『卑弥呼』第8話「東へ」

 『ビッグコミックオリジナル』2019年1月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハがトンカラリンの洞窟で、生き残るぞ、とアカメに力強く宣言するところで終了しました。巻頭カラーとなる今回は、暈(クマ)の国の「首都」である鹿屋(カノヤ)で、将軍の鞠智彦(ククチヒコ)に女性たちが踊りを披露している場面から始まります。この女性たちが踊り子なのか祈祷女(イノリメ)もしくはその見習いなのか、明確ではありません。鞠智彦が眠そうにしているなか、女性たちが急に踊りを止めて退出すると、タケル王が現れます。鞠智彦がタケル王にお目覚めですか、と声をかけると、そなたは逆に眠る時間だろう、とタケル王は答えます。タケル王が夜に祈祷を、鞠智彦が昼に政治と軍事を担当している、というわけです。

 鞠智彦はタケル王に願い出ることがあって来訪しのした。倭国大乱は一向に収まる兆しがない、と鞠智彦が言うと、やはり自分が早急に山社(ヤマト)入りして、天照様の平和のご神託を受けるべきではないか、と鞠智彦に尋ねます。すると鞠智彦は、それよりも東方遠征のご決断を、とタケル王に促します。鞠智彦はタケル王が真の日見彦(ヒミヒコ)ではないと知っている、というか考えているため、タケル王の提案を無視したのでしょう。しかし、タケル王は乗り気ではなく、昔、日向(ヒムカ)の王族が船に乗り、東征したものの、得られたのは東の果ての日下(ヒノモト)という小さな国のみだ、と答えます。すると鞠智彦は、今しかないのです、必要なのは山社で神託を下されるよりも目に見える力です、と力説します。具体的に何をしたいのか、タケル王に問われた鞠智彦は、大軍を率いて那(ナ)の国を攻め滅ぼし、次に・末盧(マツロ)・伊都(イト)・穂波(ホミ)・都萬(トマ)を掌握した後、伊予之二名島(イヨノフタナノシマ)を討伐して、大倭豊秋津島(オホヤマトトヨアキツシマ)に攻め入る、と答えます。タケル王は、自分の兵を貸せということだと理解し、今夜神々、とりわけ天照様に伺いを立てるので一日待つよう、鞠智彦に伝えます。

 その頃、トンカラリンの洞窟では、ヤノハとアカメが洞窟内の遺体から服や道具を集めて今後の方針を話し合っていました。服は、暈の国にある「日の巫女」集団の学舎である種智院の祈祷女見習いだったナカツとオシのものでした。二人は絶望して自決したようだ、とアカメが言うと、馬鹿な女たちだ、とヤノハは吐き捨てるように言います。籠・松明・水筒・錆びついた短剣を持っていたのは、死後1~2年と推定される男たちでした。この男たちが何者なのか、ヤノハに問われたアカメは、タケル王の方士(学者)だと思う、と答えます。タケル王はトンカラリン内部の詳細な絵図を作成するために何人もの方士を送り込んだと聞いた、とアカメはヤノハに話します。タケル王は千の坑道がどこに通じているのか、示した絵図を持っているのか、とヤノハに問われたアカメは、知らない、と答えます。水もあるし松明もあったのに、あの者たちはなぜ死んだのか、とヤノハに問われたアカメは、迷って万策尽き、正気を失ったのだろう、と答えます。私なら暗闇でも餓死するまで生きようとする、と言うヤノハにアカメは感心します。

 とはいえ、松明は4本しかなく、布もわずかで、窮地には変わりありません。他に役立つ古老の話はないのか、ヤノハに問われたアカメですが、とくに思いつきません。百年前の日見子(ヒミコ)はどのような姿でトンカラリンから出てきたのか、とヤノハに問われたアカメは、日の出とともに出てきて、顔にまぶしい光が差した、と答えます。どこまでも神々しい言い伝えのお方だな、と皮肉な感じで笑ったヤノハですが、朝日が差したということは、出口は東を向いている、と思いつきます。しかし、洞窟内でどう東西南北を確かめるのか、と訊かれたヤノハは、錆びた鉄剣をたたき割り、その破片を熱して冷まし、葉の上に乗せて水に浮かべます。ヤノハは養母から、そうすると焼いた針が南北どちらかを示す、と教えられていました。ヤノハは、東がどちらの坑道なのか、アカメに選択させます。驚きつつも一方を指すアカメに、お前の勘を信じよう、とヤノハは言います。万が一、二人とも生き残ったらどちらが日見子になるのか、とアカメに問われたヤノハは、もちろんアカメだ、自分は日見子の器ではないし、まして倭国を泰平にするといった柄ではない、と答えます。

 その頃、トンカラリンの洞窟の出口には、祈祷部(イノリベ)の長であるヒルメと副長であるウサメや祈祷女見習いたちへの講義を担当しているイクメたちが、洞窟から出てくる者を待ち構えていました。イクメに問われたヒルメは、数年前、タケル王がトンカラリン内部の絵図を作るために何人もの方士を送った、という噂が事実と認めます。ヒルメも確証を得ていませんが、タケル王と鞠智彦はトンカラリン内部を描いた絵図を持っているようです。その絵図があれば祈祷女見習いたちの遺体を回収できる、と言うイクメにたいして、イクメは優しすぎる、私は選ばれし者以外を欲していない、とヒルメは冷たく言い放ちます。

 夜が明ける頃となり、鞠智彦はタケル王に謁見します。タケル王は鞠智彦に、自分の兵を貸し与えるので、まず那の国を壊滅させよ、と命じます。感謝する鞠智彦にたいしてタケル王は、トンカラリンに送り込まれた祈祷女見習いたちから生還者が出ないよう手を打っている、との鞠智彦の発言の意味を問います。すると鞠智彦は自信ありげに、祈祷女見習いたちの中に探り女(サグリメ)を放った、と答えます。探り女とは志能備(シノビ)のことで、今回鞠智彦が潜入させたのは、見聞したものを完全に記憶する術を持っているので、トンカラリンの洞窟の絵図も把握しています。つまり、その志能備のみがトンカラリンの儀式を生き抜けるわけで、もし他にも運のよい者がいても、その志能備が確実に殺す、というわけです。その頃、トンカラリンの洞窟内の坑道を進んでいたヤノハが、前方に光を見つけ、天照様の光だ、我々は勝ったのだ、と明るい表情で力強くアカメに言い、アカメが不適な笑みを浮かべるところで今回は終了です。


 洞窟からの脱出話は単調になってしまうのではないか、とやや懸念していたのですが、主要人物の思惑が交錯するとともに、生に執着するヤノハの強烈な個性が活かされており、たいへん面白くなっています。鞠智彦が送り込んだ志能備はアカメで間違いないでしょう。これは予想していなかったので、驚きました。そうすると、洞窟内で自殺したのだろうとアカメが語っている祈祷女見習いの、前回の1人と今回の2人(ナカツとオシ)も、自殺したのではなく、アカメが殺したのかもしれません。次回、アカメがヤノハを殺そうとして、ヤノハは返り討ちにするか、アカメの追求から逃れて脱出に成功するのでしょうが、タケル王も鞠智彦も日見子の出現を望んでいないわけで、このままヤノハが日見子とすんなり認められる展開にはとてもなりそうにありません。暈の国はおそらく『三国志』の狗奴国で、後の熊襲でしょうから、卑弥呼(日見子)とは敵対するわけで、ヤノハは日見子と認定された後、タケル王と鞠智彦から命を狙われ、脱出して暈の国(狗奴国)などを除く広域的な政治統合を達成するのかもしれません。

 ただ、その前に気になるのは、鞠智彦はおそらくアカメであろう志能備のみがトンカラリンの儀式で生き残る、と予定していることです。しかし、トンカラリンの儀式を生き抜いたとなると、祈祷部首脳部はアカメを日見子と認定するでしょうから、日見子の出現を望んでいないタケル王と鞠智彦にとって不都合です。鞠智彦は冷徹そうですから、アカメを密かに殺害するつもりか、暈の国から逃亡するよう、アカメに命じているのかもしれません。アカメはおそらく殺そうとしたヤノハに逆に殺されるでしょうから、鞠智彦の意図は明示されないかもしれませんが。現時点では、タケル王と鞠智彦は利害関係が一致しているようであるものの、両者は種智院の祈祷部とは潜在的に対立関係にある、とも言えます。これに、タケル王・鞠智彦とも祈祷部とも対立する要素を潜在的に抱える主人公のヤノハが絡んでいるので、主要人物間の駆け引きが描かれていて、たいへん面白くなっています。今後は、那の国や東方の諸国も描かれるでしょうから、さらに面白くなる要素があるわけで、たいへん楽しみです。

 東方諸国との関連で興味深いのは、タケル王と鞠智彦との関係です。タケル王は、夜に胡座をかき、天に明日のお暈(ヒガサ)さまの来訪を願い、天下の泰平を祈る役割の日見彦(ヒミヒコ)で、一方鞠智彦は、日中はタケル王に代わって戦や政を決める役割で、二人がいての暈の国だ、と人々は理解しているようです。タケル王は鞠智彦に敬意を払っていますが、あくまでもタケル王が上位の関係にあるように思えます。両者の関係は、『隋書』に見える、倭王は天を兄、日を弟とし、夜明け前に兄が胡坐をかいて政務をとり、日の出後は弟に任せる、という記述に基づいているように思えます。この関係性で言えば、兄がタケル王、弟が鞠智彦となりますから、やはり兄たるタケル王の優位となるのでしょう。

 注目されるのは、昔、日向の王族が船に乗り東征し、東の果ての日下という小さな国を得たのみだ、とのタケル王の説明です。日下がどこなのか、作中ではまだ明示されていませんが、本作の地理的範囲はかなり広範で、西日本だけではなく東北地方まで含まれているように思えるので、「日本中央の碑」と関連しているのであれば、東北地方の一部なのかもしれません。また、神武東征説話との関連も考えられるので、そうであれば、後の大和国の一部のこととも考えられます。そうすると、すでに現在の奈良県の一部には後の皇族とつながる系統が支配者として君臨していた、ということでしょうか。この場合、崇神を想起させるような人物がこの後重要な役割を果たすかもしれません。もっとも、神武東征説話と関わる話はこの後に描かれ、この時点以前に東征した日向の王族は、饒速日説話を反映したものかもしれません。ともかく、神武東征説話はどうか分かりませんが、魏は間違いなく描かれるでしょうし、呉も描かれる可能性は低くないでしょうから、今後の展開は壮大なものになるかもしれません。本作は現時点でもたいへん楽しめていますが、原作者が同じ『イリヤッド』や、作画者が同じ『天智と天武~新説・日本書紀~』と同等かそれ以上に期待できそうで、今後の展開が大いに楽しみです。

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