更新世の投槍の威力とネアンデルタール人の投槍
更新世の投槍の威力に関する研究(Milks et al., 2019)が報道されました。武器の出現は人類史において重要ではあるものの、その起源はよく分かっていません。初期の武器は近接戦用と考えられており、その意味で、遠距離武器のその後の出現は人類史において重要です。しかし、遠距離武器がいつから使用されるようになったのか、不明です。人類は、弓矢や投槍器のような「真の」遠距離武器の使用の前に、槍を投げていたのではないか、と推測されています。投槍の証拠は、やや間接的ではあるものの、28万年前頃のアフリカ東部で発見されています(関連記事)。一方、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の投槍の証拠はまだ見つかっていませんから、投槍など遠距離武器の使用は現生人類(Homo sapiens)系統のみだった、とも考えられています。
ただ、現代人と同程度の投擲能力はホモ・エレクトス(Homo erectus)で初めて備わった、と推測されています(関連記事)。もちろん、槍の製作にはある程度以上の認知能力が必要と考えられるので、初期エレクトスが槍を製作して投げていたのか不明ですし、そもそも更新世の槍は木製と考えられるので、仮に100万年以上前から人類が槍を製作していたとしても、その証拠を確認するのはきわめて困難です。ジョージア(グルジア)にあるドマニシ(Dmanisi)遺跡では185万年前頃までさかのぼるホモ属遺骸と石器が発見されていますが、峡谷の入口では大量の石が発見されており、ドマニシ人が動物に投石して逃げるか、投石により動物を狩っていた可能性が指摘されています(関連記事)。現代人と同程度の投擲能力を備えた初期ホモ属はおそらく、石を投げて肉食獣を追い払い、獲物を確保していたのではないか、と思われます。
本格的な遠距離武器は投槍から始まったと考えられます。現時点で、保存状態の良好な槍は30万年前頃までさかのぼります。これはドイツのシェーニンゲン(Schöningen)遺跡で発見された10本の木製槍で、断片的な槍であれば、40万年前頃のものがイングランドのクラクトンオンシー(Clacton-on-Sea)で発見されています。シェーニンゲン遺跡では約16000点の動物の骨が発見されています。本論文は、シェーニンゲン遺跡で発見された槍の複製を用いて、この槍を投げた場合にどの程度の威力があるのか、検証しました。実験に参加したのは、6人の男性槍投げ選手で、民族誌的記録から、重さは760gと800gの2種類が用意されました。
これまで、投槍器を用いず直接手で槍を投げた場合、その威力は投槍器を用いた場合よりも小さく、さらに獲物からの距離もせいぜい10mまででないと有効ではないだろう、と考えられていました。しかし本論文は実験の結果、獲物は最長20mでも獲物を仕留めるくらいの打撃を与えられる、と実証しました。25m以上になると、威力はあっても命中精度が下がったというか、この実験では命中率0%でした。また本論文は、獲物からの距離が長ければ、手で槍を投げても投槍器を用いる場合と同等の効果が得られることも示しました。しかも、穂先には石器が装着されていません。
本論文は、30万年前頃のヨーロッパで製作されていた槍を獲物から20m程度の距離で投げても、獲物を仕留められることを示しました。現生人類が槍を投げていたことや、後には投槍器・弓矢などの遠距離武器を使用していたことは確実なので、問題となるのは、遅くとも45万年前頃以降にはヨーロッパに存在しただろうネアンデルタール人系統(関連記事)が、槍を投げていたか否かです。上述したように、ネアンデルタール人が槍を投げていた直接的証拠はまだありません。またこれまで、ネアンデルタール人は現生人類と比較して、より危険な近接狩猟を行なっていた、との見解が一般的です(関連記事)。その意味では、ネアンデルタール人は槍を投げるような狩猟は行なっておらず、槍を投げたとしても、10mどころかせいぜい5m以下の距離からだったかもしれません。
しかし、最近になって、ネアンデルタール人と更新世の現生人類とでは頭蓋外傷受傷率にあまり違いはない、とも指摘されており(関連記事)、少なくともネアンデルタール人が存在した頃までは、ネアンデルタール人と現生人類の狩猟法に大きな違いはなかったかもしれません。また、少なくとも一部のネアンデルタール人は日常的に投擲行動を繰り返していた、と推測されています(関連記事)。状況証拠からは、ネアンデルタール人が20m以上の距離から槍を投げて獲物を仕留めることは、さほど珍しくなかったように思います。本論文は、狩猟戦略におけるネアンデルタール人と現生人類との類似性を指摘しており、近年のネアンデルタール人「見直し論」(関連記事)を促進することになりそうです。
参考文献:
Milks A, Parker D, and Pope M.(2019): External ballistics of Pleistocene hand-thrown spears: experimental performance data and implications for human evolution. Scientific Reports, 9, 820.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-37904-w
ただ、現代人と同程度の投擲能力はホモ・エレクトス(Homo erectus)で初めて備わった、と推測されています(関連記事)。もちろん、槍の製作にはある程度以上の認知能力が必要と考えられるので、初期エレクトスが槍を製作して投げていたのか不明ですし、そもそも更新世の槍は木製と考えられるので、仮に100万年以上前から人類が槍を製作していたとしても、その証拠を確認するのはきわめて困難です。ジョージア(グルジア)にあるドマニシ(Dmanisi)遺跡では185万年前頃までさかのぼるホモ属遺骸と石器が発見されていますが、峡谷の入口では大量の石が発見されており、ドマニシ人が動物に投石して逃げるか、投石により動物を狩っていた可能性が指摘されています(関連記事)。現代人と同程度の投擲能力を備えた初期ホモ属はおそらく、石を投げて肉食獣を追い払い、獲物を確保していたのではないか、と思われます。
本格的な遠距離武器は投槍から始まったと考えられます。現時点で、保存状態の良好な槍は30万年前頃までさかのぼります。これはドイツのシェーニンゲン(Schöningen)遺跡で発見された10本の木製槍で、断片的な槍であれば、40万年前頃のものがイングランドのクラクトンオンシー(Clacton-on-Sea)で発見されています。シェーニンゲン遺跡では約16000点の動物の骨が発見されています。本論文は、シェーニンゲン遺跡で発見された槍の複製を用いて、この槍を投げた場合にどの程度の威力があるのか、検証しました。実験に参加したのは、6人の男性槍投げ選手で、民族誌的記録から、重さは760gと800gの2種類が用意されました。
これまで、投槍器を用いず直接手で槍を投げた場合、その威力は投槍器を用いた場合よりも小さく、さらに獲物からの距離もせいぜい10mまででないと有効ではないだろう、と考えられていました。しかし本論文は実験の結果、獲物は最長20mでも獲物を仕留めるくらいの打撃を与えられる、と実証しました。25m以上になると、威力はあっても命中精度が下がったというか、この実験では命中率0%でした。また本論文は、獲物からの距離が長ければ、手で槍を投げても投槍器を用いる場合と同等の効果が得られることも示しました。しかも、穂先には石器が装着されていません。
本論文は、30万年前頃のヨーロッパで製作されていた槍を獲物から20m程度の距離で投げても、獲物を仕留められることを示しました。現生人類が槍を投げていたことや、後には投槍器・弓矢などの遠距離武器を使用していたことは確実なので、問題となるのは、遅くとも45万年前頃以降にはヨーロッパに存在しただろうネアンデルタール人系統(関連記事)が、槍を投げていたか否かです。上述したように、ネアンデルタール人が槍を投げていた直接的証拠はまだありません。またこれまで、ネアンデルタール人は現生人類と比較して、より危険な近接狩猟を行なっていた、との見解が一般的です(関連記事)。その意味では、ネアンデルタール人は槍を投げるような狩猟は行なっておらず、槍を投げたとしても、10mどころかせいぜい5m以下の距離からだったかもしれません。
しかし、最近になって、ネアンデルタール人と更新世の現生人類とでは頭蓋外傷受傷率にあまり違いはない、とも指摘されており(関連記事)、少なくともネアンデルタール人が存在した頃までは、ネアンデルタール人と現生人類の狩猟法に大きな違いはなかったかもしれません。また、少なくとも一部のネアンデルタール人は日常的に投擲行動を繰り返していた、と推測されています(関連記事)。状況証拠からは、ネアンデルタール人が20m以上の距離から槍を投げて獲物を仕留めることは、さほど珍しくなかったように思います。本論文は、狩猟戦略におけるネアンデルタール人と現生人類との類似性を指摘しており、近年のネアンデルタール人「見直し論」(関連記事)を促進することになりそうです。
参考文献:
Milks A, Parker D, and Pope M.(2019): External ballistics of Pleistocene hand-thrown spears: experimental performance data and implications for human evolution. Scientific Reports, 9, 820.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-37904-w
この記事へのコメント