ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入と選択の効果
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)から現生人類(Homo sapiens)への遺伝子移入と選択の効果に関する研究(Petr et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。非アフリカ系現代人は全員、似たような割合でネアンデルタール人由来のゲノム領域を有しています。そのため、非アフリカ系現代人の祖先集団が各地域集団に分岐する前に、おそらくは西アジアでネアンデルタール人と交雑した、と考えられます。
これまでの研究ではおおむね、現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、両者の交雑(54000~49000年前頃)以降、負の選択のために単調な減少傾向にある、と考えられてきました。たとえば、ヨーロッパの現生人類の現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合は、過去45000年に低下してきている、と推測されています(関連記事)。東アジア北部の4万年前頃の現生人類に関しては、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域が現代人よりずっと高い4~5%程度と推定されています(関連記事)。
しかし本論文は、南シベリアのアルタイ地域(関連記事)とクロアチア(関連記事)のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列を用いて、現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域を再検証し、これら有力説にたいして異なる見解を提示しています。本論文は、これまでの有力説は現生人類集団間の遺伝子流動(アフリカ系と非アフリカ系)の推定を間違っているとして、ヨーロッパにおいて過去45000年間に現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合はほとんど変わっていない、と推測しています。また、東アジア北部の4万年前頃の現生人類に関しても、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、以前の推定値4~5%程度よりも低く、現代人とさほど変わらない2.1%程度と推定しています。
さらに本論文は、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域では、タンパク質コード配列よりも調節領域や非コード領域の方で強い選択が生じている、と推測しています。ネアンデルタール人と現生人類とは、タンパク質コード配列よりも調節領域の多様体の方で異なっており、調節領域多様体がより強い選択要因になったのではないか、というわけです。本論文は、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入により、有害な(適応度を下げるような)変異が一定以上の割合でもたらされたとしても、負の選択がネアンデルタール人由来の領域の割合を低下させる効果は低く、他の1もしくは複数集団との交雑の方が効果は大きいだろう、と推測しています。
たとえば、ヨーロッパ系現代人は東アジア系現代人よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が小さいのですが、それは、まだ遺骸の確認されていない仮定的な存在(ゴースト集団)で、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けていなかったと推測される「基底部ユーラシア人」とヨーロッパ系現代人の祖先集団が交雑したからだ、との見解(希釈仮説)が提示されています(関連記事)。ただ本論文は、その「希釈」効果がさほど大きくなかった可能性も指摘しています。また、西アジア系現代人はヨーロッパ系現代人よりもさらにネアンデルタール人の遺伝的影響が有意に低いので、「基底部ユーラシア人」の遺伝的影響をヨーロッパ系よりも強く受けたか、ヨーロッパ系よりもアフリカからの移住が多かったことを反映しているかもしれません。
本論文の見解はたいへん興味深いもので、今後の研究の進展が期待されます。研究の進展は、もちろん方法論の見直し・改善も大きいのですが、やはり、より多くのゲノム配列を得ることが重要です。とくに、ネアンデルタール人との交雑からさほど時間の経過していない世代の現生人類の高品質なゲノム配列が望ましいでしょう。現時点では、更新世の人類の高品質なゲノム配列は、上述のネアンデルタール人2個体以外では、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)1個体分(関連記事)しか得られていないと思います。この分野の発展は目覚ましいので、今後、更新世人類の高品質なゲノム配列の数は増加していくと期待されます。
参考文献:
Petr M. et al.(2019): Limits of long-term selection against Neandertal introgression. PNAS, 116, 5, 1639–1644.
https://doi.org/10.1073/pnas.1814338116
これまでの研究ではおおむね、現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、両者の交雑(54000~49000年前頃)以降、負の選択のために単調な減少傾向にある、と考えられてきました。たとえば、ヨーロッパの現生人類の現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合は、過去45000年に低下してきている、と推測されています(関連記事)。東アジア北部の4万年前頃の現生人類に関しては、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域が現代人よりずっと高い4~5%程度と推定されています(関連記事)。
しかし本論文は、南シベリアのアルタイ地域(関連記事)とクロアチア(関連記事)のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列を用いて、現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域を再検証し、これら有力説にたいして異なる見解を提示しています。本論文は、これまでの有力説は現生人類集団間の遺伝子流動(アフリカ系と非アフリカ系)の推定を間違っているとして、ヨーロッパにおいて過去45000年間に現生人類のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合はほとんど変わっていない、と推測しています。また、東アジア北部の4万年前頃の現生人類に関しても、ゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、以前の推定値4~5%程度よりも低く、現代人とさほど変わらない2.1%程度と推定しています。
さらに本論文は、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域では、タンパク質コード配列よりも調節領域や非コード領域の方で強い選択が生じている、と推測しています。ネアンデルタール人と現生人類とは、タンパク質コード配列よりも調節領域の多様体の方で異なっており、調節領域多様体がより強い選択要因になったのではないか、というわけです。本論文は、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入により、有害な(適応度を下げるような)変異が一定以上の割合でもたらされたとしても、負の選択がネアンデルタール人由来の領域の割合を低下させる効果は低く、他の1もしくは複数集団との交雑の方が効果は大きいだろう、と推測しています。
たとえば、ヨーロッパ系現代人は東アジア系現代人よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が小さいのですが、それは、まだ遺骸の確認されていない仮定的な存在(ゴースト集団)で、ネアンデルタール人の遺伝的影響をほとんど受けていなかったと推測される「基底部ユーラシア人」とヨーロッパ系現代人の祖先集団が交雑したからだ、との見解(希釈仮説)が提示されています(関連記事)。ただ本論文は、その「希釈」効果がさほど大きくなかった可能性も指摘しています。また、西アジア系現代人はヨーロッパ系現代人よりもさらにネアンデルタール人の遺伝的影響が有意に低いので、「基底部ユーラシア人」の遺伝的影響をヨーロッパ系よりも強く受けたか、ヨーロッパ系よりもアフリカからの移住が多かったことを反映しているかもしれません。
本論文の見解はたいへん興味深いもので、今後の研究の進展が期待されます。研究の進展は、もちろん方法論の見直し・改善も大きいのですが、やはり、より多くのゲノム配列を得ることが重要です。とくに、ネアンデルタール人との交雑からさほど時間の経過していない世代の現生人類の高品質なゲノム配列が望ましいでしょう。現時点では、更新世の人類の高品質なゲノム配列は、上述のネアンデルタール人2個体以外では、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)1個体分(関連記事)しか得られていないと思います。この分野の発展は目覚ましいので、今後、更新世人類の高品質なゲノム配列の数は増加していくと期待されます。
参考文献:
Petr M. et al.(2019): Limits of long-term selection against Neandertal introgression. PNAS, 116, 5, 1639–1644.
https://doi.org/10.1073/pnas.1814338116
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