Michael Tomasello「モラルを生んだ生存競争」

 『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第2部「「他者」とのかかわり」に掲載された解説です。モラルの起源についての古典的な説明は、包括適応度と互恵性です・しかし本論文は、これらの古典的仮説は、人間がお互いに感じている恩義の間隔という人間のモラルの本質を説明できていない、と指摘します。本論文が人間のモラルの進化にさいして重視しているのは協働です。共同の目標を設定して力を合わせる積極的な共同作業たる狩猟採集により食物の大半を得るようになって、相互依存が進んでいったことに人間のモラルの起源がある、というわけです。

 この協働採食行動では、仲間の選択が重要となります。成果を独占するような利己的にすぎる個体は排除され、破滅していった、というわけです。この相互依存により、人間は誰もが裁き裁かれるようになったことを認識し、お互いの評判を気にするようになった、と本論文は指摘します。また本論文は、こうした協働採食行動において分業が進んでいったのではないか、と推測しています。この協働採食行動が発展する過程で、罪の意識の内在化といった人間のモラルの基盤が定着していった、との見通しを本論文は提示します。本論文は、この最初の画期を40万年前頃と推測していますが、本格的な狩猟の年代の開始がいつなのか、まだ確定したとは言えないでしょうから、もっとさかのぼるかもしれません(関連記事)。

 本論文は人間のモラル進化の次の画期として、集団間の競争の激化と集団の人口規模の拡大を挙げ、現生人類(Homo sapiens)の出現と関連づけています。集団間の競争激化はより結束の強い社会集団を生み出し、分業をより発達させて集団のアイデンティティをもたらしました。集団の人口規模の拡大は集団の分割をもたらしましたが、一方で分かれた集団間のつながりはしばしば持続し、「文化」が紐帯となりました。技能・価値観・食事など「文化」の共有により内外が峻別されていき、集団への個人の依存が集団への帰属と忠誠心につながり、それに外れた構成員は殺害も含めて排除されていきました。

 本論文は、現代社会の問題の要因として、協力とモラルへの人間の生物学的適応がおもに小集団での生活や均質な文化集団に適合したもので、外集団が道徳的共同体に含まれないことを挙げています。その究極の事例が、内集団と外集団との衝突による戦争です。人間の特徴が現代社会に適合的ではなく、その「ミスマッチ」がさまざまな病因になっている、との見解は以前から提示されていますが(関連記事)、これは集団間の関係に拡大しても同様なのでしょう。人間社会共通の脅威を解決しようとするなら、人類全体を「私たち」として考えるべきだ、と本論文は提言しています。


参考文献:
Tomasello M. (2018)、『日経サイエンス』編集部訳「モラルを生んだ生存競争」『日経サイエンス』2018年12月号P68-73

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