シチリア島の上部旧石器時代早期の痕跡の見直し

 シチリア島の上部旧石器時代早期の痕跡の見直しに関する研究(Di Maida et al., 2019)が公表されました。地中海における広く認められている航海は、上部旧石器時代早期の文化であるオーリナシアン(Aurignacian)期までさかのぼる、とされています。その根拠は、シチリア島のリパロ・ディ・フォンターナ・ヌオーヴォ(Riparo di Fontana Nuova)遺跡(以下、RFN遺跡と省略します)の石器群が、オーリナシアンと分類されていることです。本論文は、シチリア島には上部旧石器時代早期から人類が存在していたのか、改めて検証しています。

 本論文は、まずRFN遺跡の動物遺骸の年代を測定しました。標本は、現生人類(Homo sapiens)が2点、イノシシ(Sus scrofa)が1点・アカシカ(Cervus elaphus)が7点です。放射性炭素年代測定法による較正年代(以下の年代はすべて較正されています)では、これらの遺骸は9910~9700年前と8600~8480年前の間に位置づけられます。つまり、RFN遺跡の年代は、旧石器時代どころか中石器時代になるわけです。では、オーリナシアンと分類された石器群はどうなるのかというと、近年では、オーリナシアンではなく、上部旧石器時代でもずっと後の時代の後期続グラヴェティアン(Late Epigravettian)に分類する見解も提示されています。本論文は、RFN遺跡の年代が後期続グラヴェティアン期でさかのぼる可能性も考慮しつつ、中石器時代である可能性を示唆し、今後の研究の進展を俟つ、としています。

 それはともかくとして、RFN遺跡が上部旧石器時代早期である可能性は低く、地中海における航海が上部旧石器時代早期までさかのぼることを主張できる確実な証拠はもうない、と本論文は指摘します。また本論文は、シチリア島における年代の得られている最古の遺跡は16900~15600年前のリパロ・デル・カステロ(Riparo del Castello)で、最古の人類遺骸はグロッタ・ディ・サン・テオドラ(Grotta Addaura Caprara)遺跡の15232~14126年前と、グロッタ・アダッウラ・カプララ(Grotta Addaura Caprara)遺跡の15950~15007年前となることから、シチリア島への人類最古の移住が最終氷期極大期(LGM)以降である可能性を指摘しています。つまり、シチリア島がイタリア半島南端と陸続きだった21500~20000年前頃にも、まだ人類はシチリア島に拡散していなかった、というわけです。

 RFN遺跡の動物遺骸の同位体も分析されており、現生人類標本2点(大臼歯と小臼歯)の組成がひじょうに類似しており、放射性炭素年代もたいへん近いことから、この2点は同一個体のものだろう、と推測されています。同位体分析からは、RFN遺跡の中石器時代の狩猟採集民が、おもに陸上動物、おそらくはアカシカにタンパク質を依存しており、水生動物にも一部依存していた、と推定されています。これは、後期更新世~早期完新世の地中海の狩猟採集民と同様だと指摘されています。DNA解析では、現生人類標本2点のうち1点でヒト配列が同定されましたが、詳細な分析が可能なほどのDNAは得られませんでした。

 本論文は、上部旧石器時代早期における地中海での航海に関する確実な証拠はない、と指摘します。フローレス島(関連記事)やルソン島(関連記事)の事例から、渡海自体は現生人類ではない人類でも確認されています。しかし、航海となると、現生人類のみが可能だった、との見解が有力だと思います。近年になって、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)による地中海での航海の可能性も指摘されていますが(関連記事)、まだ広く認められているとはとても言えないように思います。しかし、ネアンデルタール人による航海の可能性は、それなりにあるように思いますので、地中海の島々での考古学的研究の進展が期待されます。


参考文献:
Di Maida G, Mannino MA, Krause-Kyora B, Jensen TZT, Talamo S (2019) Radiocarbon dating and isotope analysis on the purported Aurignacian skeletal remains from Fontana Nuova (Ragusa, Italy). PLoS ONE 14(3): e0213173.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0213173

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