アザラシの交雑

 アザラシの交雑に関する研究(Savriama et al., 2018)が報道されました。哺乳類においても交雑は珍しくありませんが、古代の交雑に関しては、化石から遺伝的情報を得ることが困難にため、形態的に判断しなければならない場合が多くなります。本論文はアザラシの事例から、哺乳類において交雑個体群、とくに交雑第一世代は形態的に区分できるのか、またそれが可能として、どのような指標を区分に用いるべきなのか、といった問題を検証しています。これまで形態では、とくに歯と頭蓋が重視されていました。

 本論文が検証の対象としたアザラシは、ともに北海にも生息しているワモンアザラシ(Pusa hispida)とハイイロアザラシ(Halichoerus grypus)です。本論文は、両種の交雑第一世代個体として、1929年にスウェーデンのストックホルム動物園で発見された、仔アザラシの死体を検証しました。当時、ストックホルム動物園では2頭のハイイロアザラシの雄と1頭のワモンアザラシの雌のみが飼育されており、ゲノム解析の結果からも、この仔アザラシが両種の交雑第一世代個体と明らかになりました。

 次に本論文は、この交雑第一世代の仔アザラシの歯を、その両親であるハイイロアザラシおよびワモンアザラシと比較しました。その結果、交雑第一世代の仔アザラシの歯は、ハイイロアザラシとワモンアザラシの中間的形態を示す、と明らかになりました。この形態は推定上の交雑第一世代の変異内に収まり、交雑第一世代の形態的特徴を予想することは可能だと期待されます。

 次に問題となるのは、この交雑第一世代の仔アザラシは動物園で生まれたことで、野生でも起きるのか、ということです。本論文はその検証のため、バルト海のワモンアザラシと、フィンランド南東部のサイマー(Saimaa)湖のワモンアザラシのゲノム配列を比較しました。サイマー湖はバルト海から約9500年は孤立しています。その結果、バルト海のワモンアザラシはサイマー湖のワモンアザラシよりも顕著に、ハイイロアザラシとアレルを共有していました。バルト海では、ワモンアザラシとハイイロアザラシとの交雑はクマやウマと匹敵するくらい起きているようです。

 本論文は、アザラシにおけるこれら交雑の知見は、人類も含む哺乳類にも当てはまるのではないか、と指摘しています。ハイイロアザラシとワモンアザラシの違いは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の場合と比較して、遺伝的距離では約2.5倍、歯列形態の違いでは約2倍となります。すでにネアンデルタール人と現生人類との交雑は明らかになっていますが、交雑第一世代個体はまだ確認されていません。

 しかし、ネアンデルタール人と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との交雑第一世代個体は発見されていますから(関連記事)、そのうちネアンデルタール人と現生人類の交雑第一世代個体が発見されても不思議ではありませんし、あるいはすでに発見されており、遺伝学的に確認されていないだけかもしれません。もっとも、ネアンデルタール人と現生人類の交雑の場所の有力候補はレヴァントなので、ネアンデルタール人とデニソワ人よりも交雑第一世代個体が遺伝学的に確認される可能性は低いかもしれません。しかし、ネアンデルタール人と現生人類はレヴァント以外でも交雑した可能性が高いので(関連記事)、レヴァントよりも高緯度の中央アジアやヨーロッパならば、交雑第一世代個体が遺伝学的に確認される可能性は高くなるでしょう。

 ただ、本論文のアザラシの事例からは、DNA解析に頼らずとも形態学的情報からも、交雑の判断がある程度は可能かもしれない、と期待されます。デニソワ人の形態についてはほとんど情報がありませんが(関連記事)、ネアンデルタール人と現生人類に関しては形態学的情報が豊富です。近年、古代DNA研究が飛躍的に発展したとはいえ、更新世の人類遺骸からDNAを解析するのは容易ではありませんし、可能な個体が交雑第一世代個体である可能性はきわめて低く、いつかは実証される可能性は低くないでしょうが、それがいつなのかは不明です。その意味で、形態学的情報の豊富なネアンデルタール人と現生人類ならば、既知の遺骸の中から、交雑第一世代ではなくとも、比較的近い祖先の代で交雑した痕跡を一定以上の信頼性で推定できるかもしれません。遺伝学と形態学は対立するものではなく、相互補完的なものであり、両者の融合した研究の進展が期待されます。


参考文献:
Savriama Y. et al.(2018): Bracketing phenogenotypic limits of mammalian hybridization. ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE, 5, 11, 180903.
https://doi.org/10.1098/rsos.180903

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