モンゴル東部の更新世人類頭蓋の年代とmtDNA解析
モンゴル東部の更新世人類頭蓋の年代とミトコンドリアDNA(mtDNA)解析に関する研究(Devièse et al., 2019)が報道されました。近年の考古学的研究の進展により、モンゴルの旧石器時代は広くユーラシアの中に位置づけられつつあります。モンゴルの上部旧石器時代は前期・中期・後期の3段階に区分されます。上部旧石器時代前期は、ムステリアン(Mousterian)の持続とともに、シベリア南部で見られる石刃の出現により定義されます。上部旧石器時代前期はさらに、40000~35000年前と33000~26000年前に区分されます。上部旧石器時代中期になると、ムステリアン要素が消滅します。
本論文は、モンゴル国東部に位置するヘンティー(Khentii)県ノロヴリン(Norovlin)郡のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で2006年に発見された人類頭蓋の年代を測定し、mtDNAを解析しました。サルキート頭蓋は、現時点ではモンゴルで唯一の更新世人類化石です。サルキート頭蓋は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やホモ・エレクトス(Homo erectus)といった古代型ホモ属との類似性が指摘されていました。一方で、サルキート頭蓋は現生人類(Homo sapiens)に分類される、との見解も提示されていました。
以前、サルキート頭蓋の年代は、放射性炭素年代測定法により23630±160年前と推定されていました。本論文は、新たな放射性炭素年代測定法により、その較正年代が95%の信頼性で34950~33900年前だと示しています。サルキート頭蓋の考古学的文脈は不明ですが、これはモンゴルの上部旧石器時代前期の第1段階と第2段階の境目に位置づけられます。つまり、以前の推定年代は試料汚染の影響を受けていた可能性が高い、というわけです。本論文は試料汚染除去のため、骨に存在するコラーゲンからアミノ酸ヒドロキシプロリン(HYP)を抽出しました。HYPは哺乳類のコラーゲンの炭素の13%を占めており、標本からの汚染除去を劇的に改善するため、放射性炭素年代測定法において注目されており、今後広範囲に適用されていくことが期待されます。
サルキート頭蓋のmtDNAハプログループは、非アフリカ系現代人で広範囲に見られるNです。サルキート頭蓋は、少なくとも母系では現生人類に区分されるわけです。ただ、既知のNサブハプログループに特徴的な変異が見られないため、現代人の直接的な母系祖先ではなさそうです。サルキート頭蓋のmtDNAハプログループは、63000~53000年前頃にハプログループNの他系統から分岐したようです。更新世のユーラシアの現生人類のmtDNAの多様性は現代よりも高かったようです。今後は、サルキート頭蓋の核DNAの解析も期待されます。それにより、ネアンデルタール人や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と現生人類との交雑について、新たに重要な情報が得られるかもしれません。ユーラシア東部の古代DNA研究はユーラシア西部と比較して大きく遅れているのですが、その差が縮まっていくよう、期待しています。
参考文献:
Devièse T. et al.(2019): Compound-specific radiocarbon dating and mitochondrial DNA analysis of the Pleistocene hominin from Salkhit Mongolia. Nature Communications, 10, 274.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-08018-8
本論文は、モンゴル国東部に位置するヘンティー(Khentii)県ノロヴリン(Norovlin)郡のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で2006年に発見された人類頭蓋の年代を測定し、mtDNAを解析しました。サルキート頭蓋は、現時点ではモンゴルで唯一の更新世人類化石です。サルキート頭蓋は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)やホモ・エレクトス(Homo erectus)といった古代型ホモ属との類似性が指摘されていました。一方で、サルキート頭蓋は現生人類(Homo sapiens)に分類される、との見解も提示されていました。
以前、サルキート頭蓋の年代は、放射性炭素年代測定法により23630±160年前と推定されていました。本論文は、新たな放射性炭素年代測定法により、その較正年代が95%の信頼性で34950~33900年前だと示しています。サルキート頭蓋の考古学的文脈は不明ですが、これはモンゴルの上部旧石器時代前期の第1段階と第2段階の境目に位置づけられます。つまり、以前の推定年代は試料汚染の影響を受けていた可能性が高い、というわけです。本論文は試料汚染除去のため、骨に存在するコラーゲンからアミノ酸ヒドロキシプロリン(HYP)を抽出しました。HYPは哺乳類のコラーゲンの炭素の13%を占めており、標本からの汚染除去を劇的に改善するため、放射性炭素年代測定法において注目されており、今後広範囲に適用されていくことが期待されます。
サルキート頭蓋のmtDNAハプログループは、非アフリカ系現代人で広範囲に見られるNです。サルキート頭蓋は、少なくとも母系では現生人類に区分されるわけです。ただ、既知のNサブハプログループに特徴的な変異が見られないため、現代人の直接的な母系祖先ではなさそうです。サルキート頭蓋のmtDNAハプログループは、63000~53000年前頃にハプログループNの他系統から分岐したようです。更新世のユーラシアの現生人類のmtDNAの多様性は現代よりも高かったようです。今後は、サルキート頭蓋の核DNAの解析も期待されます。それにより、ネアンデルタール人や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と現生人類との交雑について、新たに重要な情報が得られるかもしれません。ユーラシア東部の古代DNA研究はユーラシア西部と比較して大きく遅れているのですが、その差が縮まっていくよう、期待しています。
参考文献:
Devièse T. et al.(2019): Compound-specific radiocarbon dating and mitochondrial DNA analysis of the Pleistocene hominin from Salkhit Mongolia. Nature Communications, 10, 274.
https://doi.org/10.1038/s41467-018-08018-8
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