アフリカのハイデルベルゲンシス

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の共通祖先について、2019年度アメリカ自然人類学会総会(関連記事)で報告されました(Mounier, and Lahr., 2019)この報告の要約はPDFファイルで読めます(P170)。20世紀初めにドイツのマウエル(Mauer)で発見されたホモ属の下顎は、ネアンデルタール人や現生人類やエレクトス(Homo erectus)といった当時の既知の人類遺骸と異なっていると考えられ、ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)という新たな種区分に分類されてきました。

 ハイデルベルゲンシスは、最近30年ほど、ネアンデルタール人と現生人類の共通祖先候補として注目されてきました。ネアンデルタール人と現生人類の分岐年代に関しては諸説ありますが(関連記事)、年代的には、中期更新世前期に存在したハイデルベルゲンシスは有力候補と言えるでしょう。そのため、ハイデルベルゲンシスをネアンデルタール人と現生人類の共通祖先とする見解は、21世紀にはかなり有力というか広く浸透してきたように思われます。

 しかし、本報告が指摘するように、ハイデルベルゲンシスの正基準標本とされるマウエル下顎と、ハイデルベルゲンシスと分類される標本群との間に、直接的な分類学的関連が示されねばなりません。本報告は、マウエル下顎とアフリカおよびヨーロッパの中期更新世化石記録との分類学的関連を検証し、ハイデルベルゲンシスがアフリカの分類群である可能性の高いことを指摘しています。アフリカにおいては、エチオピアで発見された85万年前頃のホモ属頭蓋が、前期更新世の最初期ホモ属であるエルガスター(Homo ergaster)および中期更新世のハイデルベルゲンシスと類似している、と指摘されています(関連記事)。アフリカにいたハイデルベルゲンシスのうち、ヨーロッパへと拡散した系統からネアンデルタール人が、アフリカに留まった系統から現生人類が進化した、というわけです。

 もっとも、ハイデルベルゲンシスについては、形態学的に多様性が大きく一つの種に収まらないほどの変異幅があるとか(関連記事)、マウエル下顎は現生人類とネアンデルタール人の共通祖先と考えるにはあまりにも特殊化しているとか(関連記事)、指摘されています。しかし、ハイデルベルゲンシスという種区分に拘らなければ、本報告の検証を踏まえると、アフリカにいた現生人類とネアンデルタール人の共通祖先のうち、ヨーロッパに拡散した系統も分岐していき、ネアンデルタール人系統やマウエル系統が出現した、と考えられ、これは現時点ではかなり有力な見解になると思います。

 ただ、現生人類とネアンデルタール人の共通祖先はアフリカからユーラシアに拡散した初期ホモ属の子孫で、そのうちの一部がアフリカに戻って現生人類へと進化した、との見解も提示されています(関連記事)。この見解も一定以上有力だと思いますが、その根拠は、ホモ属の出アフリカの回数が少なくなり節約的だから、というものです。しかし、ホモ属の出アフリカは、100万年以上の範囲で見ればさほど珍しいことではなく、何回もあった出アフリカのうち、ネアンデルタール人系統と関連がないものも少なからずあったのではないか、と私は考えています。また、ネアンデルタール人と近縁な、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が、ネアンデルタール人および現生人類の共通祖先系統と140万~90万年前頃に分岐したホモ属系統と交雑した、と推測されているように(関連記事)、ネアンデルタール人と現生人類の共通祖先系統のうちユーラシアへと拡散した系統が、先住のユーラシアのホモ属と交雑したこともあったのでしょう。


参考文献:
Mounier A, and Lahr MM.(2019): Was Homo heidelbergensis in Africa? The 88th Annual Meeting of the AAPA.

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