アジア南東部におけるデニソワ人など後期ホモ属の複雑な交雑史(追記有)

 アジア南東部における後期ホモ属の複雑な交雑史に関する研究(Teixeira, and Cooper., 2019)が公表されました。本論文はまだ査読中なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、興味深い内容なので取り上げます。後期ホモ属の進化史に関しては、昨年(2018年)一度まとめました(関連記事)。その後も重要な研究が相次いで公表されているので、そのうち改訂版を執筆しようと考えているのですが、怠惰な性分なので目途は立っていません。本論文は、おもにアジア南東部からオセアニアを対象として、後期ホモ属の複雑な交雑史を検証しています。

 現生人類(Homo sapiens)はアフリカから世界中へと拡散する過程で、複数の絶滅人類系統と遭遇し、交雑しました。現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)は、おそらくユーラシア西部のどこかで54000~49000年前頃に交雑し(関連記事)、ユーラシア西部よりも東部の方でネアンデルタール人の遺伝的影響がわずかに高いなど(関連記事)、多少の地域差もあるとはいえ、非アフリカ系現代人には約2%のネアンデルタール人のDNAが継承されています。現生人類はこの交雑の後も、各地に分岐していく過程で、複数回ネアンデルタール人と交雑したのではないか、と推測されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人と近縁なホモ属であるデニソワ人(Denisovan)は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)でのみ確認されており、遺伝学的情報は豊富に得られているものの、形態学的情報はほとんどないので、デニソワ人の候補とされている人類遺骸は中国などで発見されていますが(関連記事)、他地域のホモ属遺骸との照合が困難です(関連記事)。上述したように、ネアンデルタール人の遺伝的影響が非アフリカ系現代人の各地域集団でさほど変わらないのにたいして、デニソワ人の非アフリカ系現代人への遺伝的影響は地域差が大きくなっています。デニソワ人の遺伝的影響はウォレス線より東方、つまりオーストラリア先住民やパプア人において顕著に高く、アジア東部・南東部・南部でもわずかに見られるものの、ユーラシア西部ではほとんど確認されていません。

 そのため本論文は、デニソワ人と現生人類との交雑の様相が、ネアンデルタール人と現生人類との交雑よりも複雑だった可能性を指摘しています。じっさい、デニソワ人と現生人類との複数回の交雑(関連記事)や、ネアンデルタール人とデニソワ人との混合系統もしくはデニソワ人と近縁な未知のホモ属系統と、アジア南部およびアンダマン諸島・アジア東部・パプアおよびオーストラリア(先住民系)現代人の共通祖先集団(EEOCA)との交雑(関連記事)の可能性が指摘されています。本論文は、EEOCAと交雑した未知のホモ属をEH1(extinct hominid 1)と分類し、ネアンデルタール人およびデニソワ人と等距離の遺伝的関係にある集団と想定しています。

 本論文は、まずネアンデルタール人と非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団との交雑の後、EEOCAとEH1の交雑がおそらくはインド北東部で起きた、と推測しています。EEOCAが各地域集団系統に分岐した後、アジア南部・東部では後続の現生人類集団(おもに完新世の農耕民集団が想定されています)の遺伝的影響を受けたため、EH1の遺伝的要素が「希釈化」されたものの、オーストラリアとニューギニアの現生人類集団は5万年前頃以降長期の孤立を経験したため、EH1の遺伝的要素が比較的よく「保護」された、と本論文は推測しています。更新世の寒冷期には、オーストラリア大陸・ニューギニア島・タスマニア島は陸続きとなってサフルランドを形成していました。

 次に、アルタイ地域のデニソワ人と密接に関連した系統が、パプアおよびオーストラリア(先住民系)の現代人、さらにはフィリピンやフローレス島といったアジア南東部島嶼部の初期現生人類集団の共通祖先集団(ASEOCA)と交雑した、と本論文は推測しています。ここでは、デニソワ人をめぐる興味深い見解を提示した研究(関連記事)に倣って、アルタイ地域のデニソワ人とより近縁な系統を「北方デニソワ人集団」、より疎遠な系統を「南方デニソワ人集団」と仮に呼んでおきます。南方デニソワ人集団とASEOCAとの交雑の場所は、サフルランドへの現生人類最初の拡散がボルネオ島経由だったと推測されていることから、本論文ではボルネオ島が想定されています。しかし本論文は、スラウェシ島では遅くとも12万年前頃の人類の存在が確認されていることから(関連記事)、ボルネオ島の東に位置するスラウェシ島で南方デニソワ人集団とASEOCAとの交雑が起きた可能性も提示しています。本論文は、スラウェシ島よりも東方では非現生人類のホモ属が確認されていないことから、現生人類と古代型ホモ属との交雑の候補地としてはスラウェシ島が最東端になるだろう、と指摘しています。

 南方デニソワ人集団は、パプアおよびオーストラリア(先住民系)の現代人のゲノム領域に1.6%ほどの影響を残している、と推定されています。アジア南東部大陸部の現代人集団ではデニソワ人の遺伝的影響が低いので、上述した完新世の農耕民集団との交雑による「希釈化」が想定されますが、アンダマン諸島人やマレーシアのジェハイ(Jehai)集団のような長期の孤立集団でもデニソワ人系統の遺伝的影響が低いので、現生人類を含む非デニソワ人との初期段階の交雑の可能性を本論文は指摘しています。

 アジア東部におけるデニソワ人(「北方」系の可能性も「南方系」の可能性もありそうですが)と現生人類との独自の交雑の可能性も指摘されていますが(関連記事)、EH1とEEOCAとの交雑により、アジア東部におけるデニソワ人要素と、ユーラシア西部よりも東部の現代人集団の方でネアンデルタール人の遺伝的影響がわずかに高いことを潜在的には説明できる、との見解を本論文は提示しています。この問題はさておき、EH1との最初の交雑は、EEOCAが各地域集団系統に分岐する前のことなので、アジア南部、おそらくはインド北東部で起きたのではないか、と本論文は推測しています。

 ウォレス線以東のパプアおよびオーストラリア(先住民系)の現代人に見られる南方デニソワ人の強い遺伝的影響は、両者の祖先集団系統の現代における頻度と相関しています。しかし、フィリピンの狩猟採集民集団において比較的高い南方デニソワ人の遺伝的影響が検出されており、パプアおよびオーストラリアの現代人の祖先集団から分離した後に、フィリピンの狩猟採集民集団の祖先集団と南方デニソワ人との追加の交雑が起きた可能性は高い、と本論文は推測しています。本論文は、フィリピンで南方デニソワ人と現生人類との交雑が起き、アジア南東部において南方デニソワ人が複数集団存在した可能性も指摘しています。フィリピンでは67000年前頃のホモ属遺骸が発見されており、現生人類なのか古代型ホモ属なのか確定しておらず、また70万年前頃の人類の存在が指摘されています(関連記事)。

 ウォレス線以東も含むアジア南東部における複数のホモ属集団の存在は、フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟で発見されたフロレシエンシス(Homo floresiensis)の存在からも支持されます(関連記事)。リアンブア洞窟周辺の小柄な現代人集団ランパササ(Rampasasa)には、フロレシエンシスもしくはエレクトス(Homo erectus)のような古代型ホモ属の遺伝的痕跡は確認されなかったものの、「未知の」人類の遺伝的痕跡が検出された(関連記事)、と本論文は指摘します。この遺伝的痕跡はフローレス島でのみ検出されており、アジア南東部島嶼部やメラネシアでは検出されませんでした。これは、広範に拡大したEH1やASEOCAと交雑した南方デニソワ人の遺伝的影響ではない、と本論文は指摘します。本論文はこれを、さらなる絶滅人類系統EH2と現生人類とのフローレス島における交雑の結果と解釈しています。本論文は、フロレシエンシスがEH2である可能性を提示しつつも、EH2がどの系統なのか決定するにはさらなる研究が必要と指摘しています。

 本論文は、アジア南東部における後期ホモ属の進化と交雑の歴史が複雑であることから、多くの未解決の問題を解決するには、さらなる研究が必要と指摘します。ただ本論文は、未解明の問題も多いとはいえ、現生人類がアフリカからアジア南東部へと拡散してきたさいに、アジア南部とアジア南東部島嶼部で少なくとも2回、他の人類集団と交雑した可能性は高い、との見解を提示しています。私の見識・能力では本論文の見解を的確に伝えられないので、以下に本論文の図A・Bおよび図Cを掲載します。
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 本論文の見解はたいへん興味深く、有益なのですが、EH2に関しては問題があるように思います。本論文がEH2の存在を想定する根拠となっているのは、フローレス島のランパササ集団には「未知の」人類の遺伝的痕跡が検出された、との研究(Tucci et al., 2018)です(関連記事)。しかし、その論文ではそのようなことを主張していなかった、と記憶していたので、改めて同論文を読んでみました。同論文の主張は、ランパササ集団のゲノムには高い信頼性でネアンデルタール人とデニソワ人由来と区別できる領域があるものの(ネアンデルタール人の方がずっと長いと推定されています)、ネアンデルタール人とデニソワ人のどちらか確定できない領域も一部ある、というものだと思います。したがって、EH2の存在を想定するのは妥当ではない、と思うのですが、遺伝学の専門家ではない私が的外れな解釈をしている可能性もじゅうぶんあるでしょう。本論文が査読後に正式に掲載されたら、改めて再読するつもりです。


参考文献:
Teixeira JC, Cooper A. (2019) A ‘Denisovan’ genetic history of recent human evolution. PeerJ Preprints 7:e27526v1.
https://doi.org/10.7287/peerj.preprints.27526v1

Tucci S. et al.(2018): Evolutionary history and adaptation of a human pygmy population of Flores Island, Indonesia. Science, 361, 6401, 511-516.
https://dx.doi.org/10.1126/science.aar8486


追記(2019年7月19日)
 本論文が『アメリカ科学アカデミー紀要』に掲載されたので、当ブログで改めて取り上げました。トラックバック機能があれば、このような追記をせずともすむので、トラックバック機能の廃止は本当に残念です。

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  • 現生人類と複数系統のデニソワ人との複雑な交雑

    Excerpt: デニソワ人(Denisovan)と現生人類(Homo sapiens)との交雑に関する研究(Jacobs et al., 2019B)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本.. Weblog: 雑記帳 racked: 2019-04-12 18:51