ヨーロッパにおける旧石器時代の食人

 ヨーロッパにおける旧石器時代の食人について、2019年度アメリカ自然人類学会総会(関連記事)で報告されました(Bello et al., 2019)。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P16)。当ブログにてネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の食人について以前まとめましたが(関連記事)、食人行為は、その背徳性もあってか、関心が高いように思われます。人類学・考古学においても、とくに更新世の食人に関して激しい議論が続いています。

 論点の一つは、人類遺骸のさまざまな痕跡から食人行為を証明できるのか、ということです。しかし、少なからぬ人類遺骸の個々の事例で評価が分かれるとしても、更新世の人類社会において食人行為があったこと自体には、異論はほとんどないでしょう。それを踏まえたうえでさらに激しい議論となっているのは、食人行為の動機です。純粋に飢餓における栄養摂取だったのか、葬儀などの儀式だったのか、あるいは敵に対する復讐行為的なものだったのか、という問題です。

 本報告は、ヨーロッパにおける旧石器時代の食人と解釈されている事例を諸文献から集め、データを再評価しました。対象となった遺跡は複数のホモ属種と関連している60ヶ所以上で、そのホモ属種とは、アンテセッサー(Homo antecessor)とハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)とネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)です。本報告は、それらの遺跡のホモ属遺骸の解体痕や打撃痕や歯の痕跡の分布と頻度を検証しました。また本報告は、ホモ属と遺跡で発見された(ヒトを除く)動物の栄養価を評価しました。ホモ属の栄養価は、1個体あたりでは、大型草食動物よりも有意に低い、と評価されています(関連記事)。

 本報告は食人に関するデータの再評価の結果、時代が下るにつれて食人の頻度は増加し、ネアンデルタール人と現生人類ではより高い比率で見られる、と指摘します。また現生人類においては、儀式を伴うと考えられる食人の頻度も高くなっているそうです。調査対象となった遺跡で発見された(ヒトを除く)動物よりも、ホモ属の方が栄養価は顕著に低いことから、ヨーロッパにおける旧石器時代の食人の動機は純粋に栄養摂取的なものではなく、社会的もしくは文化的動機があったのではないか、と本報告は指摘しています。

 おそらく、ヨーロッパにおける旧石器時代の食人には、飢餓に迫られてのものもあるのでしょうが、儀式的なものも多く、それはネアンデルタール人と現生人類において高頻度だったのでしょう。もっとも、食人には社会的もしくは文化的動機があったとはいっても、その文脈がネアンデルタール人と現生人類とで大きく違っていた可能性もじゅうぶんありますし、ネアンデルタール人と現生人類それぞれで、集団間の違いもあったのでしょう。本報告は、ネアンデルタール人と現生人類との類似性を指摘する、近年のネアンデルタール人見直しの傾向(関連記事)に合致しているとも言えそうです。今後は、ヨーロッパ以外の地域での食人に関する研究の進展が期待されます。


参考文献:
Bello SM, Howe E, and Cole J.(2019): A review of prehistoric cannibalism in Europe: choice or necessity? The 88th Annual Meeting of the AAPA.

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