チンパンジーの行動多様性への人間の影響
チンパンジーの行動多様性への人間の影響に関する研究(Kühl et al., 2019)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。多くの動物は集団特有の行動多様性を示しますが、チンパンジーの行動多様性はその中でもとくに高水準です。そうした行動の中には意思伝達や食料調達などがあり、チンパンジーは蜂蜜・昆虫・肉・ナッツ類などを入手するために、棒・葉・石などを道具として使用します。遺伝的に組み込まれている可能性を排除できるわけではありませんが、これらの行動の多くは、社会的に学習された文化的なものと推測されています。じっさい、チンパンジー集団では、新たな行動や多様性が定期的に発見されます。
大型類人猿、とくにチンパンジーとオランウータンの文化的行動は、技術革新・拡散・垂直および水平伝播を含む文化的過程により維持されています。これらの行動は、環境が大きく変わった場合、社会的伝播が減少するかもしれないという点で、環境の撹乱にたいして脆弱です。「撹乱仮説」では、類人猿の行動は、集団の絶滅だけではなく、個体数減少や資源の枯渇や社会的学習機会の崩壊により消滅するかもしれない、と予測されています。人間のおもな影響としては、生息地の喪失・劣化・断片化があります。これらにより、個体数が減少し、行動伝達の頻度が低下します。人間の活動は、チンパンジーの生息域であるアフリカの熱帯雨林とサバンナの森林地帯にも大きな影響を与えており、チンパンジーは人間の人口増大・森林減少・密猟により個体数が減少し、生息域が分断化され、資源が枯渇していき、その結果として遺伝的多様性は減少していきます。
本論文は、46のチンパンジー集団の新たな行動データと既知の集団の行動データと組み合わせ、合計144集団の行動データに基づき、「撹乱仮説」の予測を定量的に検証しました。これらチンパンジー144集団の行動は31通りに分類されており、その多くは文化的なものと考えられています。本論文は、人口密度・然資源採掘・インフラ整備などを組み合わせて、人間の全体的な影響を定量化しました。その結果、人間の影響が最も大きい地域では、最も小さい地域と比較して、チンパンジーのすべての行動にわたって平均88%多様性が減少する、と明らかになりました。これに関しては、チンパンジーの亜種区分(関連記事)や行動の分類との相関は見られません。ただこの研究は、人間の影響の弱い地域のチンパンジー集団からの長期的データがないので、暫定的な結論だと注意を喚起しています。
人間の影響が大きくなるとチンパンジーの行動多様性が減少する理由を、本論文はいくつか挙げています。まず、人間の影響が大きい地域では、チンパンジーの個体数と密度が減少しています。森林開発などによる生息地の縮小・分断化や資源の減少などが原因なのでしょう。議論はあるものの、人間で示されているように、人口規模は文化的特徴を維持するうえで重要な役割を果たすと考えられます。個体数と密度の減少は、社会的学習機会の減少をもたらすかもしれない、というわけです。次に、チンパンジーは人間の影響が増大するにつれて、目立つ行動の頻度を減らすかもしれません。たとえば、ナッツの殻割りは人間に目立ちやすいので、密猟者に気づかれる可能性が高くなります。そのため、こうした目立つ行動の頻度が低下し、社会的学習機会が減少し、やがて消滅するかもしれないわけです。また、人間の影響だけではなく、自然環境の変動も指摘されています。ナッツの量はその年の気候の影響に大きく依存しています。そのため、ナッツの量が少ない年には、ナッツの殻割り行動は減少し、世代間の継承機会が失われ、やがて消滅する可能性があります。本論文は、こうした行動多様性を減少させる要因の組み合わせが、チンパンジーの行動多様性の全体的な喪失をもたらしているのではないか、と推測しています。
現在、人間の影響により1年に2.5~6.0%の割合で大型類人猿は減少しています。これまで、野生動物の保護においては、種や遺伝的多様性や生息地の減少および生態系機能の喪失といった観点が重視されてきました。しかし本論文は、行動多様性も生物多様性の一面であることを浮き彫りにしています。本論文は、チンパンジー集団の特徴的な行動が失われ、さらにはまだ発見されていない行動の多くが人間に気づかれずに失われている、と示唆します。文化的多様性の根底にある仕組みと推進力をじゅうぶん理解するには、チンパンジーを保護する大きな努力が緊急に必要だと本論文は提言しています。さらに本論文は、チンパンジーの「文化遺産」はオランウータンやクジラなど高度な文化的多様性を示す他の種にも容易に拡張できる、と指摘します。野生動物保護においてじゅうらいは重視されていなかった「文化遺産」という側面を定量的に検証したという点で、本論文は注目されるべきだと思います。
参考文献:
Kühl HS. et al.(2019): Human impact erodes chimpanzee behavioral diversity. Science, 363, 6434, 1453–1455.
https://doi.org/10.1126/science.aau4532
大型類人猿、とくにチンパンジーとオランウータンの文化的行動は、技術革新・拡散・垂直および水平伝播を含む文化的過程により維持されています。これらの行動は、環境が大きく変わった場合、社会的伝播が減少するかもしれないという点で、環境の撹乱にたいして脆弱です。「撹乱仮説」では、類人猿の行動は、集団の絶滅だけではなく、個体数減少や資源の枯渇や社会的学習機会の崩壊により消滅するかもしれない、と予測されています。人間のおもな影響としては、生息地の喪失・劣化・断片化があります。これらにより、個体数が減少し、行動伝達の頻度が低下します。人間の活動は、チンパンジーの生息域であるアフリカの熱帯雨林とサバンナの森林地帯にも大きな影響を与えており、チンパンジーは人間の人口増大・森林減少・密猟により個体数が減少し、生息域が分断化され、資源が枯渇していき、その結果として遺伝的多様性は減少していきます。
本論文は、46のチンパンジー集団の新たな行動データと既知の集団の行動データと組み合わせ、合計144集団の行動データに基づき、「撹乱仮説」の予測を定量的に検証しました。これらチンパンジー144集団の行動は31通りに分類されており、その多くは文化的なものと考えられています。本論文は、人口密度・然資源採掘・インフラ整備などを組み合わせて、人間の全体的な影響を定量化しました。その結果、人間の影響が最も大きい地域では、最も小さい地域と比較して、チンパンジーのすべての行動にわたって平均88%多様性が減少する、と明らかになりました。これに関しては、チンパンジーの亜種区分(関連記事)や行動の分類との相関は見られません。ただこの研究は、人間の影響の弱い地域のチンパンジー集団からの長期的データがないので、暫定的な結論だと注意を喚起しています。
人間の影響が大きくなるとチンパンジーの行動多様性が減少する理由を、本論文はいくつか挙げています。まず、人間の影響が大きい地域では、チンパンジーの個体数と密度が減少しています。森林開発などによる生息地の縮小・分断化や資源の減少などが原因なのでしょう。議論はあるものの、人間で示されているように、人口規模は文化的特徴を維持するうえで重要な役割を果たすと考えられます。個体数と密度の減少は、社会的学習機会の減少をもたらすかもしれない、というわけです。次に、チンパンジーは人間の影響が増大するにつれて、目立つ行動の頻度を減らすかもしれません。たとえば、ナッツの殻割りは人間に目立ちやすいので、密猟者に気づかれる可能性が高くなります。そのため、こうした目立つ行動の頻度が低下し、社会的学習機会が減少し、やがて消滅するかもしれないわけです。また、人間の影響だけではなく、自然環境の変動も指摘されています。ナッツの量はその年の気候の影響に大きく依存しています。そのため、ナッツの量が少ない年には、ナッツの殻割り行動は減少し、世代間の継承機会が失われ、やがて消滅する可能性があります。本論文は、こうした行動多様性を減少させる要因の組み合わせが、チンパンジーの行動多様性の全体的な喪失をもたらしているのではないか、と推測しています。
現在、人間の影響により1年に2.5~6.0%の割合で大型類人猿は減少しています。これまで、野生動物の保護においては、種や遺伝的多様性や生息地の減少および生態系機能の喪失といった観点が重視されてきました。しかし本論文は、行動多様性も生物多様性の一面であることを浮き彫りにしています。本論文は、チンパンジー集団の特徴的な行動が失われ、さらにはまだ発見されていない行動の多くが人間に気づかれずに失われている、と示唆します。文化的多様性の根底にある仕組みと推進力をじゅうぶん理解するには、チンパンジーを保護する大きな努力が緊急に必要だと本論文は提言しています。さらに本論文は、チンパンジーの「文化遺産」はオランウータンやクジラなど高度な文化的多様性を示す他の種にも容易に拡張できる、と指摘します。野生動物保護においてじゅうらいは重視されていなかった「文化遺産」という側面を定量的に検証したという点で、本論文は注目されるべきだと思います。
参考文献:
Kühl HS. et al.(2019): Human impact erodes chimpanzee behavioral diversity. Science, 363, 6434, 1453–1455.
https://doi.org/10.1126/science.aau4532
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