パプア人系統とチベット人系統におけるデニソワ人との複数回の交雑(追記有)
パプア人系統(Jacobs et al., 2019A)とチベット人系統(Zhang et al., 2019)におけるデニソワ人(Denisovan)との複数回の交雑についての2019年度アメリカ自然人類学会総会(関連記事)での報告が報道されました。これらの報告の要約はPDFファイルで読めます(P112およびP281)。種区分未定のホモ属であるデニソワ人は南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でのみ確認されており、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や現生人類(Homo sapiens)との交雑が確認されているなど、遺伝学的情報は豊富に得られているものの、形態学的情報はほとんどありません(関連記事)。
一方の報告(Jacobs et al., 2019)は、インドネシアとパプアニューギニアの14集団の161人のゲノムを新たに解析しました。本報告は、この161人のゲノムにおけるデニソワ人やネアンデルタール人のような古代型ホモ属由来と推測されるハプロタイプを調査していき、デニソワ人との単一の交雑事象では説明できない配列を見出しました。本報告はそれらを3系統に区分しています。一つは、シベリアのデニソワ人と近縁なD0系統で、残りはD1およびD2系統です。推定分岐年代は、D0系統とD1系統が283000年以上前、D0およびD1の共通祖先系統とD2系統が363000年前頃です。本報告は、D0およびD1の共通祖先系統とD2系統の推定分岐年代がネアンデルタール人とデニソワ人のそれに近いことから、D2にはデニソワ人以外の新たな分類が必要かもしれない、と指摘しています。ネアンデルタール人やデニソワ人と近縁な遺伝学的に未知のホモ属と現生人類との交雑を指摘した研究(関連記事)とも整合的な見解と言えるかもしれません。
注目されるのは、D1系統由来と推測されるDNAはパプア人以外では見られず、さほど断片化されていないことです。これは、パプア人系統とデニソワ人のD1系統との交雑が比較的新しい年代であることを示唆します。本報告は、その年代が30000~15000年前頃と推定しています。さらに本報告は、D1系統の遺伝的影響がパプア人にしか見られないことから、D1系統はウォレス線以東のニューギニア島などの山地に3万年前頃以降も存在していた可能性を提示しています。
デニソワ人と現生人類との複数回の交雑の可能性は、昨年(2018年)提示されていました(関連記事)。その研究では、本報告のD0に相当する「北方系統」と、D1およびD2に相当する「南方系統」が想定されていました。しかし本報告は、さらに複雑な、少なくとも3回にわたるデニソワ人と現生人類との交雑の可能性を提示しています。インドネシアとパプアニューギニアの161人に見られるデニソワ人の遺伝子多様体には、免疫関連遺伝子(TNFAIP3)や食性関連遺伝子(WDFY2)があります。
ただ、デニソワ人に複数系統(集団)が存在したことを認めつつ、30000~15000年前頃というデニソワ人と現生人類との交雑年代には疑問を呈する見解もあります。現代人のゲノムに見られる孤立した集団との交雑の痕跡は、デニソワ人よりもむしろ、孤立した現生人類集団との遭遇と交雑を反映しているかもしれない、というわけです。この見解では、現生人類はデニソワ人と交雑した後で分岐し、相互に異なるデニソワ人遺伝子の組み合わせを保持していた、と想定されます。現時点では決定的な解釈の提示は困難ですが、ともかく、デニソワ人と現生人類との交雑は1回だけではなく、デニソワ人が多様な集団だった可能性はきわめて高いようです。
もう一方の報告(Zhang et al., 2019)は、チベット人系統におけるEPAS1遺伝子の高地適応と進化史を検証しています。現生人類は出アフリカ移住以降、さまざまな極限環境に居住してきました(関連記事)。その一例がチベット人で、高地の低酸素環境に適応しています。チベット人の高地への適応を可能としている遺伝的基盤の一つが、酸素供給の変化への生理学的反応を調節しているEPAS1遺伝子です。チベット人に見られるEPAS1遺伝子のハプロタイプの中には、デニソワ人に由来するものがあります(関連記事)。
本報告は、海抜3000~4800mの範囲に及ぶ148人のチベット人の、EPAS1領域を含むDNA配列を解析しました。その結果、EPAS1遺伝子の選択と酸素水準(標高)との間に相関が見られました。さらに、EPAS1領域においては、異なる遺伝子移入による2断片が識別されました。ネアンデルタール人とチベット人のEPAS1ハプロタイプの遺伝的分岐の比較により、チベット人に見られるEPAS1領域のハプロタイプは、ネアンデルタール人よりもデニソワ人の方にずっと近縁である、と明らかになりました。チベット人系統においても、デニソワ人との複数回の交雑があったのではないか、というわけです。
参考文献:
Jacobs GS. et al.(2019A): Multiple deeply divergent Denisovan ancestries in Papuans. The 88th Annual Meeting of the AAPA.
Zhang X. et al.(2019): High Altitude Adaptation and the Evolutionary History of EPAS1 Gene in Tibetan Population. The 88th Annual Meeting of the AAPA.
追記(2020年12月2日)
一方の報告(Zhang et al., 2019)が、査読前ながら論文として公表されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。
一方の報告(Jacobs et al., 2019)は、インドネシアとパプアニューギニアの14集団の161人のゲノムを新たに解析しました。本報告は、この161人のゲノムにおけるデニソワ人やネアンデルタール人のような古代型ホモ属由来と推測されるハプロタイプを調査していき、デニソワ人との単一の交雑事象では説明できない配列を見出しました。本報告はそれらを3系統に区分しています。一つは、シベリアのデニソワ人と近縁なD0系統で、残りはD1およびD2系統です。推定分岐年代は、D0系統とD1系統が283000年以上前、D0およびD1の共通祖先系統とD2系統が363000年前頃です。本報告は、D0およびD1の共通祖先系統とD2系統の推定分岐年代がネアンデルタール人とデニソワ人のそれに近いことから、D2にはデニソワ人以外の新たな分類が必要かもしれない、と指摘しています。ネアンデルタール人やデニソワ人と近縁な遺伝学的に未知のホモ属と現生人類との交雑を指摘した研究(関連記事)とも整合的な見解と言えるかもしれません。
注目されるのは、D1系統由来と推測されるDNAはパプア人以外では見られず、さほど断片化されていないことです。これは、パプア人系統とデニソワ人のD1系統との交雑が比較的新しい年代であることを示唆します。本報告は、その年代が30000~15000年前頃と推定しています。さらに本報告は、D1系統の遺伝的影響がパプア人にしか見られないことから、D1系統はウォレス線以東のニューギニア島などの山地に3万年前頃以降も存在していた可能性を提示しています。
デニソワ人と現生人類との複数回の交雑の可能性は、昨年(2018年)提示されていました(関連記事)。その研究では、本報告のD0に相当する「北方系統」と、D1およびD2に相当する「南方系統」が想定されていました。しかし本報告は、さらに複雑な、少なくとも3回にわたるデニソワ人と現生人類との交雑の可能性を提示しています。インドネシアとパプアニューギニアの161人に見られるデニソワ人の遺伝子多様体には、免疫関連遺伝子(TNFAIP3)や食性関連遺伝子(WDFY2)があります。
ただ、デニソワ人に複数系統(集団)が存在したことを認めつつ、30000~15000年前頃というデニソワ人と現生人類との交雑年代には疑問を呈する見解もあります。現代人のゲノムに見られる孤立した集団との交雑の痕跡は、デニソワ人よりもむしろ、孤立した現生人類集団との遭遇と交雑を反映しているかもしれない、というわけです。この見解では、現生人類はデニソワ人と交雑した後で分岐し、相互に異なるデニソワ人遺伝子の組み合わせを保持していた、と想定されます。現時点では決定的な解釈の提示は困難ですが、ともかく、デニソワ人と現生人類との交雑は1回だけではなく、デニソワ人が多様な集団だった可能性はきわめて高いようです。
もう一方の報告(Zhang et al., 2019)は、チベット人系統におけるEPAS1遺伝子の高地適応と進化史を検証しています。現生人類は出アフリカ移住以降、さまざまな極限環境に居住してきました(関連記事)。その一例がチベット人で、高地の低酸素環境に適応しています。チベット人の高地への適応を可能としている遺伝的基盤の一つが、酸素供給の変化への生理学的反応を調節しているEPAS1遺伝子です。チベット人に見られるEPAS1遺伝子のハプロタイプの中には、デニソワ人に由来するものがあります(関連記事)。
本報告は、海抜3000~4800mの範囲に及ぶ148人のチベット人の、EPAS1領域を含むDNA配列を解析しました。その結果、EPAS1遺伝子の選択と酸素水準(標高)との間に相関が見られました。さらに、EPAS1領域においては、異なる遺伝子移入による2断片が識別されました。ネアンデルタール人とチベット人のEPAS1ハプロタイプの遺伝的分岐の比較により、チベット人に見られるEPAS1領域のハプロタイプは、ネアンデルタール人よりもデニソワ人の方にずっと近縁である、と明らかになりました。チベット人系統においても、デニソワ人との複数回の交雑があったのではないか、というわけです。
参考文献:
Jacobs GS. et al.(2019A): Multiple deeply divergent Denisovan ancestries in Papuans. The 88th Annual Meeting of the AAPA.
Zhang X. et al.(2019): High Altitude Adaptation and the Evolutionary History of EPAS1 Gene in Tibetan Population. The 88th Annual Meeting of the AAPA.
追記(2020年12月2日)
一方の報告(Zhang et al., 2019)が、査読前ながら論文として公表されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。
この記事へのコメント