Kevin Laland「ヒトがヒトを進化させた」

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、『日経サイエンス』2018年12月号の特集「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」第1部「人間性の起源」に掲載された解説です。今後、この特集の記事を順次取り上げていく予定です。本論文は、人間が生物界において特別な地位を占めている、と強調します。人間は、同程度の身体サイズの動物の一般的な手段密度をはるかに超えており、居住範囲は広大で、エネルギーや物質の流れを前例のない規模で制御している、というわけです。

 人間をこのように特別な生態的地位の動物とした理由として、本論文は文化的動因を重視します。そこで重要となるのは社会的学習で、模倣が基礎となりますが、社会的学習を行なう動物は、人間も含まれる霊長類に限らず、鳥類や魚類や昆虫まで珍しくありません。では、人間と他の動物の大きな違いは何かというと、模倣の正確性です。どれだけ上手く情報を伝達できるかが、鍵となります。文化的能力の範囲と、文化的性質の持続期間は伝達の忠実度が高まるにつれて指数関数的に増加し、ある閾値を超えると、文化の複雑性と多様性が累積的に高まり始めるからです。人間はこの閾値を超えた唯一の現存種だ、と本論文は指摘します。

 生物の選択圧としては、捕食や気候や病気といった外部要因が重視される傾向にあり、それは間違いではありませんし、人間の進化にも当てはまるでしょう。しかし本論文は、それらだけではなく、一定の水準を超えた模倣能力による文化活動が人間にとって選択圧となり、大きな脳や高い認知能力をもたらした、という側面も重視します。人間が自ら構築していった環境が、人間を生物界で特別な存在にした、というわけです。他者との意思伝達能力や道具の製作・使用などの文化的要因も重要な選択圧となり得る、との見解は妥当だと思います。


参考文献:
Laland K. (2018)、熊谷玲美訳「ヒトがヒトを進化させた」『日経サイエンス』2018年12月号P32-39

この記事へのコメント

kurozee
2019年01月11日 21:11
確かにヒトはマネが上手いと思いますが、さらに他者のマネ学習を助ける「教える」という行動が、他の動物にはない決定的な特徴ではないでしょうか。
子供の言語発達でも、自分で真似るだけでなく、他者から直されることが重要だという論をどこかで見ました。
マネの閾値をヒトが超えた大きな要因として、他者を「教える」おせっかいな行動様式に、もっと注目すべきだと私は思います。
2019年01月12日 06:26
私の要約が拙かったのですが、元記事では教育の重要性が指摘されており、教育の負担軽減と精度向上の選択圧が言語を発達させたのではないか、と推測されています。元記事は配慮の行き届いた有益なものだと思います。
kurozee
2019年01月12日 09:53
ありがとう。それなら納得です。この件についての参考文献を思い出しました。
「心とことばの起源を探る」マイケル・トマセロ 2006年 勁草書房
ちょっと古いですがおすすめです。
2019年01月12日 11:12
『シリーズ 認知と文化』の一冊なのですね。このシリーズは『人類はどのように進化したか』しか持っていないので、『心とことばの起源を探る』を含めて他の本もいつかは読まねば、と思っています。

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