アジア東部における中期更新世ホモ属の多様性

 アジア東部における中期更新世ホモ属の多様性についての研究(Xing et al., 2019)が報道されました。本論文は、中華人民共和国貴州省桐梓(Tongzi)県の艶輝(Yanhui)洞窟で1972年と1983年に発見された4個の人類の歯(240000~172000年前頃)を、年代的には中期更新世後期、地理的にはアジア東部を中心としたホモ属の歯と比較しました。本論文はその結果、中期更新世のホモ属には複数の集団が存在した、と指摘します。一方は、分類学的に狭義のエレクトス(Homo erectus)として区分でき、北京市房山区の周口店(Zhoukoudian)や安徽省馬鞍山市和県(Hexian)や山東省沂源県(Yiyuan)のようなホモ属遺骸に代表されます。もう一方は、歯冠対称性などもっと後のホモ属に見られる派生的特徴を有する集団で、本論文は「非エレクトス」と呼んでいます。

 桐梓ホモ属には、強いシャベル状などアジア東部の中期更新世集団で一般的に見られる特徴をいくつか有しています。こうした特徴は、ジャワ島のサンギラン(Sangiran)遺跡の前期更新世ホモ属には存在しませんが、同じく前期更新世でも、雲南省楚雄イ族自治州元謀(Yuanmou)のホモ属には存在します。こうした特徴は一般的で、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)系統において強く現れています。しかし、桐梓ホモ属の歯冠の形状は、ネアンデルタール人やヨーロッパの他の前期および中期更新世ホモ属とは異なります。そうした特徴は、前期更新世および中期更新世中期のサンギランや周口店や和県のホモ属でも観察されており、早期および最近の現生人類の範囲に収まります。つまり、桐梓ホモ属には祖先的特徴と派生的特徴が混在している、というわけです。

 こうした類似点にも関わらず、桐梓ホモ属の歯にはアジア東部の中期更新世中期のエレクトスとは異なる点が見られます。全体として、桐梓ホモ属の歯は古典的なエレクトスの形態学的パターンに合致せず、古代型サピエンスや古代型ホモ属に分類できるかもしれません。しかし本論文は、「古代型」という用語には「祖先的」という意味があり、派生的特徴が軽視されている、と指摘します。アジアの中期更新世ホモ属の多様性の文脈では、桐梓や貴州省の盤縣大洞(Panxian Dadong)や河北省張家口市の許家窯(Xujiayao)のようなホモ属は、いくつかの祖先的特徴を保持しているにも関わらず、派生的特徴もあることに注目すべきである、というわけです。こうした集団の特徴はもっと後のホモ属標本と関連しており、「古代型」という用語では適切に把握できない、と本論文は指摘します。

 こうしたホモ属に関しては、ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)という種区分も提案されています。しかし、ハイデルベルゲンシスという種区分をめぐっては論争があり、合意も形成されていないことから(関連記事)、本論文は、これらの集団を「非エレクトス」アジア東部中期更新世人類と呼ぶよう、提案しています。本論文では分析・比較対象とされなかった遼寧省営口市の金牛山(Jinniushan)遺跡のホモ属遺骸も、「非エレクトス」に区分できる可能性がある、と指摘されています。

 これら「非エレクトス」アジア東部中期更新世人類は北緯40度35分から北緯24度41分に分布し、わずかにアジア東部のエレクトス(36万~10万年前頃)と重なります。さらに、アジアの前期更新世および中期更新世中期と許家窯ホモ属の歯冠の特徴から、狭義のエレクトスのゆっくりとした派生的特徴の進化と、典型的な「エレクトス」的特徴の喪失の可能性が指摘されています。一方本論文は、「非エレクトス」のアジア東部中期更新世人類が異なる系統を表している可能性も提案しています。また、アジア東部中期更新世後期のホモ属の歯には、現生人類(Homo sapiens)の範囲内に収まる特徴もあります。しかし、そうした派生的特徴はネアンデルタール人系統にも見られるので、「非エレクトス」と現生人類との関連を指摘するのには慎重でなければならない、と本論文は注意を喚起しています。

 現時点で利用可能な歯の証拠に基づくと、桐梓遺跡など非エレクトスのアジア東部中期更新世ホモ属は、現生人類系統もしくはネアンデルタール人系統に関連しているかもしれないものの、第三の系統を表しているかもしれない、と本論文は指摘します。最近のDNA研究により、中期~後期更新世にかけてアジアに存在する種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の存在が明らかになりました(関連記事)。しかし、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でのみ確認されているデニソワ人の形態学的情報は乏しいので、本論文では形態学的な比較対象とはできず、非エレクトスのアジア東部中期更新世人類のDNA情報は欠けているので、両集団間の直接的比較が妨げられています。これらの「非エレクトス」がデニソワ人である可能性もあるものの、現時点では確証がありません。なお、和県(関連記事)・サンギラン(関連記事)・元謀(関連記事)・許家窯(関連記事)のホモ属については、以前当ブログで取り上げました。


参考文献:
Xing S, Martinón-Torres M, and Castro JMB.(2019): Late Middle Pleistocene hominin teeth from Tongzi, southern China. Journal of Human Evolution, 130, 96–108.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.03.001

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック