リアンブア洞窟のネズミの身体サイズの変化とフロレシエンシスの消滅
インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟遺跡のネズミの身体サイズの変化に関する研究(Veatch et al., 2019)が報道されました。ナショナルジオグラフィックでも報道されています。リアンブア洞窟では後期更新世の人骨群が発見されており、発見当初は、新種なのか、それとも病変の現生人類(Homo sapiens)なのか、という激論が展開されました。しかし現在では、この人骨群をホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と区分する見解がおおむね受け入れられているように思われます。フロレシエンシスに関しては2016年に研究の大きな進展がありました(関連記事)。
本論文は、ネズミの身体サイズの変化から、リアンブア洞窟一帯の環境変動を推定しており、2年前(2017年4月)の2017年度アメリカ自然人類学会総会での報告が元になっています(関連記事)。リアンブア洞窟における動物相の変化に関する研究もありますが(関連記事)、フロレシエンシスの遺骸も含めてリアンブア洞窟の脊椎動物遺骸の約80%はネズミに属します。本論文はネズミの身体サイズの詳細な分析により、過去19万年にわたる経時的変化から古環境を推定しています。
フローレス島のネズミの各種は、その身体サイズにより5段階に区分されました。100g未満の「Rattus hainaldi」、100~300gの「Paulamys naso」と「Komodomys rintjanus」、300~600gの「Hooijeromys nusatenggara」、600~1600gの「Spelaeomys florensis」と「Papagomys theodorverhoeveni」、1200~2500gの「Papagomys armandvillei」です。一般的に中型のネズミが森の散在する開けた草原地帯を好むのに対して、小型や大型のネズミはより閉鎖的もしくは半閉鎖的な森林地帯を好みます。そのため、ネズミの身体サイズの相対的比率の経時的変化(以下に本論文の図を引用します)から、リアンブア洞窟一帯の古環境の変遷を推定できる、と期待されます。
リアンブア洞窟における大きな変化の一つは、3000年前頃に起きました。これは、現生人類集団による農耕と関連した人為的な景観変化と推測されています。もう一つの、より大きな変化は6万年前頃に起きました。中型ネズミの相対的比率が激減し、C4植生の突然の減少を示す他の記録などからも、62000年前頃以降、じゅうらいの開けた草原地帯からより閉鎖的な森林環境への移行が始まり、火山砕屑物による動物記録の空白期間(50000~47000年前頃)を挟んで、森林環境へと移行した、と推測されます。これは、フロレシエンシスをはじめとして、小型のステゴドン(Stegodon florensis insularis)や巨大なコウノトリ(Leptoptilos robustus)やハゲワシ(Trigonoceps sp.)の考古学的記録がリアンブア洞窟から消滅していく過程と一致しています。
しかし本論文は、リアンブア洞窟から大型動物の考古学的記録が消滅したからといって、それが絶滅を意味するとは限らない、と指摘します。これら大型動物が、フローレス島のより好ましい地域へと移動した可能性もあるからです。本論文は、これら大型動物の正確な絶滅年代に関しては、リアンブア洞窟またはフローレス島のまだ発掘されていない遺跡の新たな発見を待たねばならない、と指摘しています。注目されるのは、現生人類がフローレス島に46000年前頃までには到達していた可能性が指摘されていることで(関連記事)、フロレシエンシスが5万年前頃以降も存在していたとしたら、現生人類と接触した可能性は高いと思います。
また本論文の筆頭著者であるヴィーチ(E. GraceVeatch)氏は、フロレシエンシスが小型動物を獲物としていたのか、という問題も提起しています。ホモ属の進化史において獲物としてずっと重要だったのは一定以上の大きさの動物で、小型動物に関しては、ホモ属の初期進化史において獲物として重要だった、という明確な証拠は得られていません。小型のフロレシエンシスがステゴドンのような大型動物とネズミのような小型動物の両方を狩っていたのか、検証するための理想的な機会をリアンブア洞窟は提供している、とヴィーチ氏は指摘します。現在、野外のネズミの捕獲がどの程度困難なのか、検証するための野外実験が行なわれているそうです。
参考文献:
Veatch EG. et al.(2019): Temporal shifts in the distribution of murine rodent body size classes at Liang Bua (Flores, Indonesia) reveal new insights into the paleoecology of Homo floresiensis and associated fauna. Journal of Human Evolution, 130, 45–60.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.02.002
本論文は、ネズミの身体サイズの変化から、リアンブア洞窟一帯の環境変動を推定しており、2年前(2017年4月)の2017年度アメリカ自然人類学会総会での報告が元になっています(関連記事)。リアンブア洞窟における動物相の変化に関する研究もありますが(関連記事)、フロレシエンシスの遺骸も含めてリアンブア洞窟の脊椎動物遺骸の約80%はネズミに属します。本論文はネズミの身体サイズの詳細な分析により、過去19万年にわたる経時的変化から古環境を推定しています。
フローレス島のネズミの各種は、その身体サイズにより5段階に区分されました。100g未満の「Rattus hainaldi」、100~300gの「Paulamys naso」と「Komodomys rintjanus」、300~600gの「Hooijeromys nusatenggara」、600~1600gの「Spelaeomys florensis」と「Papagomys theodorverhoeveni」、1200~2500gの「Papagomys armandvillei」です。一般的に中型のネズミが森の散在する開けた草原地帯を好むのに対して、小型や大型のネズミはより閉鎖的もしくは半閉鎖的な森林地帯を好みます。そのため、ネズミの身体サイズの相対的比率の経時的変化(以下に本論文の図を引用します)から、リアンブア洞窟一帯の古環境の変遷を推定できる、と期待されます。
リアンブア洞窟における大きな変化の一つは、3000年前頃に起きました。これは、現生人類集団による農耕と関連した人為的な景観変化と推測されています。もう一つの、より大きな変化は6万年前頃に起きました。中型ネズミの相対的比率が激減し、C4植生の突然の減少を示す他の記録などからも、62000年前頃以降、じゅうらいの開けた草原地帯からより閉鎖的な森林環境への移行が始まり、火山砕屑物による動物記録の空白期間(50000~47000年前頃)を挟んで、森林環境へと移行した、と推測されます。これは、フロレシエンシスをはじめとして、小型のステゴドン(Stegodon florensis insularis)や巨大なコウノトリ(Leptoptilos robustus)やハゲワシ(Trigonoceps sp.)の考古学的記録がリアンブア洞窟から消滅していく過程と一致しています。
しかし本論文は、リアンブア洞窟から大型動物の考古学的記録が消滅したからといって、それが絶滅を意味するとは限らない、と指摘します。これら大型動物が、フローレス島のより好ましい地域へと移動した可能性もあるからです。本論文は、これら大型動物の正確な絶滅年代に関しては、リアンブア洞窟またはフローレス島のまだ発掘されていない遺跡の新たな発見を待たねばならない、と指摘しています。注目されるのは、現生人類がフローレス島に46000年前頃までには到達していた可能性が指摘されていることで(関連記事)、フロレシエンシスが5万年前頃以降も存在していたとしたら、現生人類と接触した可能性は高いと思います。
また本論文の筆頭著者であるヴィーチ(E. GraceVeatch)氏は、フロレシエンシスが小型動物を獲物としていたのか、という問題も提起しています。ホモ属の進化史において獲物としてずっと重要だったのは一定以上の大きさの動物で、小型動物に関しては、ホモ属の初期進化史において獲物として重要だった、という明確な証拠は得られていません。小型のフロレシエンシスがステゴドンのような大型動物とネズミのような小型動物の両方を狩っていたのか、検証するための理想的な機会をリアンブア洞窟は提供している、とヴィーチ氏は指摘します。現在、野外のネズミの捕獲がどの程度困難なのか、検証するための野外実験が行なわれているそうです。
参考文献:
Veatch EG. et al.(2019): Temporal shifts in the distribution of murine rodent body size classes at Liang Bua (Flores, Indonesia) reveal new insights into the paleoecology of Homo floresiensis and associated fauna. Journal of Human Evolution, 130, 45–60.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.02.002
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