デニソワ人の頭蓋
南シベリアのアルタイ山脈の渓谷に位置するデニソワ洞窟(Denisova Cave)でのこれまでの研究成果と今後の展望を解説した記事(Callaway., 2019)が公表されました。デニソワ洞窟では種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の存在が確認されています。デニソワ人については以前まとめました(関連記事)。そこで述べましたが、デニソワ人は遺伝学的に定義された分類群という点で、他の人類とは異なります。デニソワ人の研究を制約しているのは、遺伝学的情報は豊富なのに、形態学的情報はきわめて少ないことです。一方、デニソワ人の候補とされる既知の人骨群は、形態学的情報はそれなりにあるのに、遺伝学的情報が皆無なので、デニソワ人と照合できません。そのため、デニソワ人の地理的範囲は、現時点ではデニソワ洞窟(とその周辺)でしか確認されていません。
この状況を解決するには、既知の人類遺骸でも新たに発見された人類遺骸でも、より保存状態の良好なもののDNA解析によりデニソワ人と確認することです。これにより、デニソワ人の形態学的情報が増え、既知の後期ホモ属遺骸がデニソワ人なのか、より識別しやすくなります。もう一つは、遺跡には断片的な動物遺骸が多く、ホモ属なのか他の動物なのか形態学的には識別困難なので、まずはホモ属の骨と確定したうえで、DNA解析を試みる方法です。DNAやペプチドの特異的配列パターンから物質を同定するコラーゲンフィンガープリント法では、小さく断片的な骨の種を同定できます。デニソワ洞窟で発見された重量1.68g・長さ24.7mm・幅8.89mの骨(DC1227)は、コラーゲンフィンガープリント法によりヒトだと同定され(ホモ属の各種までは区分できません)、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ではネアンデルタール人と分類されました(関連記事)。DC1227はデニソワ11(Denisova 11)と呼ばれており、ゲノム解析結果から、父親がデニソワ人で母親がネアンデルタール人と推定されています(関連記事)。デニソワ洞窟に限らず、アジアにおける断片的な人骨の特定・分析が進められており、デニソワ人の分布範囲も次第に明らかになってくるのではないか、と期待されます。また、環境DNA研究の古代DNA研究への応用により、ネアンデルタール人とデニソワ人の共存時期の推定も試みられています。すでにデニソワ洞窟では、デニソワ人のmtDNAが確認されており(関連記事)、デニソワ人の地理的範囲の推定への貢献が期待されます。
この解説記事で注目されるのは、2016年にデニソワ洞窟で発見された頭頂骨の一部からデニソワ人のmtDNAが確認された、ということです。この頭頂骨は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とデニソワ人と現生人類(Homo sapiens)の祖先だろうホモ・エレクト(Homo erectus)に少し類似していたそうです。ただ、得られた情報は少ないそうで、頭頂骨の他の部分、さらには完全な頭蓋骨の発見を目指す、とのことです。以前から指摘されていましたが、中国で発見された後期ホモ属遺骸のいくつかはデニソワ人ではないか、と推測されています。たとえば、河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で発見された、125000~105000年前頃の大きな脳のホモ属もその候補です(関連記事)。しかし、このホモ属の頭蓋とデニソワ洞窟で発見された頭頂骨とは類似していない、との指摘もあります。一方、同じ中国でも河北省張家口(Zhangjiakou)市陽原(Yangyuan)県の許家窯(Xujiayao)遺跡で発見された後期ホモ属の臼歯(関連記事)は、デニソワ人との類似性が指摘されています。ただ、霊井遺跡も含む中国の後期ホモ属遺骸からは、まだ人類のDNAは確認されていないそうです。タンパク質はDNAよりも残りやすいのですが、現時点ではデニソワ人と他のホモ属との区別がまだつかないので、デニソワ人と識別するには、より多くの変異を示すタンパク源の配列を決定する必要がある、と指摘されています。
デニソワ洞窟ではシカなどの動物の骨や歯を用いた道具や装飾品が発見されており、現生人類がヨーロッパに初めて拡散してきた時に見られる人工物と類似しています。デニソワ洞窟のこれらの道具や装飾品は上部旧石器時代初頭のもので、5万年前頃に始まる、と推測されています。デニソワ洞窟では50000~46000年前頃の人類遺骸が発見されているものの、DNA解析には成功しておらず、どの系統なのか不明です(関連記事)。デニソワ洞窟の装飾品の製作者に関して、ロシアの研究者たちはデニソワ人と、ヨーロッパ西方の研究者たちは現生人類と考えています。デニソワ洞窟は後期ホモ属の進化に関する膨大な情報をもたらしている重要な遺跡です。上述したように、残念ながらデニソワ人の地理的範囲はネアンデルタール人や現生人類と比較してほとんど分かっていませんが、現在では、デニソワ洞窟がデニソワ人や他の人類にとって進出可能な気候の期間の北部の前哨地だったのではないか、との見解が有力になりつつあるそうです。デニソワ人に限らず、デニソワ洞窟の後期ホモ属の研究の進展は、今後もできるだけ追いかけていき、当ブログで取り上げていくつもりです。
参考文献:
Callaway E.(2019): Siberia’s ancient ghost clan starts to surrender its secrets. Nature, 566, 7745, 473–476.
https://doi.org/10.1038/d41586-019-00672-2
この状況を解決するには、既知の人類遺骸でも新たに発見された人類遺骸でも、より保存状態の良好なもののDNA解析によりデニソワ人と確認することです。これにより、デニソワ人の形態学的情報が増え、既知の後期ホモ属遺骸がデニソワ人なのか、より識別しやすくなります。もう一つは、遺跡には断片的な動物遺骸が多く、ホモ属なのか他の動物なのか形態学的には識別困難なので、まずはホモ属の骨と確定したうえで、DNA解析を試みる方法です。DNAやペプチドの特異的配列パターンから物質を同定するコラーゲンフィンガープリント法では、小さく断片的な骨の種を同定できます。デニソワ洞窟で発見された重量1.68g・長さ24.7mm・幅8.89mの骨(DC1227)は、コラーゲンフィンガープリント法によりヒトだと同定され(ホモ属の各種までは区分できません)、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ではネアンデルタール人と分類されました(関連記事)。DC1227はデニソワ11(Denisova 11)と呼ばれており、ゲノム解析結果から、父親がデニソワ人で母親がネアンデルタール人と推定されています(関連記事)。デニソワ洞窟に限らず、アジアにおける断片的な人骨の特定・分析が進められており、デニソワ人の分布範囲も次第に明らかになってくるのではないか、と期待されます。また、環境DNA研究の古代DNA研究への応用により、ネアンデルタール人とデニソワ人の共存時期の推定も試みられています。すでにデニソワ洞窟では、デニソワ人のmtDNAが確認されており(関連記事)、デニソワ人の地理的範囲の推定への貢献が期待されます。
この解説記事で注目されるのは、2016年にデニソワ洞窟で発見された頭頂骨の一部からデニソワ人のmtDNAが確認された、ということです。この頭頂骨は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とデニソワ人と現生人類(Homo sapiens)の祖先だろうホモ・エレクト(Homo erectus)に少し類似していたそうです。ただ、得られた情報は少ないそうで、頭頂骨の他の部分、さらには完全な頭蓋骨の発見を目指す、とのことです。以前から指摘されていましたが、中国で発見された後期ホモ属遺骸のいくつかはデニソワ人ではないか、と推測されています。たとえば、河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で発見された、125000~105000年前頃の大きな脳のホモ属もその候補です(関連記事)。しかし、このホモ属の頭蓋とデニソワ洞窟で発見された頭頂骨とは類似していない、との指摘もあります。一方、同じ中国でも河北省張家口(Zhangjiakou)市陽原(Yangyuan)県の許家窯(Xujiayao)遺跡で発見された後期ホモ属の臼歯(関連記事)は、デニソワ人との類似性が指摘されています。ただ、霊井遺跡も含む中国の後期ホモ属遺骸からは、まだ人類のDNAは確認されていないそうです。タンパク質はDNAよりも残りやすいのですが、現時点ではデニソワ人と他のホモ属との区別がまだつかないので、デニソワ人と識別するには、より多くの変異を示すタンパク源の配列を決定する必要がある、と指摘されています。
デニソワ洞窟ではシカなどの動物の骨や歯を用いた道具や装飾品が発見されており、現生人類がヨーロッパに初めて拡散してきた時に見られる人工物と類似しています。デニソワ洞窟のこれらの道具や装飾品は上部旧石器時代初頭のもので、5万年前頃に始まる、と推測されています。デニソワ洞窟では50000~46000年前頃の人類遺骸が発見されているものの、DNA解析には成功しておらず、どの系統なのか不明です(関連記事)。デニソワ洞窟の装飾品の製作者に関して、ロシアの研究者たちはデニソワ人と、ヨーロッパ西方の研究者たちは現生人類と考えています。デニソワ洞窟は後期ホモ属の進化に関する膨大な情報をもたらしている重要な遺跡です。上述したように、残念ながらデニソワ人の地理的範囲はネアンデルタール人や現生人類と比較してほとんど分かっていませんが、現在では、デニソワ洞窟がデニソワ人や他の人類にとって進出可能な気候の期間の北部の前哨地だったのではないか、との見解が有力になりつつあるそうです。デニソワ人に限らず、デニソワ洞窟の後期ホモ属の研究の進展は、今後もできるだけ追いかけていき、当ブログで取り上げていくつもりです。
参考文献:
Callaway E.(2019): Siberia’s ancient ghost clan starts to surrender its secrets. Nature, 566, 7745, 473–476.
https://doi.org/10.1038/d41586-019-00672-2
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