中国南部の末期更新世の祖先的特徴を有する人類
中国南部の末期更新世の祖先的特徴を有する人類に関する研究(Liao et al., 2019)が報道されました。ユーラシア東部への現生人類(Homo sapiens)拡散の証拠となりそうな人類遺骸は、おもに中国南部で発見されています。たとえば、10万年以上前の智人洞窟(Zhirendong)の下顎骨前部と臼歯(関連記事)や、12万~8万年前頃の福岩洞窟(Fuyan Cave)の歯です(関連記事)。しかし、これらの人類遺骸の祖先的特徴は過大評価されている、との批判(関連記事)や、遺骸と年代測定された堆積物との関係への疑問(関連記事)があり、10万年前頃のアジア東部における現生人類の存在はまだ確定したとは言えないように思います。また、広西チワン族自治区の隆林洞窟(Longlin Cave)の11500年前頃の人類遺骸と、雲南省の馬鹿洞(Maludong)の14000年前頃の人類遺骸に関しては祖先的特徴が指摘されており(関連記事)、馬鹿洞人の大腿骨には初期ホモ属の特徴がある、とさえ指摘されています(関連記事)。
本論文は、中華人民共和国広西チワン族自治区(Guangxi Zhuang Autonomous Region)田東県(Tiandong County)林逢鎮(Linfeng Town)の独山洞窟(Dushan Cave)で2011年に発見された人類遺骸について報告しています。これは部分的な頭蓋骨・下顎断片・ほぼ完全な上下の歯列が残っています。この独山1(Dushan 1)の年代は、放射性炭素年代測定法と地質学および動物相の分析により15850~12765年前頃と推定されています。
独山1の歯は、アジア東部の古代型ホモ属および初期と最近の現生人類、ジャワ島のホモ・エレクトス(Homo erectus)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、世界中の現生人類と比較されました。その結果明らかになったのは、独山1は現生人類に区分できるものの、その歯には祖先的特徴と現生人類的な派生的特徴とが混在している、ということです。たとえば、中歯冠サイズがたいへん大きいことや臼歯サイズの比率や歯の溝や歯根などです。中には、アウストラロピテクス属との類似性さえ見られる特徴もあります。
これに関しては、異なる説明が可能です。一つは、独山1の祖先的特徴は古代型ホモ属との交雑の結果とするものです。たとえば、現生人類との交雑が推定されている種区分未定のデニソワ人(Denisovan)のような人類です。デニソワ人は南北両系統に区分できるかもしれず、オセアニアの現代人とアジア東部の現代人に遺伝的影響が見られることから(関連記事)、中国南部に存在していたとしても不思議ではありません。しかし、デニソワ人の形態学的情報が不足しており、独山1の遺伝的情報が欠けているので、まだこの仮説を検証できる段階ではない、と本論文は指摘します。
もう一方の仮説は、独山1は中国南部の最初期の現生人類集団で、後にユーラシア東部に移住してきた現生人類集団と比較してより多くの祖先的特徴を有している、というものです。本論文は、こちらの仮説の方を支持しています。独山1は中国南部の孤立した地域に移住してきた最初の現生人類集団の子孫というわけです。これは、最近有力になりつつあるように思われる、現生人類「アフリカ多地域進化説」と整合的だと思います(関連記事)。アフリカ多地域進化説では、後期更新世~末期更新世あるいは初期完新世の頃まで、派生的特徴と祖先的特徴を有する現生人類集団が世界各地に存在していたことを説明できるからです。
これまで、アジア東部の末期更新世の人類進化史への関心は、アフリカやヨーロッパと比較して低かったようですが、独山洞窟も含めて中国南部では興味深い形態の人類遺骸が複数発見されているので、今後の研究の進展が大いに期待されます。これら中国南部の後期更新世~末期更新世の人類集団の進化史における位置づけに関しては、形態学だけではなく遺伝学も大いに貢献できるでしょう。広西チワン族自治区の22000年前頃のジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析には成功しているので(関連記事)、中国南部の末期更新世の人類遺骸のDNA解析にはかなり現実性があるでしょうから、この点でも今後の研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Liao W. et al.(2019): Mosaic dental morphology in a terminal Pleistocene hominin from Dushan Cave in southern China. Scientific Reports, 9, 2347.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-38818-x
本論文は、中華人民共和国広西チワン族自治区(Guangxi Zhuang Autonomous Region)田東県(Tiandong County)林逢鎮(Linfeng Town)の独山洞窟(Dushan Cave)で2011年に発見された人類遺骸について報告しています。これは部分的な頭蓋骨・下顎断片・ほぼ完全な上下の歯列が残っています。この独山1(Dushan 1)の年代は、放射性炭素年代測定法と地質学および動物相の分析により15850~12765年前頃と推定されています。
独山1の歯は、アジア東部の古代型ホモ属および初期と最近の現生人類、ジャワ島のホモ・エレクトス(Homo erectus)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、世界中の現生人類と比較されました。その結果明らかになったのは、独山1は現生人類に区分できるものの、その歯には祖先的特徴と現生人類的な派生的特徴とが混在している、ということです。たとえば、中歯冠サイズがたいへん大きいことや臼歯サイズの比率や歯の溝や歯根などです。中には、アウストラロピテクス属との類似性さえ見られる特徴もあります。
これに関しては、異なる説明が可能です。一つは、独山1の祖先的特徴は古代型ホモ属との交雑の結果とするものです。たとえば、現生人類との交雑が推定されている種区分未定のデニソワ人(Denisovan)のような人類です。デニソワ人は南北両系統に区分できるかもしれず、オセアニアの現代人とアジア東部の現代人に遺伝的影響が見られることから(関連記事)、中国南部に存在していたとしても不思議ではありません。しかし、デニソワ人の形態学的情報が不足しており、独山1の遺伝的情報が欠けているので、まだこの仮説を検証できる段階ではない、と本論文は指摘します。
もう一方の仮説は、独山1は中国南部の最初期の現生人類集団で、後にユーラシア東部に移住してきた現生人類集団と比較してより多くの祖先的特徴を有している、というものです。本論文は、こちらの仮説の方を支持しています。独山1は中国南部の孤立した地域に移住してきた最初の現生人類集団の子孫というわけです。これは、最近有力になりつつあるように思われる、現生人類「アフリカ多地域進化説」と整合的だと思います(関連記事)。アフリカ多地域進化説では、後期更新世~末期更新世あるいは初期完新世の頃まで、派生的特徴と祖先的特徴を有する現生人類集団が世界各地に存在していたことを説明できるからです。
これまで、アジア東部の末期更新世の人類進化史への関心は、アフリカやヨーロッパと比較して低かったようですが、独山洞窟も含めて中国南部では興味深い形態の人類遺骸が複数発見されているので、今後の研究の進展が大いに期待されます。これら中国南部の後期更新世~末期更新世の人類集団の進化史における位置づけに関しては、形態学だけではなく遺伝学も大いに貢献できるでしょう。広西チワン族自治区の22000年前頃のジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析には成功しているので(関連記事)、中国南部の末期更新世の人類遺骸のDNA解析にはかなり現実性があるでしょうから、この点でも今後の研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Liao W. et al.(2019): Mosaic dental morphology in a terminal Pleistocene hominin from Dushan Cave in southern China. Scientific Reports, 9, 2347.
https://doi.org/10.1038/s41598-019-38818-x
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