記事)。現代人系統と分岐した後のチンパンジーおよびボノボ系統も、おそらくは同様だったのでしょう。さらに霊長類に範囲を広げると、ヒヒ属の異なる系統間で複雑な交雑があった、と推測されています(関連記事)。霊長類にいて、異なる系統間の交雑は珍しくなかったのでしょう。一方で、こうした交雑が適応度を下げる場合もあり、各系統の分離を固定化した、という側面も多分にあったのでしょう。現代人系統と分岐した後のチンパンジーおよびボノボ系統の中新世~更新世の化石はほとんど見つかっておらず、今後も期待しにくいだけではなく、発見されてもDNA解析はかなり困難でしょうから、絶滅系統の存在および現生種との交雑関係を明らかするような本論文の手法は、低緯度地域の生物の進化史の復元で大いに役立つことが期待されます。私の見識・能力では追いつくことも難しいのですが、今後の研究の進展が楽しみですから、できるだけ追いかけていきたいものです。


参考文献:
Kuhlwilm M. et al.(2019): Ancient admixture from an extinct ape lineage into bonobos. Nature Ecology & Evolution, 3, 6, 957–965.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0881-7

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