レヴァントオーリナシアン特有の象徴的な遺物
取り上げるのが遅れてしまいましたが、レヴァントオーリナシアン(Levantine Aurignacian)の象徴的な遺物に関する研究(Tejero et al., 2018)が公表されました。オーリナシアン(Aurignacian)はユーラシアにおける現生人類(Homo sapiens)の拡散の指標とされる文化であり、高い関心が寄せられてきました。オーリナシアンは、ヨーロッパにおいては、プロトオーリナシアン(Proto-Aurignacian)、早期オーリナシアン(Early Aurignacian)、発展オーリナシアン(Evolved Aurignacian)などと分類されています。
レヴァントオーリナシアンは、少なくとも部分的には、ヨーロッパの発展オーリナシアンと年代が重なっている、と推測されています。ヨーロッパの複数段階のオーリナシアンとレヴァントオーリナシアンとの関係は議論になっています。それは、中部旧石器時代~上部旧石器時代への移行期において、ヨーロッパの早期上部旧石器文化はレヴァントなどアジア南西部に起源があると考えられるものの、レヴァントオーリナシアンの年代は、ヨーロッパのプロトオーリナシアンよりも遅いからです。またレヴァントオーリナシアンは、前後の時代のレヴァントの文化よりも、ヨーロッパ西部の古典的オーリナシアンの方と類似している、とも指摘されています。そのため、上部旧石器時代早期において、ヨーロッパのプロトオーリナシアンの担い手の一部がレヴァントに「戻り」、レヴァントオーリナシアンの出現に影響を及ぼした、との見解も提示されています(関連記事)。
本論文は、イスラエルの低地ガリラヤ地域のハヨニム洞窟(Hayonim Cave)の、レヴァントオーリナシアン期となるD層で発見された刻み目のある骨について報告しています。これはガゼルの肩甲骨8点と舌骨1点で、顕微鏡分析から、単なる解体痕(cut marks)ではなく、むしろ意図的な人為的刻印と推測されています。本論文はこれを、象徴的遺物と解釈しています。線刻のある象徴的遺物は中期石器時代のアフリカやレヴァントも含むユーラシアの上部旧石器時代において発見されていますが、レヴァントでは発見事例が少ない、と本論文は指摘しています。また、線刻のある象徴的遺物の中には、現生人類だけではなくネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)所産のものもあることも、本論文は指摘しています(関連記事)。
本論文はハヨニム洞窟で発見された刻み目のある骨に関して、集団内および集団間の特定の情報の伝達に用いられた可能性を提示しています。紋章のようなものだったのではないか、というわけです。顕微鏡分析では、個人的装飾品として用いられたような摩耗痕が見られないからです。また、こうした線刻に関しては、月相の記録とする見解もあります。しかし、本論文で分析対象とした骨はおそらく一度に同じ石器で刻まれており、この見解は成立しないだろう、と本論文は指摘しています。
広く中期石器時代のアフリカや上部旧石器時代のユーラシア(ネアンデルタール人の遺物に関しては中部旧石器時代ですが)に見られる線刻のある遺物ですが、地域的特徴もそれぞれ見られます。ヨーロッパの早期オーリナシアンでは、刻み目のある遺物の素材は、トナカイやアカシカやウシやマンモスの骨・枝角・牙など多様です。一方、レヴァントオーリナシアンの刻み目のある遺物はガゼルのみで、しかも、ほぼ肩甲骨に限定されています。この点で、ヨーロッパの早期オーリナシアンの多様性と、レヴァントオーリナシアンの均一性は対照的です。
ガゼルはレヴァントのハヨニム洞窟やマノット洞窟(Manot Cave)遺跡で最も広範に狩られていた動物であり、その肩甲骨と舌骨は薄くて脆いので刻みやすいので、ガゼルの肩甲骨と舌骨が線刻の対象として選ばれたことは不思議ではない、と本論文は指摘します。しかし、ハヨニム洞窟のレヴァントオーリナシアン層では、アカシカやキツネやウマなどの歯で作られたペンダントが発見されており、線刻の対象としてガゼルの骨が選ばれたのには意味があり、それは集団内および集団間の特定の情報の伝達に用いられたからではないか、と本論文は推測しています。
本論文は、ヨーロッパのオーリナシアンと比較して、レヴァントオーリナシアンにおいて線刻対象の素材の対象範囲が狭かったのは、レヴァントオーリナシアンの存続期間がより短く、またその地理的範囲もずっと狭かったからではないか、と推測しています。本論文は、ヨーロッパのオーリナシアンの多様性にたいして、レヴァントオーリナシアンの均質性と共同体間の強い結びつきの可能性を指摘しています。なかなか興味深い見解で、さらに対象となる地域・時代を拡大しての比較研究の進展が期待されます。
参考文献:
Tejero JM. et al.(2018): Symbolic emblems of the Levantine Aurignacians as a regional entity identifier (Hayonim Cave, Lower Galilee, Israel). PNAS, 115, 20, 5145–5150.
https://doi.org/10.1073/pnas.1717145115
レヴァントオーリナシアンは、少なくとも部分的には、ヨーロッパの発展オーリナシアンと年代が重なっている、と推測されています。ヨーロッパの複数段階のオーリナシアンとレヴァントオーリナシアンとの関係は議論になっています。それは、中部旧石器時代~上部旧石器時代への移行期において、ヨーロッパの早期上部旧石器文化はレヴァントなどアジア南西部に起源があると考えられるものの、レヴァントオーリナシアンの年代は、ヨーロッパのプロトオーリナシアンよりも遅いからです。またレヴァントオーリナシアンは、前後の時代のレヴァントの文化よりも、ヨーロッパ西部の古典的オーリナシアンの方と類似している、とも指摘されています。そのため、上部旧石器時代早期において、ヨーロッパのプロトオーリナシアンの担い手の一部がレヴァントに「戻り」、レヴァントオーリナシアンの出現に影響を及ぼした、との見解も提示されています(関連記事)。
本論文は、イスラエルの低地ガリラヤ地域のハヨニム洞窟(Hayonim Cave)の、レヴァントオーリナシアン期となるD層で発見された刻み目のある骨について報告しています。これはガゼルの肩甲骨8点と舌骨1点で、顕微鏡分析から、単なる解体痕(cut marks)ではなく、むしろ意図的な人為的刻印と推測されています。本論文はこれを、象徴的遺物と解釈しています。線刻のある象徴的遺物は中期石器時代のアフリカやレヴァントも含むユーラシアの上部旧石器時代において発見されていますが、レヴァントでは発見事例が少ない、と本論文は指摘しています。また、線刻のある象徴的遺物の中には、現生人類だけではなくネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)所産のものもあることも、本論文は指摘しています(関連記事)。
本論文はハヨニム洞窟で発見された刻み目のある骨に関して、集団内および集団間の特定の情報の伝達に用いられた可能性を提示しています。紋章のようなものだったのではないか、というわけです。顕微鏡分析では、個人的装飾品として用いられたような摩耗痕が見られないからです。また、こうした線刻に関しては、月相の記録とする見解もあります。しかし、本論文で分析対象とした骨はおそらく一度に同じ石器で刻まれており、この見解は成立しないだろう、と本論文は指摘しています。
広く中期石器時代のアフリカや上部旧石器時代のユーラシア(ネアンデルタール人の遺物に関しては中部旧石器時代ですが)に見られる線刻のある遺物ですが、地域的特徴もそれぞれ見られます。ヨーロッパの早期オーリナシアンでは、刻み目のある遺物の素材は、トナカイやアカシカやウシやマンモスの骨・枝角・牙など多様です。一方、レヴァントオーリナシアンの刻み目のある遺物はガゼルのみで、しかも、ほぼ肩甲骨に限定されています。この点で、ヨーロッパの早期オーリナシアンの多様性と、レヴァントオーリナシアンの均一性は対照的です。
ガゼルはレヴァントのハヨニム洞窟やマノット洞窟(Manot Cave)遺跡で最も広範に狩られていた動物であり、その肩甲骨と舌骨は薄くて脆いので刻みやすいので、ガゼルの肩甲骨と舌骨が線刻の対象として選ばれたことは不思議ではない、と本論文は指摘します。しかし、ハヨニム洞窟のレヴァントオーリナシアン層では、アカシカやキツネやウマなどの歯で作られたペンダントが発見されており、線刻の対象としてガゼルの骨が選ばれたのには意味があり、それは集団内および集団間の特定の情報の伝達に用いられたからではないか、と本論文は推測しています。
本論文は、ヨーロッパのオーリナシアンと比較して、レヴァントオーリナシアンにおいて線刻対象の素材の対象範囲が狭かったのは、レヴァントオーリナシアンの存続期間がより短く、またその地理的範囲もずっと狭かったからではないか、と推測しています。本論文は、ヨーロッパのオーリナシアンの多様性にたいして、レヴァントオーリナシアンの均質性と共同体間の強い結びつきの可能性を指摘しています。なかなか興味深い見解で、さらに対象となる地域・時代を拡大しての比較研究の進展が期待されます。
参考文献:
Tejero JM. et al.(2018): Symbolic emblems of the Levantine Aurignacians as a regional entity identifier (Hayonim Cave, Lower Galilee, Israel). PNAS, 115, 20, 5145–5150.
https://doi.org/10.1073/pnas.1717145115
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